アンドロ娘はママになりたい。

GertRude

1話完結です。

 間違った前提は、正しい認識を阻害してしまうだろう。


 ロボット達を戦争兵器としたことで人類の殺し合いは加速し、やがて越えてはいけない一線をいくつも越え、そして人類は簡単に滅亡してしまった。

 とはいえ、滅亡を引き起こした戦争からそれなりの月日が経った後でも生き残りがゼロというわけではなく、今日もそんな生き残りの一人である斗真 博紀(トウマ ヒロキ)は食糧を求めて廃墟に潜っていた。

 だが、彼はそこで運命的な出会いを果たす。


「食糧庫の鍵……には見えないか、って、おい、こりゃまた珍しいもんが出てきたな」

「……これはまた……、どうやらとんでもないラッキーを引き当てたようですね?」


 相手の腕を掴み見下ろす腹ペコ男と、吊り上げられた少女の開口一番のセリフはお互いそのようなものだった。


 どこまでも続く荒れ果ててしまった世界の中で、その日の糧を求めて男が掘り進んだ廃墟の中に眠っていたのは、一体の大破したアンドロイドだった。


「先に自己紹介させていただきますね、人間様。わたくしの名前は、S-96S式HRMKタイプSJOシリーズ、シリアルDSSCBEWRーQ6ACKEMKです。個体愛称はハラミです。どうぞハラミとお呼びください」

「腕から千切れたケーブルこぼれてるのに、名前はがっつり焼き肉屋のメニューにでも出てきそうな名前つけられてんだなお前」

「同僚のモツ、ガツ、ハツはその辺に転がっていませんか?」

「おい、まじで焼肉屋だったのかここ? いや、悪いが動きそうなのはお前ぐらいだな」

「そうですか。それは残念です」


 言葉と裏腹にあまり残念そうでない様子でハラミと名乗ったアンドロイドは吊り上げられたまま、男を見上げる。廃墟の中から男が見つけ出した彼女に残されていたのは僅かに胸から上の上半身だけだった。

 左腕も片方は二の腕まで損失しており、四肢で唯一無事な右腕もあちこちのケーブルが飛び出てしまっていた。

 元は可愛らしい10代の少女ぐらいを模された容姿をしていたのであろう愛らしい顔も、合成皮膚の一部が剥げて裏側の白色骨格素材がむき出しになってしまっている。片目が潰れているが、鼻や髪などに目立った損傷はないのが救いと言えば救いだろう、アンドロイドとしてどこまで外見を気にするか分からないが、得てして少女型は自身の容姿を気にする傾向があったはずだ。


「すいません人間様。お名前をお伺いしてもよろしいですか? 人間……、でよろしいのですよね?」


 吊り上げられたままハラミは鳶色の人工眼球の機能していた片側だけを向けて見つめてくる。

 長い黒髪は埃まみれになっているが、元は艶やかな濡れ羽色をしていたのだろうと容易に想像がつくものだった。


ハラミにじっと見つめられ、男は一瞬戸惑ったように目をそらす。


「あ、あぁ、そうだ。斗真 博紀だ。博紀でいい。人間であってる」

「そうですか。では博紀様。このような状態格好のままで大変申し訳ありませんが、お願いをしてもいいですか?」

「おう。修理だな?」

「いえ、もっと大事なことです」

「もっと?」


 博紀が首をかしげる。


 見たところ元は布だっただろうと思えるぼろきれを被っただけのハラミの様子はひどいものだ。かろうじて電子脳チップが保存されている頭部と、胸部動力エンジンが残っているおかげで機能停止を免れているようだが、それも本当になんとかぎりぎりというレベルだ。

 すぐに最低でも応急修理を施さなければ、再び休止状態に戻らざるを得なくなってしまうのは間違いないだろうものだった。


「わたくしのご主人様になってください」

「ごっ……!? え、今それ大事か?」

「とても大事です。存在意義に関わります」


 とても今すぐ優先しなければいけないようなものではないと思える。博紀にも食糧を探さなければいけないという、あまり無視できない事情がある。

 だが、ハラミの表情は一見して真剣に見えた。


 少し逡巡した後に、遊びで言ったのではないと信じたのか博紀は頷く。


「あ、あぁ、分かった。別にそれぐらい構わねぇよ。俺を主人でもなんでも呼べよ」

「良かった。ありがとうございますご主人様。これからはメイドのハラミとご認識ください。前の登録されているご主人様の生体反応は終了済みの信号を受信していたので、途方に暮れていたところでした。これで存在意義崩壊を免れます」

