一釣さんと連休
大和さんと芦田くんが配属されて、今日で2週間を迎えた。
「ちょっと、私が先に頼まれたんですけど!」
「俺が先にきたんだ、お前は待ってればいいだろうが」
ああ、また始まったよ…。
コピー機の前でケンカを始めた2人に、あたしは呆れることしかできなかった。
顔をあわせたらケンカ、その場で鉢あわせたらケンカ、ケンカケンカケンカ…あたしたちは何を聞かされ、何を見せられているのだろう?
「会社はケンカするところじゃないですよー」
彼らに向けてそう言ったあたしの声は、当然のことながら耳に入っていない。
課長は頭が痛いと言わんばかりに、両手で頭を抱えた。
「コラ、何をしてるのよ!?」
「いい加減にしろ、周りの迷惑だ!」
彼らの教育係であるカイちゃんと矢部さんが間に入ったので、ケンカはそこで終了した。
2人はフンと、お互いの顔をそらしたのだった。
カイちゃんと矢部さんはやれやれと言うように息を吐いた。
ご苦労様ですと、あたしはカイちゃんと矢部さんに心の中で言った。
犬猿の仲だと言うなら、とっとと離れればいいのに。
なのに、顔をあわせてはケンカをするその根性がよくわからない。
まあ、先に噛みつく大和さんに対して芦田くんはそれをたしなめている…と言った方がいいのかも知れない。
昼休みになった。
「あー、ムカつく!
尊のヤツ、もう本当に何なの!?」
サンドイッチを片手に、大和さんは憤慨していた。
今日は天気がよかったので、会社近くのコンビニで昼食を買って、空いていたベンチに座って食事をしていた。
カイちゃんはやってしまいたい仕事があるそうなので、あたしは大和さんと一緒に食事をすることになった。
「何なのと言われても…」
本当に、何なんでしょうね…。
あたしはメロンパンをかじりながら、心の中で呟いた。
「ねえ、聞いてくださいよ!」
「はい、聞きます」
だから、サンドイッチを潰さないでね。
中から具が飛び出して、何とも言えないことになってるから。
「私、あいつが邪魔をするせいでこの年齢になっても彼氏ができたことがないんです!」
「あら」
「あいつ、私の恋を潰してるんですよ!?
ひどくないですか!?」
「ひどいですね」
「小学生の時の加藤くんもそう、中学生の時の石田くんもそう、高校の時の水島先輩も、大学の時の中本先輩と葉山くんも…」
「そ、そうなんだ…」
相当なまでに根に持っているんですね…。
幼なじみって、そんなものなのか?
自分には幼なじみと言うものがいたことがないからわからない。
「もう本当に何様のつもりなんだって言う感じですよ!
あいつのせいでダメになった恋をあげると、本当にキリがないですよ!」
大和さんは嘆くように叫ぶと、サンドイッチをかじった。
うーむ、芦田くんは何を思って大和さんの恋を邪魔しているんだろう?
まさかとは思うけれど、
「芦田くんって、そっちの人とかじゃないよね?」
あたしは大和さんに聞いた。
「えっ、どう言うことなんですか?」
「ああ、違うならいいや」
そう言ったあたしに大和さんは訳がわからないと言うように首を傾げた。
この様子からだと、違うみたいだ。
芦田くんも大和さんと同じ人を好きになって、それで彼女の恋を阻止して…と推測を立ててみたけれど、見事にハズレみたいだ。
「あーあ、社会人になったからには恋の1つや2つ…いや、もっとたくさんしたい。
恋人が欲しいデートしたい結婚したい」
両足をプラプラと動かしながら、大和さんはブツブツと呟いた。
そんな彼女の姿を見ながら、あたしはメロンパンをかじった。
空を見あげると、とてもいい天気だった。
シーツを洗えばよかったなと思いながら空を眺めていたら、
「相楽さんは連休の予定を何か考えてますか?」
大和さんが声をかけてきた。
「連休って…ああ、今週からだったね。
後半は久しぶりに実家に帰ろうかなって思っているんだけど」
あたしがその質問に答えたら、
「前半の方は予定は入っていないんですか?」
大和さんがさらに聞いてきた。
「1日目…は入ってるかな」
その日は前日に一釣さんがあたしの家に泊まりにきて、のんびりと家デートを楽しむ予定である。
連休だからどこへ行っても人がたくさんだと思ったのでそうなったのだ。
「じゃあ、翌日以降の予定はないと言うことなんですね?」
「そうね、特に何も入ってないし」
そう言ったあたしに、
「相楽さんがよかったらなんですけど、どこかへ遊びに行きませんか?」
大和さんが言った。
「遊びにって、大和さんと2人で?」
「はい」
大和さんは首を縦に振ってうなずいた。
「クレープが美味しい店を知っているんです!
