一釣さんと飲み会
合同飲み会の当日を迎えた。
会場はもちろん、『スケキヨ』の2階のお座敷で行われた。
「カンパーイ!」
商品企画部の課長が乾杯の音頭をとって、合同飲み会がスタートした。
2時間の飲み放題コースで、テーブルのうえには大皿料理と小鉢が並んでいた。
楽しそうに飲んで食べている参加者たちに、無事に今日と言う日をを迎えられてよかったとあたしは思った。
しかし、あたしの中で問題が残っている。
その原因である彼に視線を向けると、横溝さんを始めとする何人かと会話を交わしているその姿を見つけた。
みんな、一釣さんとは同期なのかな?
あの中に入ればいいじゃないかと言う話だけど、そんな勇気はあたしにはなかった。
大雪警報の夜から、一釣さんと何となくだけど気まずい関係が続いた。
もし一釣さんが途中で止めなかったら、あたしたちは結ばれていたのかな?
あたしが緊張のあまり身構えなかったから、一釣さんはあのままあたしを…。
そこまで考えて、あたしは首を横に振った。
あたしは何を考えているんだ!?
ピーチウーロンを一気飲みして、変なところへ行きそうになった自分の心を落ち着けた。
飲み物の注文を取っている店員にピーチウーロンをもう1杯頼むと、あたしは鶏の唐揚げを口に入れた。
カイちゃんと話をして気を紛らわせたいところだけど、席は遠いうえに彼女も参加者たちとの会話を楽しんでいた。
あーあ、こう言う時に仲のいい子が他にいないって本当に損だよね…。
そのために飲み会があるんだって言う話なんだけどさ…。
そう思った時、
「相楽さん、頼んでいたピーチウーロンがきましたよ」
あたしの前にピーチウーロンが置かれたのと同時に、近藤さんがあたしの隣に腰を下ろした。
「ありがとうございます」
あたしはお礼を言うと、ピーチウーロンを口に含んだ。
「皆さん、楽しそうでよかったですね」
そう言った近藤さんに、
「そうですね、よかったです」
あたしは返事をした。
「相楽さんのおかげですね」
「いえ、あたしは何もしていませんよ…。
横溝さんと近藤さんと…一釣さんが協力してくれましたから」
あたしは手を横に振って返事をした。
「一釣さん、しゃべってますね」
「…あー、そうですね」
近藤さんの口から一釣さんの話題が出たことに、あたしは何を言えばいいのかわからなかった。
「久しぶりに同期と顔をあわせることができたから、いろいろと積もり積もった話があるんじゃないんですかね…」
あたしはそう言うと、ピーチウーロンを飲んだ。
当然のことながら、彼らは一釣さんのことを知っているよね。
あたしが入社する前の一釣さんとか家族構成とか知っているよね。
「相楽さんは…」
近藤さんが話しかけてきた。
「好きな人っていたりします?」
そう聞いてきた近藤さんに、
「えっ、ええっ!?」
あたしは驚いて、大きな声で聞き返してしまった。
あっ、しまった…と思ったけれど、周りは特に気に止めていないようだった。
しゃべることと飲むことと食べることに忙しくて、それどころじゃないようだ。
あたしは深呼吸をすると、
「好きな人ですか?」
と、近藤さんに聞いた。
「います?」
近藤さんはニヤニヤと笑いながら聞いてきた。
「あー、どうでしょうかね…?」
あたしはエヘヘとごまかすようにして笑った。
「どうでしょうって…」
近藤さんは苦笑いをしていた。
「その…何となく、気まずいことになっているんですよ」
あたしは話を切り出した。
「えっ、どう言うことなんですか?」
近藤さんは訳がわからないと言うように聞き返してきた。
「最初は、知りたいなって思ってたんです」
あたしは言った。
「怒った顔が見たい、笑った顔が見たい、泣いた顔が見たい…とにかく、いろいろな顔が見たいって思ってたんです」
そこまで言うと、あたしは喉を潤すためにピーチウーロンを飲んだ。
「でも知れば知るほど、自分が欲張りになって行くことに気づいたんです。
独り占めしたい、あたしだけに見せて欲しい、他の人には見せたくないって、そんなことを思うようになったんです」
チラリと近藤さんに視線を向けると、
「続けてください」
と、話の続きをうながしてきた。
「何かもう、どうすればいいんだろうって言う感じですよ。
好きになればなるほど自分が今まで知らなかった一面が見えて、もう何だろうって。
そのせいで気まずくなっちゃって…」
そこまで言って一釣さんに視線を向けるけど、彼は話をしている。
あたしがこんなに悩んでいるのに、どうして当人は平気でいられるのよー!