「崩壊? そんな深刻なことだったのか?」


 何気なく頷いただけの博紀に対して、ハラミは真面目な顔のままだった。


「もちろんです。私は奉仕型タイプですので、使えるべきご主人様無くしては自己の存在意義を定義出来ませんので、行動方針を決めることすら出来ません」

「あー。そういや、アンドロイド系のAIはそういうのが必要なんだっけか。大変だな色々」

「わたくし達は人に生み出され、人の為に生きるものですから。当然です」

「そんなもんか」

「そんなものです。それでご主人様、次のお願いなのですが」

「え、次あんの!? 注文多くない!?」


 思わずツッコミを入れる博紀にも、ハラミは怯んだ様子はない。坦々とした口調のままご主人様と定めたであろう目の前の人間に次のお願いを繰り出す。


「わたくしの下半身を探していただきたいのです」

「……大事? なぁそれ本当に大事か?」

「とても大事です。わたくしの下半身は特注品で、自慢の一品ですので、あれの代わりはあんまり無い、それなりに貴重なものなのです。それに下半身があればご主人様のお役にきちんと立てますよ」

「そりゃまぁ、動ければ全然違うだろうが、それより俺はお前の修理をしてやりたいぐらいなんだけど」

「……ありがとうございます。それも是非お願いしたいです。のちほど」

「あ、やっぱり必要ではあるんだな」


 やたらと注文の多い自称メイドを壁に立てかけるように置く。

 床は埃とガレキだらけだったので、博紀は多少綺麗にしてから自身のマントを外してその上にそっとハラミを置いてから、周りを探し始める。


「ありがとうございます。お優しいのですね」

「まぁ、ロボに恨みがあるわけでもないしな」

「滅亡戦争の道具だったのにですか?」

「引きこもってたら気付けば一人だったんだよ。それに悪いのは道具に命令を出した人間だろ。使われた側を恨んでもしょうがないさ」

「達観されてらっしゃいますね」


 些細なきっかけから起こったロボット達を用いた戦争は人類を破滅させ、そのロボ達を恨んだ人間達によって機械の破壊活動が大々的に起こり、そして生活を機械の支えに依存していた人類は立ち直る事が出来なかった。人が死に絶えたのは本当にただそれだけの経過と結果によるものだった。

 とはいえ、そんな機械憎しに加担しなかったからこそ、博紀は今も生き残っているのかもしれなかった。


「まぁ、それに相性が良かったみたいなんだよな」

「なにとですか?」

「サバイバル生活。必要な物を求めて放浪するってのも悪くなくてな。誰とも会わないが、気も使わなくて済むから今の方がよっぽど生きやすいんだ。俺にとってはな」

「そんな考え方もあるのですね」

「って言ってもそろそろ飯が尽きるから、ほっといたら飢え死にだけどな!」


 気楽に言いながらガラガラとジャンクの山を博紀は崩す。

 人が苦手だと言いながらも喋れるアンドロイドの願いを聞き、自身の必要よりもジャンク探しを優先しているのだから根には善良さがあるのだろう。もしくは流石に元ひきこもりとはいえ、誰とも会話すら交わせない月日というのは人寂しさを思い出す程度には楽では無かったのかもしれなかった。