後、パンケーキとラーメンが美味しい店も」
「そうなんだ…」
食い倒れをやりたいのか?
それだったら、カイちゃんでもいいような気がするけど…って、そう言えばカイちゃんも実家に帰るみたいなことを言ってたな。
「私、相楽さんと一緒に行きたいんです!」
「わかった、いいよ」
あたしが返事をすると、大和さんは喜んだ。
「11時にS駅の2番出口で待ちあわせって言うことでいいですか?」
「うん、いいよ」
「それから相楽さんの連絡先を聞いても…」
そう言ってスマートフォンを取り出した大和さんに、
「ああ、全然いいよ」
あたしもシャツの胸ポケットからスマートフォンを取り出した。
「やってたらでいいんだけど、LINEのIDでもいい?」
「はい、大丈夫です」
あたしと大和さんはお互いのIDを教えた。
「ありがとうございます」
嬉しそうにお礼を言った大和さんに、
「楽しみにしてるね、クレープとかパンケーキとかラーメンとか」
あたしは言い返した。
「はい!」
大和さんは嬉しそうに返事をした。
昼食を食べ終えて会社に戻ると、エレベーターの前に一釣さんがいた。
彼に声をかけようとしたら、
「あいつ…!」
大和さんが呟いたので何事かと思ったら、一釣さんの隣に芦田くんがいることに気づいた。
どうやら、一緒に昼休みを過ごしていたみたいだ。
「相楽さん、私たちは階段で行きましょう」
「えっ…ああ、うん」
芦田くんに会いたくないと言わんばかりに、大和さんはあたしの手を引くと階段の方へと誘導した。
あーあ、一釣さんとしゃべりたかったのに…。
そんなことを思いながら、あたしは大和さんと一緒に階段をのぼってオフィスへと足を向かわせたのだった。
連休前日を迎えた。
「それじゃあ、お先に失礼します」
一釣さんはいつものように仕事を終わらせると、先にオフィスを後にした。
その15分後に、あたしもキリのいいところで仕事を終わらせるとオフィスを後にしたのだった。
本当は一緒に帰りたかったけど、一釣さんは先に寄って済ませたいことがあるそうだから仕方がない。
「ただいまー」
自宅に帰ると、夕飯の準備を始めた。
先週は一釣さんの家に泊まって彼が作ってくれたオムライスを食べた。
冷蔵庫の中にある食材を見ながらレシピを考えると、すぐに調理に取りかかった。
調理をしていたら玄関のドアが開いたのと同時に、
「おっ、いい匂いだな」
そう言った一釣さんの声が聞こえた。
あたしはキッチンから顔を出すと、
「いらっしゃい」
一釣さんを出迎えた。
「おう」
そう返事をした彼の手にはボストンバックとTSUTAYAの袋があった。
「TSUTAYAに行ってきたの?」
袋を指差して聞いたあたしに、
「映画を3本レンタルしてきた」
一釣さんは答えた。
「映画?」
「と言っても、俺が見たいと思ってたのを借りたんだけど」
一釣さんは照れたように笑うと、家の中へと足を踏み入れた。
「もう少しでできるから待ってて」
「んー」
一釣さんがリビングに行ったことを確認すると、あたしはまた調理に戻った。
「それで、何の映画を借りてきたの?」
調理をしている手を動かしながら、あたしは一釣さんに聞いた。
「邦画を1本と洋画を1本、それからアニメ映画を1本借りてきた」
一釣さんはあたしの質問に答えた。