そう叫びたくなったが、場所が場所である。
感情をぶつけるように、あたしはピーチウーロンを一気に飲み干した。
テーブルのうえにグラスを置くと、あたしは息を吐いた。
「飲みますね…」
そんなあたしの様子に、近藤さんは引いているようだった。
「正直なことを言うと、飲まなきゃどうしようもないです…。
ピーチウーロンをもう1杯頼んでもいいですか?」
「はい、どうぞ…」
近藤さんは店員にピーチウーロンと自分の分の飲み物も頼んだ。
明日は二日酔いだなと、あたしは思った。
「欲張りになってもいいと思いますよ」
近藤さんが言った。
「えっ?」
そう聞き返したあたしに、
「少しくらい、欲張りになってみてもいいんじゃないですか?
相楽さん、自分をコントロールし過ぎている部分があるようですし」
近藤さんが言った。
「自分をコントロールですか?」
「そう言うところがあるなって思っただけですから」
近藤さんは言い過ぎたと言うように苦笑いをすると、カシスオレンジを口に含んだ。
「自分がしっかりしなきゃって、そう思っていますでしょ?」
「…確かに」
近藤さんの言うことはもっとも過ぎて、あたしは言い返すことができなかった。
「その人の前では欲張りになっていいと思いますよ。
それこそ、独り占めしたいって素直に言えばいいですし」
「…なるほど」
さすが、横溝さんとの結婚を間近に控えているだけのアドバイスだなとあたしは思った。
「ああ、でもあんまり欲張りにはならないでくださいね?
欲張りも度が過ぎると束縛になっちゃいますから」
「あ、そうですね…」
あたしはコクコクと首を縦に振ってうなずくと、きたばかりのピーチウーロンを口に含んだ。
「一釣さんと何か進展があったら、また教えてくださいね」
「はーい…って、えっ?」
あたし、一釣さんのことを口に出したか?
そう思ったあたしに、
「相楽さん、一釣さんのことばかり見ていますもの。
そりゃ、嫌でも気づきますよ」
近藤さんは笑いながら言った。
「えっ、そうなんですか?」
「だからわかっちゃいましたよ、相楽さんは一釣さんのことが好きなんだって」
近藤さんはクスクスと笑っている。
は、恥ずかし過ぎる…。
「たぶん、一釣さんも相楽さんのことが好きだと思いますよ」
そう言った近藤さんに、
「ど、どうなんでしょうかね…」
あたしはそう答えることしかできなかった。
「興味を持ってるとか口説いてる真っ最中だとか、はっきりとそう言っていますもん」
「ハハハ…」
あたしはただ笑うことしかできなかった。
もう何だこれは…。
あたしはどうすればいいんだ…。
ああ、もう本当に飲まなきゃやってられない!
あたしはそう思うと、本日何度目かのピーチウーロンの一気飲みをした。
飲み終えた瞬間、頭がクラッとなったのがわかった。
「だ、大丈夫ですか?」
そんなあたしの様子に、近藤さんが声をかけてきた。
「大丈夫です、飲みます!」
あたしは宣言をすると、何杯目かのピーチウーロンを頼んだ。
ヤバい、飲み過ぎた…。
普段はお酒を飲む機会がないため、そのうえ自棄になったことも手伝ってか飲み過ぎてしまった。
途中から何杯飲んだのかもうよくわからなくなっていた。
飲み会はお開きになり、お会計も済ませたので、外に出たところだった。
足元がフラフラしているけれど、意識は特に問題はなかった。
…これもこれでどうなのだろうか?
「相楽さん、大丈夫ですか?」
そんなあたしに、近藤さんが声をかけてきた。
「大丈夫です、はい」
あたしは首を縦に振って返事をした。
うん、返事はできた。
「途中まで送りましょうか?」
「大丈夫ですよ、1人で帰れますから。
それに近藤さんは逆方向じゃないですか、却って申し訳ないです」
「でも…」
「俺が送ります」
あたしたちの間に誰かが入ってきたので視線を向けると、
「あっ…」
一釣さんだった。
「相楽さんとは帰る方向が一緒ですから、俺が送ります」
そう宣言した一釣さんだけど、気まずいことになっているだけにあたしは返事をすることができなかった。
近藤さんはホッとしたと言う顔をすると、
「それじゃあ、お願いします」
と、ペコリと頭を下げた。
「おーい、美衣」
横溝さんが近藤さんを呼んだので、
「はい、行きます」
近藤さんはお願いしますと一釣さんに言うと、あたしたちから離れたのだった。
チラリと一釣さんに視線を向けたら、彼は首を傾げた。
何となくそれが気まずくて、あたしはすぐに目をそらした。
一釣さんも一釣さんで何をやってくれるのよー!