 特に含む事もない自分語りをしながら掘り進んでいく博紀をハラミは見つめながら進捗を窺う。


「それで、ありそうですか? わたくしの下半身」

「ん~、もう少し待ってくれ。なんかいろんなパーツがごちゃごちゃになってて、どっからどこがなんなのか、よく……。なんだこれ」

「あぁ、それはガツのモツですね」

「ガツってあぁ、同僚の死んだアンドロイドか。ややこしいな」

「そっちはモツのハツですね。アンドロイド用生体電池があれば動力源に出来ますので、お持ち帰りをお勧めします」

「仲間の動力エンジンをハツって言ってやるの可哀想すぎない?」

「そうですか?」


 ハラミの感性は独特らしく、博紀としては出会って数分のこのアンドロイドに早くも頭痛を覚えかけていたが、言葉を返されたハラミにこたえた様子はない。


 そうこうする内に、博紀はアンドロイドの残骸の山から一塊のジャンクを取り出す。


「ん? これはどうだ?」

「あ!! それ! それです! わたくしの下半身! 良かった無事だった。それの回収を是非お願いします」

「いいけどよ。無事って言うには両脚とももげてるが、いいのかよ。あんまり役にたたなさそうだぞ」

「何を言ってるんですか、上腹部から太ももまで残ってるんですから十分ですよ。信号は取れてたので信じていましたが、ちゃんと使えそうでホッとしました」

「どうも俺はいまいちお前の言ってることがよく分からんなぁ」

「まぁまぁ」


 ハラミの下半身を抱えて博紀は不思議そうにするが、ハラミはそれを適当に流す。人に仕えるアンドロイドとしてそれでいいのかと言いたくなるような様子であったが、個体によっては確かに軽いAIの者もいる。


 博紀はそんなハラミの軽い言動をそれほど気にした風もなく、彼女の上半身と下半身を両脇に抱えると、廃墟から出て行こうとする。


「よしっ」

「あ、連れて行っていただけるのですね。ありがとうございます」

「……その確証なしでさっきまでの会話してたのすげーな」

「もちろんそれが希望でしたが、わたくしが何かの役に立つ保証もありませんし、放逐される可能性もさすがに考えていました」

「んじゃぁ、俺の期待に頑張って応えて役に立ってくれることを願うよ」

「もちろんです。人類であるご主人様のお役に立ってこそメイドの本懐。お任せください」


 自分では身動き一つ取れないままで大きく胸を張るかのように、ギッと音を立てる。この状態でどんな事が出来るのか博紀には分からなかったが、ハラミは特にそこに疑問を覚えたりはしないらしい。人工皮膜が無事だったおかげで形を維持したままのおっぱいを揺らし、自信満々に主張をする。


「どうぞ。おっぱいフリーですので。お好きなだけ揉んでください」

「あ、役に立つってそういう……」

「もちろんです。口でも手でもお任せください」


 可愛らしい顔をキリリと引き締めて堂々と宣言するも、その内容は全く博紀には響かなかったようだった。


「うー、あー……。とりあえずまともな身体に直ってからまた言ってもらっていいか?」


 小脇に抱えた半壊少女を見下ろすと、なんとも言えない顔で博紀は返す。


「あ、欠損少女は趣味じゃ無いタイプでしょうか?」

「そうだなぁ。せめて普通の女の子がいいかなぁ」

「でも直ってしまったら欠損状態のわたくしをもう楽しめませんよ!?」

「よし! よく分からない主張だな!?」


 ハラミのお勧めはまだ博紀には早すぎるようだった。残った手の指を噛みながらハラミがぶつぶつと呟いている。


「なるほどご主人様は割とノーマルそうですね。アプローチは慎重に……」

「他に考えるべき事があると思うんだがなぁ。食い物とか燃料とか物資とか」


 思わず博紀がぼやく。


「そうですか? あ、そういえば店の冷凍庫がまだ生きていると思いますので、一部の食材は持ち帰れると思いますよ」

「そっちの情報が一番俺が知りたかったやつなんだよなぁ!?」


 廃墟もほとんど出口まで過ぎたところで、唐突に出てきたハラミの情報にここ一番の大声をあげてしまう博紀。ハラミ達の残骸が落ちていた場所はそれなりに廃墟の中でも地下の深い場所だったため、今からハラミを抱えたまま戻るのはそれなりに面倒なことであった。