「タイトルくらいなら、まほろも全部聞いたことがあるんじゃないかと思う」
「へえ」
あたしは返事をすると、テーブルのうえに食器を並べた。
「はい」
できたての料理をテーブルのうえに置いたら、
「今日は生姜焼きか」
一釣さんは嬉しそうに言った。
今日はご飯と生姜焼き、大根と小松菜の味噌汁にホウレン草のごま和えだ。
「冷めないうちに食べましょう」
そう言ったあたしに、
「うん」
一釣さんは返事をした。
このやりとり、新婚さんみたいだな。
そう思ったら何だか照れくさくなった。
「いただきまーす」
両手をあわせて言うと、食事を始めた。
「うん、美味い!」
一釣さんは美味しそうに生姜焼きを頬張った。
その笑顔に、あたしは作った甲斐があったと心の底から思った。
モリモリと食べ進めていたら、
「そう言えば…」
一釣さんが思い出したと言うように、声をかけてきた。
「明後日、大和さんと遊びに行くんだっけ?」
そう聞いてきた一釣さんに、
「うん、遊びに行くよ」
あたしは答えた。
「大和さんと食い倒れするの」
「食い倒れって…」
一釣さんはクスクスと笑った。
「ごちそうしたいみたいなことを言ってた」
「へえ」
「それがどうかしたの?」
そう聞いたあたしに、
「待ちあわせのS駅まで、もう少し言うなら大和さんがくるまで、まほろを送って行きたいなって思って」
一釣さんが答えた。
「えっ、いいの?」
「俺がしたいから」
「じゃあ、そうしてもらおうかな」
そう返事をしたあたしに、一釣さんはフフッと笑った。
「あ、そうだ。
光也って、幼なじみいる?」
そう聞いたあたしに、一釣さんは訳がわからないと言うように首を傾げた。
「大和さんと芦田くんのことなんだけど」
「彼らがどうかしたの?」
「あの2人、家が隣同士の幼なじみなんだって」
「へえ、そうなんだ」
一釣さんは生姜焼きをご飯に巻くと、それを頬張った。
「聞くところによると、幼稚園から大学までずーっと一緒だったんだって」
「何だかすごいな。
そのうえ、入社した会社も一緒で配属されることになった部署も一緒なんだろ?」
「うん、すごいよね」
あたしは首を縦に振ってうなずいた。
「大和さん曰く、芦田くんのせいで今まで彼氏ができたことがないんだって。
大和さんに恋が訪れるたびに、芦田くんはそれを阻止してるらしい」
あたしはそこで話を区切ると、
「光也からしてみたら、それってどう思う?
幼なじみって、そんなものなの?」
と、一釣さんに聞いた。
「それで、さっきの質問なんだ…」
そう言った一釣さんに、
「あたし、幼なじみなんていたことないから」
あたしは言い返した。
「大和さんが哀れと言うか…芦田くんも芦田くんで、一体何をしたいんだろうなって。
そう言う感じではなさそうだし…」
「感じって、どんな感じだよ…」
「顔をあわせたらケンカしてるような2人だよ?
なのに、大和さんに彼氏ができそうになったら芦田くんはそれを阻止するって…」
あたしはやれやれと息を吐くと、みそ汁をすすった。
一釣さんは何かを考えているようだった。
「――まさかな」
そんなことを呟いた一釣さんに、
「えっ?」
あたしは聞き返した。
「いや、何でもない」
一釣さんはそう返事をすると、また食事を始めた。
何が“まさか”なんだろう?