「相楽さん」
一釣さんに名前を呼ばれ、あたしの躰がビクッと震えた。
「…は、はい」
呟くように返事をしたあたしに、
「帰りましょうか」
と、一釣さんが言った。
「あっ、はい…」
返事をして足を1歩前に出した瞬間、グラリと足元がフラついた。
「おっとっと」
倒れそうになったあたしを一釣さんが腕をつかんで支えた。
その瞬間、あたしと一釣さんの距離が近くなった。
「飲み過ぎ、何でこんなになるまで飲んだんだよ」
そう言った一釣さんに、
「すみません…」
あたしは呟くように謝った。
「俺のせい?」
そう聞いてきた一釣さんに、あたしは訳がわからなくて首を傾げた。
すると一釣さんは眼鏡越しからニヤリと笑いかけると、
「だって相楽さん、ずっと俺のことばかりを見てたんだもん」
と、言ってきた。
「えっ、なっ…!?」
あたしが見ていたことに気づいていたんですか!?
「俺がそばにいなくて寂しかった?」
ニヤリと笑いながら聞いてきた一釣さんに、
「さ、寂しくなんてなかったです!
近藤さんだっていましたし、カイちゃんだって…」
あたしは首を横に振って返事をした。
「も、もう大丈夫ですよ…。
今のでだいぶ酔いがさめてきましたし…」
これ以上、一釣さんのそばにいたらどうにかなっちゃいそう…。
早く離れて欲しくてそう言ったのに、
「ダメ、帰らせない。
帰るんだったら俺と一緒に帰れ」
一釣さんは離してくれなかった。
「な、何ですかそれ…」
「酔っぱらいを放って置いて帰れる訳がないだろ。
近藤さんも心配してたし」
もう、本当に何なのよ…。
「この様子じゃ駅まで歩くのは難しいな…。
タクシー呼んでくるからちょっと待ってろ。
誰に声をかけられてもついて行くなよ」
一釣さんはそう言うと、タクシーを呼ぶために道路の方へと向かって行った。
「あたしは子供か」
何が、誰に声をかけられてもついて行くなよ…だ。
それから少しだけ待っていたら、一釣さんが戻ってきた。
「乗るぞ」
一釣さんに言われて道路の方へと足を向かわせると、タクシーが止まっていた。
あたしが先にタクシーに乗ると、一釣さんも後から乗ってきた。
「最寄り駅まで」
一釣さんが運転手に告げると、タクシーが走り出した。
程よい振動が気持ちよくて、飲み過ぎたと言うことも手伝って、すぐに眠ってしまいそうだ。
そう思っていたら、一釣さんがあたしの肩を抱き寄せてきた。
コテンと、あたしの頭は一釣さんの肩に預ける格好になった。
えっと、これは…?
目玉を動かして一釣さんを見あげると、
「眠いんだろ?」
一釣さんが言った。
「駅に到着したらすぐに起こすから、それまで寝てていいよ」
「はい…」
あたしは呟くように返事をすると、そっと目を閉じた。
距離が近い。
一釣さんは、本当にあたしのことが好きなのだろうか?
あたしのことが好きだから、こうして自分の肩で眠ることを許してくれているのだろうか?
「――一釣さん…」
目を閉じたままの状態で、あたしは一釣さんの名前を呼んだ。
これからあたしが言うことを、一釣さんはどう受け止めてくれるのだろうか?
寝言だと思って受け止める?
それとも、本気だと思って受け止める?
どちらにせよわからないけれど、一釣さんはあたしの言うことをどう受け止めてくれるのだろうか?
「――あたし、一釣さんが好きです…」
目を閉じているから、一釣さんがどんな顔をしているのかわからない。
もしかしたら、車のエンジン音でかき消されちゃったかも知れない。
「――一釣さんが好きです…」
一釣さんは何かを言うこともなければ、何かをすることもなかった。
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