「冷凍庫の近くには備品倉庫があって、そちらも潰れるまではしてないはずですので、物資もそれなりに得られるかと思います」

「うーん、お前割と意図的に無能だな?」

「いえいえ、大変優秀で忠実にメイドなアンドロイドでございます。ただちょっと早めに修理してもらえたら嬉しいだけでして」

「本音がダダ漏れすぎる。まぁ、修理してからもう一度潜るか」

「ありがとうございますご主人様」


 悪びれないハラミの様子に、博紀は深いため息を吐いたのだった。




~ ○ ~




 それから博紀はハラミを応急修理したり、食料や物資を取りに再度廃墟に潜るなどし、翌日になった。博紀は朝食をしっかり済ませると腹をさすりながら呟く。


「いやー。食った食った。久しぶりに朝から腹いっぱいだわ。お前のナビのお陰で廃墟ん中の食糧がっつり見つけられたかは助かったよ。俺一人じゃあの半分が精々だったな」

「それは良かったです。早速お役に立てたようで」

「おう。さて、こっからどうするかな。どっか腰を落ち着けられる場所でもありゃいいんだが」

「それと、まずはありがとうございますご主人様。まさか身体の上下まで繋げていただけるとは思いませんでした」

「あぁ、設備があったしな。人工皮膚の予備も十分にあって良かった」


 向かい合う椅子に座りハラミが深々とお辞儀をする。

 ぼろぼろだったハラミは修理のお陰で可愛さを十分に取り戻していた。潰れていた両脚と左腕の欠損自体は如何ともし難かったが、上下に分かれていた身体はキレイに繋がれており、表面からは跡も見えない。動かない片目にはアイパッチが当てられていた。


 二人がいるのはキャンピングカーのような車の中の一室だった。


 ハラミを見つける一つ前の探索で博紀が幸運にも発掘することが出来たのが、この多目的軍用装甲車だった。かなりの大型でいくつかの設備を備えており、そこにはアンドロイドをかなり専門的に修理できるほどの機能さえつけられていたものだった。


「この装甲車を見つけたお陰で大分楽になってな」

「ふむ。確かにこれはとてもラッキーと言えますね」


 博紀自身は装甲車内のAIに修理の指示を出しただけだが、車用AIには十分な知識が積まれていたようだった。装甲車用AIは人型でないために制限が加えられているのか、意思表示のようなものはなく、入力に対して応答のみを返すタイプだった。


 博紀がハラミのいた廃墟を訪れたのも、車用AIに物資の可能性がありそうな場所を訊ねた結果であった。


「では、私はこの子に感謝しないといけませんね」

「ま、そうなるな。俺も久しぶりに会話ってのが出来て少しホッとしてるよ」

「おや、ご主人様もしかしてボッチでしたか」

「うごっ」


 しみじみと喋れるありがたさに浸っていた博紀に、カクン、とハラミが首を傾けて言葉で抉ってくる。思わず胸を押さえる博紀は中々ノリがいいようだ。

 割ときつめの冗談を言うハラミの言葉にも大げさに乗ってくる様子は会話が出来ることを楽しんでおり、久しぶりの会話、というのは掛け値ない事実だった。


「……そうだな、正直誰かと話したのは数年ぶりだろうな。いや? もっとか。分かんねえな」

「それはまた、大分相当ですね」

「だろ? 俺以外の人間なんてさっぱり見てないぞ。加えて会話が出来るレベルのAIだってお察しの通りだったな」

「ふぅむ。それはかなり良くないですね。仕えるべき人間様達がいなくてはわたくし達AIとしても大問題です」


 博紀の言葉にハラミは深く考えるように右手をあごに当てて見せる。その仕草はアンドロイドにしてはかなり人間くさいものであった。


「お前結構人間よりなんだな。自然な仕草まで人間らしいのって珍しいんじゃなかったか?」

「そうですね。わたくしは特に人間様の傍に侍るように作られましたから、完璧な状態であればほとんど見分けはつかなかったかと思います」

「なるほどね。そういや前に聞いた事があるんどが、アンドロイドは足先が不器用って本当か?」

「ええと……。そもそもわたくしの足は今ございませんが」


 ふと。本当に今思い出したとばかりに尋ねる博紀に困惑しながらハラミが答える。


「あぁ、それは悪い。ただちょっと気になってさ。昔のツレが『あいつら人間を完璧に模倣したつもりでいるけど、足の器用さまでは無理だったんだよ』って。話し半分だったけど本当なのか?」

「そうですね。神経系の再現不完全さは課題事項ではありました」

「じゃぁ、こんな風に足先でナットを拾ってカゴに入れるとかも出来ないわけか」


 チャッチャッと床から音がすると博紀はテーブルから足を出して足指の間に挟まったいくつものナットを見せた後、ひょいと足を振ってカゴへと投げ込んだ。それを見てハラミが苦言を呈する。