「相手に恋人ができそうになると、それを阻止したくなるのが幼なじみなのかな?」
そう言ったあたしに、
「たぶん、違うと思う」
一釣さんはそう言い返しただけだった。
一釣さんと一緒に夕飯の後片づけを終えると、借りてきた映画を見ることになった。
「この中から見たいのある?」
一釣さんは袋からDVDを全て取り出すと、テーブルのうえに並べた。
「それ、聞くかな?」
あたしは並べられているDVDを眺めた。
確かに、映画に疎いあたしでも3本全部タイトルだけなら聞いたことがある。
「アニメが『君に告げる』だっけか?」
「うん」
「…じゃあ、これからにしようかな」
あたしは『君に告げる』のDVDを手に取ると、一釣さんに渡した。
「よし、見よう」
一釣さんはあたしからDVDを受け取ると嬉しそうにセットに取りかかった。
その間、あたしはキッチンへと行くと冷凍庫から食後のデザートのアイスを取り出した。
今日は特別と言うことで、ハーゲンダッツを選んだ。
「ストロベリーとグリーンティー、どっちにする?」
取り出したハーゲンダッツを一釣さんに見せると、
「それ、聞くかな?」
一釣さんは先ほどのあたしのマネをした。
「マネしないのー」
そう言い返したあたしに一釣さんはクスクスと笑うと、
「グリーンティー」
そう言って、あたしの手からグリーンティーを取った。
スプーンも一釣さんに渡すと、あたしは彼の隣に腰を下ろした。
「――ううっ…」
「…まほろ、泣き過ぎ」
一釣さんが呆れたように言って、泣いているあたしにティッシュ箱を差し出した。
「だって、だって…」
あたしは箱からティッシュを取り出すと、チーンと鼻をかんだ。
「幼なじみで、お互い好きで…なのに10年以上も離れて、心まですれ違って…」
「それは俺も切ないと思った」
また箱からティッシュを取り出して、今度は涙を拭いた。
「やっと再会できたかと思ったら…訳わからない同僚が意地悪をして、それで…」
「…正直なことを言うと、あれはなかったね。
いくらヒロインが好きだからとは言え、ヒーローの前で“俺が婚約者だ”と名乗り出るのは…」
かみ過ぎて鼻が痛いんだか泣き過ぎて目が痛いんだか、自分でもよくわからなくなってきた。
「周りの後押しでお互いが抱えていた積年の思いをぶつけて、やっと結ばれて結ばれて…もうよかったとしか言いようがないよ」
「あー、うん…」
「何で今まで見なかったのか、とても不思議…」
「…はいはい、もうそれくらいにしようか」
一釣さんはDVDを取り出すと、プレイヤーの電源を切った。
それでもグスグスと泣いているあたしに、
「まほろって、結構泣き虫だったんだね」
と、一釣さんが言った。
あたしはチーンと鼻をかむと、
「その映画がよかっただけです。
あたしは泣き虫じゃないです」
と、言い返した。
「いや、まほろは結構泣き虫だと思うよ。
名前を呼びながら泣いてよがって、俺に抱きついているところとか」
「なっ…!?」
そっちの意味かい!
おかげで涙が引っ込んで、泣くのをやめることができた。
と言うか、本当に意地悪なんだから!
「もう遅いし、風呂に入ろうか?」
そう言った一釣さんに、
「…そうですね」
あたしは返事をした。
「あれだったら、一緒に入る?」
一釣さんがあたしの顔を覗き込んできたかと思ったら、そんなことを言ってきた。
「は、はい…!?」
あたしの聞き間違いじゃなかったら、この人はとんでもない発言をしてきたぞ!?
「一緒に入ろうかって」
「結構です結構です、1人で入ってきます!」
バスタオルと下着とパジャマを手に持つと、あたしは逃げるようにバスルームへと向かったのだった。
もう、この人は何ちゅーことを言ってるんだ!?