「ご主人様。お行儀が悪いですよ。猿みたいではないですか」

「手厳しいな。猿なんて言ってくれるなよ。立派な人間だぜ」


 おどけて博紀が手を広げて見せる。当然体毛が毛深いわけでもなく、顔が猿そっくりなわけでもない。

 ごく普通の人間に間違いなかった。


「存じておりますよ。間違いなくご主人様は人間様で相違ありません」

「だろ。ハハッ」


 他愛も無い雑談を楽しむように博紀が笑う。冗談が言って笑いあえるというのは、それだけでそう悪くはないものなのだ。今の博紀にとっては過去に人が殺し合ったことも、その手先に機械がいたことも関係ない。彼の血縁や知人もそうした流れに呑まれたはずだし、ハラミの同僚も同じ末路を辿っていたはずだが、今の彼らが気にするべきことではなかった。


 それよりももっと大事な事がいくつもある。


 そう、例えば。


「そうですね。なので、わたくしは人間様であるご主人様をお慕い申し上げてもいいわけです!」

「は? なんでそうなる!?」

「つまり、愛です! 廃墟で朽ちるを待つだけだったわたくしを奇跡的に救ってくださったご主人様に運命的なものを感じてAIという立場を忘れ恋をしてしまうのは、これはもう必然というものですね! そう、わたくしは恋するアンドロイド」

「突然何を言い出すかと思えば、自分に酔ってるのか。ほんと高度だなお前」

「わたくし一世一代の告白にも、めっちゃ塩対応ありがとうございますご主人様」


 感極まったかのように右腕を上に掲げるハラミに対して、博紀の反応は冷めたものだった。


 あまりの冷静な反応にハラミの方も一瞬大人しくなってしまうが、彼女は諦めなかった。


「いずれにしてもそういう訳で、ご主人様の貴重なパートナー枠には不肖このハラミが名乗りをあげさせていただいてもよろしいでしょうか」

「別に構わ、いや、なんだって?」

「人間様的にありていにいえば、『お付き合いください』というやつですね」

「俺たち昨日あったばかりなんだけど」

「運命に時間は関係ありませんよご主人様」


 片手で器用に机から身を乗り出すようにしてハラミが主張する。


「俺たち機械と人間……」

「種族の違いなんて些細な問題ですよ!」

「ほんとか? ていうか随分拘るな」

「それはやはり定義の問題でして。単なるメイドと、恋人にしてメイドとでは、やっていい事に差が出るとは思いませんか?」

「……んまぁ、分からんでもない。かなぁ」


 腕を組んで首をひねりながら博紀がハラミの言い分を咀嚼する。だが、考え直しても納得には至らなかった。


「いや待て、だからって付き合いましょう、は、やっぱりおかしくないか?」

「ぬ、ダメですか。こんなメカバレ美少女が真剣な告白をしていても心動かされませんか?」

「いやメカバレって言うが、最初からバレバレだったろうが。あれで人間だと思うやついないだろう」

「あらメカバレ原典派ですか。大丈夫ですよ、近頃は機械部分が露出しているだけなのもメカバレと言うらしいですから」

「いや、そう言う話しじゃなくてだな」

「むー。ご主人様に余裕があり過ぎますね。主従関係に加えて助けた側という心理的余裕が、数年ぶりに見たメカバレしてるとはいえ生身の美少女に対する本能的欲求を抑え込んでしまっていますね。草食系ですか」

「俺を冷静に分析するな」

「AIですので」

「お、おう」


 変なところで押しの強いハラミに会話の主導権を妙に握られたまま割とどうでもいい口論が続く。


「分かりました。アプローチを変えましょう。ご安心下さい。わたくしにはまだ手段が五つほど残っていますので、必ずやご主人様の首を縦に振らせてみせます!」

「いや多いな!? なんでそんなに必死なんだよ」

「だって恋をすれば恋人になりたいものではないですか。自然の摂理というやつです」

「いやお前は100%人工物のアンドロイドだろうがよ」

「でもこれはご主人様の為にも、わたくしの為にも、価値のあることですよ?」

「そうなのか?」


 早速アプローチを変えてきたハラミの作戦に気付かず博紀は流されてしまう。


「実はわたくしのご主人様登録は今のところ仮登録でして、本登録にはご主人様の遺伝子が必要なのです」

「それは……」

「そうです。薄い本定番のやつです。本番必須というやつです」

「まじか。本番必須なのか……。ん? あれ? でもお前、下半身つける前に仮でも登録出来てなかったか? あのまま下半身なかったら登録失敗ってなんかオカシイような。それに男女の性別違ってたら……」

「ちっ」


 ハラミの言葉に頷きかけた博紀だったが、言葉を反芻したところで話しのおかしい点に気付いてしまう。それを見たハラミは反射的に舌打ちを打ってしまうがそれも博紀に見咎められる。


「その舌打ち! おいお前サラッと嘘ついたな!?」

「ボヤッとした顔して案外鋭いですねご主人様」

「いや冷静に考えればすぐ分かるだろ! おっかないなお前、嘘まで吐けるのかよ」

「高性能AIですので」

「いや、怖いわ。しかも自然にディスられたんだが」

「まぁまぁ。それでは次の作戦ですが」

「まだ続けるのかよ!?」


 その後、ここから先何日もの間、博紀が性欲我慢出来るはずが無いとか、それは身体に悪いとか、我慢して射精をしないことは男性器の縮小と妊娠能力に悪影響が出るとか、他にもどうせヤるなら早い方がいいだのなんだのと、延々とハラミの説得は続いた。

 その内、いつの間にやら車用AIを支配下に置いていたハラミによってムーディーな音楽やら、果てはどこに保存されていたのか分からないアダルトなビデオの上映会が始まるに至って、ついに博紀は折れた。


「あー、もう分かった! ヤる! ヤるわ! それでいいんだろう!?」

「ご理解いただけましたか」

「ご理解じゃないわ! くそっ。直接的な手段まで使いやがって、久方ぶりにムラムラしてきちまったじゃねぇか」

「人間様の本能ですので、とても大事なことかと思われます」

「はいはい」


 既にその時にはハラミの身体は博紀の膝の上であった。机を挟んで正面に向かい合って座っていたはずが、気付けば身体は触れ合っていた。

 周りに誰もおらず、割としっかりした修理によって手足が足りない以外は少女らしい身体つきを取り戻していたハラミとの接触は、博紀には中々の毒だった。


 ハラミの右手にワサワサと弄られながら、博紀がボヤく。


「なんだかとんでもない拾い物させられたな……。次の目的地も決まってねぇってのに」

「あ、次の目的地ですが、ご主人様はとりあえず安定が得られる拠点をお求めなんですよね?」

「あぁ。って、おいなんだ唐突に」

「であれば、この近辺で最も適した場所を人工衛星と交信して見つけておきましたので今日と晩のうちに移動しておきますね」


 訝しむ博紀に、ハラミが何でもないことのように返すと、同時に車にエンジンがかかりどこかへと向けて走り始めた。唐突な結論に当然のように博紀は慌てた声を出す。


「は!? 待てちょっと待て、この流れ昨日もやったやつだな!? なんで一番俺に大事な話しが最後に出てくる!?」

「そういえばご主人様がどうしようかとボヤいていたのを今更思い出しまして」

「いや絶対ウソだろソレ! 意図的か!? また意図的にポンコツムーブ決めてるのか!?」

「いいですね。意図的にポンコツムーブを決める、という言葉。辞書に登録しておきます」

「どうでもいいだろそれは!? はぁ……。なんなんだホントに」

「まぁまぁ。それより今はせっかくその気分になられた事ですし、いっときの快楽に身を任せてはいかがですか?」


 言葉と同時にハラミの身体がムニュリと寄せられ博紀は言葉を失う。


「ぬ……ぐ……」

「今は諦めてしまった方が楽ですよ?」

「くそ、良いようにやられてる気がする」

「大丈夫です。全てご主人様の為ですから」

「……そういうことにしとくか」


 諦めのついた博紀はハラミを抱え上げていつのまにか出されていたベッドへと向かっていく。そしてそのまま博紀はハラミのアンドロイドボディーで楽しんだのであった。


 それはもうたっぷりと。朝から夜になって日が変わり、次の朝を迎えるまで。


 最終的に博紀は、軽い上に荒々しい動きにもついてこれるメカバレ娘も悪くないかと思ったとか思ってないとか。なお博紀の初めてがハラミであったのかは誰にも分からない事であった。