「今さら恥ずかしがることでもないのに…。
と言うか、全部見てるんだから」
一釣さんがそんなことを呟いたけれど、聞こえないふりをした。
「あー、サッパリした」
バスタオルで洗った髪を拭きながら、あたしはお風呂からあがった。
「光也、お風呂空いたよー」
そう言ったあたしに一釣さんはスマートフォンから顔をあげると返事をした。
あたしは洗った髪を乾かすためにドライヤーを取り出した。
「ずっと思ってたんだけど、長い髪を乾かすのって結構大変じゃない?」
光也がそんなことを聞いてきたので、
「特に大変だと思ったことないなあ」
あたしは返事をした。
「ストパーでもかけてるのかなって思うくらいに髪がキレイだから」
「よく言われるけど、かけてないよ」
「生まれつきなんだ」
「みたいだね」
一釣さんは手を伸ばすと、あたしの髪に触った。
「濡れてますよ?」
そう言ったあたしに、
「うん、知ってる」
一釣さんは答えると、髪の毛先を弄んだ。
「髪を乾かしたいんですけど…」
「もう少し」
そう返事をした一釣さんだけど、毛先を弄んでいるその手は止まっていなかった。
「枝毛が1本もないって言うのも珍しいな。
後、染めたことないの?」
毛先を弄びながら聞いてきた一釣さんに、
「染めたことありますよ」
あたしは答えた。
「えっ、マジで?」
意外だとでも言うように、一釣さんは驚いた。
「大学2年…いや、3年生くらいだったかな?
美容室をやってたいとこのお姉ちゃんにサロンモデルを頼まれて、2回くらい染めた」
そう答えたあたしに、
「ずっと黒だったって言う訳じゃないんだ…」
一釣さんは言い返した。
「意外でした?」
そう聞いたあたしに、一釣さんはコクリと首を縦に振ってうなずいた。
「でもその子がまほろにサロンモデルを頼んだのも、何か納得ができるな」
一釣さんは呟くように言った。
「ああ、でもそんなにも明るい色に染めたって言う訳じゃないですよ?
暗めのブラウンとかベージュとか、学校やバイトに支障が出ない程度の色で」
「そうなんだ、撮っていたらだけど染めた当時の写真とかってある?」
「一応…」
見たいと言うことですね、はい。
あたしはスマートフォンを手に取ると、アルバムと表示されているアイコンを指でタップした。
画面に表示された何枚かの画像から探し出してタップすると、当時の画像を一釣さんに見せた。
「どうですか?」
一釣さんはあたしの手からスマートフォンを受け取ると、画面に表示された画像を見つめた。
「まほろのようでまほろじゃないって感じがする」
「どんな感じですか」
あたしのようであたしじゃないって、何だそれは。
一釣さんはスマートフォンをあたしに返すと、
「やっぱり、まほろは黒髪のままでいい」
そう言ってあたしの髪に自分の顔を埋めたのだった。
「ちょっと待って、湿ってますよ!?」
「うん、知ってる」
「じゃあ、離れてください!」
「ヤだ、いい匂いがする」
洗ったばかりだから当然のことだろう…って、違う違う!
「今の光也、完全に変態ですよ」
「ああ、そう」
そこはわかってるんだ…って、どうでもいい!
「もうお風呂に入ってきてくださいな!」
あたしも髪を乾かしたいんですから!
「はいはい」
一釣さんは返事をすると、ようやく離れてくれた。
ボストンバックから着替えと下着とバスタオルを取り出すと、彼はバスルームの方へと足を向かわせたのだった。
バタンとドアが閉まったその瞬間、あたしは息を吐いた。
「ああ、もう…」
カチッとドライヤーのスイッチを入れると、濡れている髪を乾かし始めた。
まあ、でも好きな人に髪を褒められて特に悪い気はしないけど。
「そう言っている光也も結構髪がキレイだよね」
あたしと違って、1回も髪を染めたことがないって言ってるし。
髪を乾かし終えると、ブラシで髪をとかして整えた。
一釣さんがお風呂から戻ってきたので、あたしたちは眠ることになった。
シングルベッドに2人で入ると、
「狭いね」
一釣さんが話しかけてきたので、あたしはそうですねと返事をした。
「別々で寝ましょうか?」
あたしがそう言ったら、
「それはヤだ」
一釣さんはそう言い返して、あたしを抱きしめた。
同じボディソープを使ったと言うこともあってか、彼の躰から同じ匂いがした。
あたしを抱きしめている腕の主を見あげると、二重の切れ長の目とぶつかった。
隠すものがないその目に見つめられて、何となく恥ずかしさを感じて目をそらそうとした。
けれども、
「――ッ…」
そうはさせないと言うように、一釣さんが自分の唇をあたしの唇と重ねてきた。
本当は、わかっているんじゃないだろうか?