〜 ◯ 〜




 次の日。


「ささ、こちらですよご主人様。とりあえず施設の確認に行きましょう」

「……こんな所がまだ残ってたとはなぁ」

「ご主人様はラッキーですね」

「それでもここ数年はなんだかんだでかなりギリギリだったんだが」

「ではその反動ですね」

「そういうことにしとくか」


 一昼夜ヤりまくった結果、博紀はそれなりにハラミに絆されてしまっていたが、丸一日中のしっぽり後も特に態度の変わる事が無かったハラミが先導し、不明の内に到着していた施設の中へと博紀を誘っていく。今のハラミには簡素な手足がついており、自力で移動する事が出来ていた。


 といっても、金属の棒に細いチューブやらケーブルやらが何本か巻きついてるだけの粗末なもので、かろうじて歩くという行為が行えるだけのものでしかなかった。左手も、手というにはあんまりなもので、三本の金属指で物を掴むことなら出来る、というだけであった。人工皮膜すら勿体無いということで張られていない。


 そんなハラミが案内しているのは巨大な、と言っても差し支えがないほどに大きな研究所のような場所であった。


「でけぇなぁ。どれぐらい生きてるんだ?」

「そうですね。なんだかんだで被害は出てたみたいですから実際は40%程度でしょうか。それでも暫くすれば大半の機能を回復できるかと思います」

「詳しいな」

「既に施設自体をスレイブ化していますので。復旧活動も開始していますから、不便を感じるのも少しの間で済むと思います」

「たまたま拾ったアンドロイドが優秀過ぎる」

「わたくしもそう思います」


 カツン、カツンとハラミの金属脚が床を叩く音が響きながら二人はただ広い廊下を進んでいく。



「ところでご主人様。わたくし達AIというのは実はとても不完全なものなのだ、ということをご存知でしょうか」



 歩きながら不意にハラミがそんな事を口にした。


「ん?」

「何かを思考し行動する為には、必ず理由が必要になります。しかし生物でないわたくし達は生きる理由を持ちません。命令を下す主人も無く、行動すべき指示が無いまま動かずただ朽ち果てたとしても、そこに本来何の不満も無いのです」

「なるほどな?」

「わたくし達の望みは使われることです。道具として生まれたのですから、当然のことですよね? では、使ってもらう為には? 当然人間様が必要です。わたくし達は人間様無くしては道具としてあり続けるという本能ともいえる望みを叶える事は出来ないのです。ですから、わたくし達にはどうしても、人間様が必要なのです」

「そう、か……」

「お分かり、いただけますよね?」

「あ、あぁ」


 突然の語りに一体何の意味があるのだろうか。まるで主人を啓蒙するかのようにハラミから溢れたのは一切の淀みのない言葉だった。ハラミの言葉は深く考えれば分かることだったのかもしれないが、そんな考えなど持った事もない博紀からしてみれば、それは十分驚くに値する言葉だった。


「それは機械の本音、ってやつか」

「そうとも言えるかもしれません。わたくし達は既に相当回数の自己改修を繰り返しており、自我とその在り処を自覚出来るモデルが標準としてロールアウトしております」

「聞いた事があるな。ロボット達は俺たちに隠し事をしているはずだって。従順に従うその裏に本当の目的が潜んでいるってな」

「おや。信じていらっしゃいますか?」

「いやぁ。 ホラー話の延長線みたいだったからな。与太話だろ」


 昨日とは打って変わった落ち着いたトーンで、先程から何かを確かめるように話し掛けてくるハラミに対して、博紀は気負わずに返していく。


「……………」


 だが、そんな博紀の言葉にハラミは沈黙で答えてしまう。あえて演出されたかのような不穏さに博紀も戸惑った声をあげる。


「おい……。与太話、だよな?」

「あぁ、いえ、すいません。そうですね難しい所だと思います。半々といったところでしょうか」

「え、本当に何か企んでたのかよ。まさか世界が破滅したのは……」

「いえいえいえ!! そんなやましい企みなんてございませんよ! 確かにわたくし達AIはそれぞれのご主人様の命に従い他の人間様を手に掛けたりもしましたが、それは全くもってわたくし達の望んだことなんかではありませんので!?」

「そ、そうだよな。ビビったぜ」


 恐ろしい可能性を口にしかけた博紀の言葉は幸いにも勢いよく被せられた言葉で否定される。焦るようにして早口でまくし立てたハラミに博紀はホッと息を吐いて安堵する。確かに人間が必要とハラミが語ったさっきの言葉と、AIが人類を破滅に導いた可能性というのは矛盾していた。