あたしがその目に見つめられると弱いことを、彼はもう知っているんじゃないだろうか?
そう思っていたら、唇が離れた。
「――まほろ…」
ささやくように、一釣さんがあたしの名前を呼んだ。
彼の手があたしのパジャマを脱がしにかかっていることに気づいたのは、ほぼ同時だった。
「――あっ…待って…」
「ダーメ、待てない」
一釣さんはそう言って、またあたしの唇を重ねてきた。
あぐらをかいた一釣さんのうえにあたしがいるこの状況は、もう何度目かになるけれど未だになれない。
「――あっ…やあっ…!」
腰を動かして中に埋まっている灼熱を突きあげられて、あたしの躰は震えた。
「――んっ、まほろ…」
「――やっ、光也…もう…」
「――ダメ、まだ足りない」
一釣さんはそう言って、あたしの頬を伝っている涙を舌ですくった。
「泣き虫」
そう言った後、一釣さんはべーっと舌を出した。
「――な、泣かせたのは光也じゃない…」
あたしがそう言い返したら、
「正解」
一釣さんはご褒美だと言わんばかりに、灼熱を強く突きあげてきた。
「――んっ、ああっ…!」
あまりの刺激に、あたしは躰を震わせて声を出して感じることしかできない。
「俺がまほろを泣かせたんだと思ったら、興奮する」
「――もう、意地悪…!」
本当に“一釣”から“意地悪”に改名しろ!
泣かせたって何だ、泣かせたって!
「――まほろ…」
一釣さんがあたしの名前を呼んで、あたしを見つめてきた。
二重の切れ長の目に見つめられて、ゾクッ…と背筋が震えたのがわかった。
その目がニヤリ…と笑いかけて、
「――好きだ」
と、唇が動いて音を発した。
「――あたしも、光也が好き…」
呟くように返事をしたら、一釣さんは口元をゆるめて笑った。
「――んっ、ああっ…!」
突きあげてくるその灼熱に、あたしの目から涙がこぼれ落ちた。
一釣さんは舌を出すと、こぼれ落ちるその涙をぬぐった。
「――あっ、やあっ…!」
彼の首の後ろに回している両手をさらにギュッと抱きしめたら、
「――まほろ…」
ささやくように名前を呼ばれて、あたしの躰がビクッと震えた。
一釣さんはあたしの背中に自分の両手を回すと、抱きしめ返してきた。
普段は無口でまじめで、いい意味でも悪い意味でもぬぼーっとしているその姿も好き。
あたしだけに見せているその意地悪なその姿も好き。
「――光也、好き…」
「――俺も好きだよ、まほろ…」
突きあげられる灼熱に、後少しで意識が飛んでしまいそうだ。
「――ッ…」
どちらからと言う訳ではないけれど、あたしたちはお互いの唇を重ねた。
肌だけじゃなくて唇も重なっている――本当に溶けて、ひとつになってしまいそうだ。
「――んっ、ああっ…!」
「――ッ…!」
あたしの頭の中が真っ白になったのと同時に、一釣さんは深く息を吐いてあたしを抱きしめた。
2人で一緒に横になると、あたしは一釣さんに視線を向けた。
一釣さんもあたしを見ていたのか、お互いの視線がぶつかった。
「――まほろ…」
一釣さんはあたしの名前を呼ぶと、
「――ッ…」
唇を重ねてきた。
「――聞いてもいいですか?」
唇が離れると、あたしは言った。
「何で、いつもあたしを自分のうえに座らせようとするんですか?」
「それは、距離が近いから」
フイッと、あたしは横を向いた。
「えっ、何?」
「…前の彼女にも、同じことをさせたんですか?」
そう聞いたあたしに、
「もし、俺が“そうだよ”って答えたら?」
一釣さんがそう言ったので、あたしは視線を向けた。
二重の切れ長の目がニヤリと笑いかけて、
「ジョーダンだよ」
そう言って、チュッ…と唇に触れるだけのキスを落としてきた。
「まほろ限定だから安心しろ」
「あたし限定って…」
「1番近くで感じたいし、できるだけ触れあって、それこそちょっかいだって」
「もう、わかりましたわかりました」
正直なことを言うと、少しばかり嫉妬を感じていた。
一釣さんがあたしの前に誰とつきあおうが、そこに自分がいた訳じゃないから口を出すことはできない。
でも…もし同じようなことをしていたら、ちょっと寂しかった。
我ながら、重いなあ…。
あたしもつきあっている人がいたから、口に出せる訳ないのに。
何より、一釣さんの方が年上なんだから。
「嫉妬してるの?」
そう聞いてきた一釣さんに、あたしは首を横に振った。
「別に、嫉妬したなら嫉妬したってはっきりと言ってくれればいいよ」
…わかっていた。
「…少しばかり」
呟くように答えたあたしに、
「うん、そう」
一釣さんはあたしの頬に唇を落とした。
「でも、あたしがそこにいた訳じゃないので」
そう言ったあたしに、
「なるほど」
一釣さんはそう返事をしただけだった。
「光也が初めて、と言う訳じゃないですし」
「聞いたよ。
だから、俺が今までの中で1番よかったって言わせるんだから」
「――ッ…」
ものすごい自信家である。
「まあ、言わせるまでもないけど」
「…えっ?」
どう言うことなのだろうかと思ったら、
「名前を呼んで、泣いてよがって、俺に抱きついているその姿で充分伝わってるから」
一釣さんがニヤリと笑いかけて答えた。
「なっ…!?」
何ちゅーことを言うんですか!?
「俺がそうさせたんだと思ったら、すごく嬉しい」
「意地悪!」
あたしが言い返したら、
「好きなくせに」
一釣さんにクスクスと笑われてしまった。
悔しいけど、事実である。
普段のその姿はもちろんのこと、あたしだけに見せるその姿も含めて、あたしは一釣さんを好きになったのだ。
自分でも気づかないうちに、相当なまでに彼を好きになってしまっていたようだ。
一釣さんに恋をしたきっかけは、彼のいろいろな顔をもっと見てみたいと思ったあたしのわがままからだった。
それが今では、どうしようもないくらいに一釣さんを好きになってしまっている。
彼から抜け出すことはおろか、離れることもできないんだろうな。
「まほろ」
一釣さんがあたしの名前を呼んで、
「――ッ…」
またあたしと唇を重ねてきた。
一釣さんとつきあってわかったことだけれども、彼は相当なまでにキスが好きみたいだ。
唇が離れると、
「――光也…」
あたしは彼の名前を呼んで、その胸に顔を埋めた。
「おやすみ、まほろ」
そう言った一釣さんに、
「おやすみなさい」
あたしは返事をすると、目を閉じた。
そのとたんに、睡魔がやってきた。
「最初の時は顔を見るだけで嬉しかったのに、それが月に1回だけ声をかけてもらえば嬉しいに変わって…もう今では何だろうな?
こうして隣にいるだけでも嬉しいや」
一釣さんのその声を聞きながら、あたしは意識を眠りの世界へと向けた。
その翌日も一釣さんがレンタルした映画を見て、1日を過ごした。
そして、大和さんと一緒に遊ぶ当日を迎えた。
「どこで彼女と待ちあわせてるの?」
家を出たのと同時に、一釣さんが聞いてきた。
「S駅の2番出口で会うことになってる」
あたしは答えた。
電車に乗ってS駅へと向かい、2番出口へと足を進めた。
そこに出ると、休日と言うこともあってか人が多かった。
「すごいな」
一釣さんが言ったので、あたしはそうですねと返事をした。
この場にいる人たちは、あたしと同じ待ちあわせをしている人が大半だろう。
腕時計で時間の確認をすると、後少しで約束の11時になるところだった。
周りを見回して確認するけれど、大和さんはいなかった。
「まだきてない?」
そう聞いてきた一釣さんに、
「まだですね」
あたしは答えた。
約束の11時になった…けれども、大和さんはこなかった。
カバンからスマートフォンを取り出して、彼女からの着信を確認したけれどきていなかった。
寝坊でもしたのだろうか?
それから30分が経った…けれども、
「こないね」
一釣さんが言った。
「…こないですね」
あたしは返事をすると、スマートフォンに視線を向けた。
大和さんからの着信はない。
「もしかしたら、忘れているんじゃないか?」
一釣さんが言った。
「えっ、ウソ?」
そう聞き返したあたしに、
「どうなのかはよくわからないけど、大和さんに連絡してみなよ。
彼女の連絡先、知ってるんだろ?」
一釣さんが言った。
「あー、うん…」
あたしは返事をすると、大和さんにメッセージを送った。
5分、10分と待ったけれど、あたしが送ったメッセージに「既読」がつかなかった。
「交通機関に乱れが出ている…と言う訳ではなさそうだな」
同じくスマートフォンの画面を見ていた一釣さんが呟いた。
「何かあったのかな…?」
あたしはそう呟くと、大和さんにもう1度メッセージを送った。
「やっぱり、「既読」がつかない…」
あたしは息を吐くと、スマートフォンから顔をあげた。
「まほろ」
一釣さんが声をかけてきた。
「あそこで大和さんがくるのを待つか?」
そう言って指差した先に視線を向けると、スターバックスがあった。
「少しばかり腹が減ってきたから、何か食べたいし」
「いいですよ」
あたしたちはスターバックスに足を踏み入れた。
よく見える窓際の席に腰を下ろすと、そこで大和さんが出てくるのを待つことにした。
抹茶フラペチーノを飲みながらスマートフォンの確認をしたけれど、大和さんからの着信はなかった。
あたしが送ったメッセージも読んでいないみたいだ。
「もう1時間か…」
そう呟いて息を吐いたあたしに、
「まだ何にもないの?」
クラブハウスサンドイッチを食べながら、一釣さんが話しかけてきた。
「それが全然…」
画面を一釣さんに見せると、あたしは言った。
「本当にどうしたんだろ…?」
あたしは呟くと、窓の外に視線を向けた。
大和さんはまだ現れていない。
何か事故にあったんだろうか?
それとも、事件に巻き込まれたとか…?
「1回、電話したらどうだ?」
一釣さんはそう言うと、キャラメルマキアートに口をつけた。
「えっ?」
聞き返したあたしに、
「電話だよ、電話」
一釣さんが言い返した。
「うん、してみる」
あたしは返事をすると、大和さんに電話をかけた。
けれども、
「ダメだ、出てくれない…」
あたしは息を吐いた。
「繋がったことは繋がったんだ」
そう言った一釣さんに、
「でも、電話に出てくれなかった…」
あたしは言い返すと、息を吐いた。
送ったメッセージも「既読」にならないし、電話にも出ないとなると、本当にどうしたのだろうか?
時間は過ぎて行く…けれども、大和さんは現れなかった。
あれから何件かメッセージを送ったけれども、そのどれもに「既読」はつかなかった。
「どうしたんだろう、大和さん…」
息を吐いたあたしに、
「本当に、どうしたんだろうな」
一釣さんは呟くように返事をした。
「あたし、嫌われたのかな…?」
「何か心当たりがあるの?」
そう聞いてきた一釣さんに、あたしは首を横に振った。
これと言った心当たりは特にと言っていいほどに思い浮かばない。
日が暮れて、それまで多かった人が減ってきたけれど…大和さんはそこにいなかった。
「なあ、まほろ」
一釣さんが話しかけきた。
「今さらこう言ったらあれだけど、大和さんと会う日を間違えたんじゃないか?
本当は昨日、もしくは明日だったとか」
そう言った一釣さんに、
「そんなことないよ」
あたしは首を横に振った。
「ちゃんと今日だって言ったもん」
「…なら、いいけど」
それにもし会う日が昨日だったら、大和さんから連絡がきているはずである。
「遅くなったし、今日はもう帰るぞ」
「…うん」
あたしは返事をすると、椅子から腰をあげた。
一釣さんと一緒にスターバックスを後にすると、
「送ってく」
一釣さんが声をかけてきた。
「うん、ありがとう…」
あたしはお礼を言うと、駅の方へと足を向かわせた。
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