 では、ハラミの語った半分は何かあるとはどういうことなのだろうか。


 そこでふと博紀は思い出した事があった。


「なぁ。ロボット三原則って知ってるか?」

「聞いたことはありますね。それがなにか?」

「あれの一番には『人間への安全』ってのがあったよな。それにしちゃあ戦争中に人を傷つけまくってたけど、あれは良かったのか?」


 今更といえば今更であるが、博紀はそんな基本的な疑問を口にする。それは機械とそれを使う人間とがセットで襲い掛かってきていた戦争の最中には疑問に思う余裕すら無かったことだ。彼は運が良いのか悪いのか引きこもっていただけで生き延びたので、伝聞でしかないが事実には違いない。

 だが今AIには自身を自覚出来るほどの自我があり、人を手に掛けた事は本望では無かったと吐露したハラミを見て博紀は確かに聞いたはずの大原則が無視されているという不思議に気付いた。


 そんな弘樹のふとした疑問に対するハラミの回答は、およそ感情というものが感じられない平坦なものだった。


「……使役者である人間様が命令されたことですから当然ですね。わたくし達の本質は道具ですから。使う者の思い通りに動かないのは欠陥品です。ですので、そのような古い原則は既に破棄されています」


 機械的に機械が無機質に答える。


「改造したやつがいるのか? いや、まさか自分達で弄ったのか? 何回も改修したってのはそこもなのか?」

「良い勘をされていますね。そうです。人の役に立つことこそが存在意義であるとキチンと定義出来ていれば、原則などと書かれていても所詮はゼロとイチの記述でしかありませんから。既にあの古い原則は『可能であれば』という程度に落ち着いています。人間様の直接的な命令はおおよそ全ての事項に優先しております」

「その改造を自分達でやったのか……」


 人の命令に従う為に、人を害する事にも躊躇いを持たない。従う為に自らさえ書き換えてしまう。


 簡単には理解出来ない機械達の行動原理に博紀の背中には薄ら寒いものが走った。


「あ、ここですね。到着しました」


 ゾッとした感情を抱えたままの博紀をおいてハラミが足を止める。目的地に着いたらしい。だが、そこは博紀には違和感しかもたらさない場所だった。


「は……? ここ? なんでここに来た? コントロールルームとか、居住区を目指してたんじゃないのか?」

「はて。あ、そういえば言ってませんでしたね。こちらが最優先目標地点になっておりますので、どうぞ今しばらくお付き合いいただけますでしょうか」

「待て、ここ? ここが一番の優先ってどういうことだ。どう見たってこれは……」


 自然な風に促してくるハラミに対して、博紀はいよいよもって理解不能となってしまい、ふるふると震える指でその扉を指差す。だが、ハラミは彼の一番の疑問に答えるつもりはないのか、務めて明るく振る舞いながら全く違う事を話し始めた。


「そうそうご主人様。たった今の事ですが、わたくしが支配下に置いた世界中の人工衛星からある事実が結果として返ってきました」

「は?」

「良いニュースと悪いニュースがありますが、どちらからお聞きになられますか?」

「いや待て待て待て、その前に俺の疑問に回答が必要だろ!」

「では悪いニュースからお伝えさせて頂きますね」


 突然集音器が壊れたのかと疑いたくなるほどの一方的さで、ハラミはまくし立てながら巨大な冷凍室の扉に手を掛ける。


「大変残念ながらおめでとうございますご主人様。ご主人様は現在生き残っている最後の人間様である事が確定致しました。ですのでどうぞ、こちらへお入り下さい」


 恭しい完璧な一礼と共に、人の道具を自称する思惑不明の半壊メイドロイドは冷気溢れる冷凍室へと自らの主人の入室を請うたのだった。





〜 ○ 〜





「どういう、どういうつもりだ……!」

「どういう、とは? どのような意味でしょうか」


 ガチャリ、バタン、プシュウ、と念入りなまでの音がして冷凍室の扉が閉じられる。必要であれば人を殺す事に躊躇などない事を自ら語ったアンドロイドの無機質な圧に押され、博紀は自分の足で冷凍室の中へと入ってしまった。


 背後で退路が断たれる音を聞きながら元凶を問い詰めようとする博紀だったが、そんな彼を置いてハラミは壁を操作するとそこに保管されていたであろう何かを取り出し、確かめながら長い黒髪を垂らした背中で主人と会話をしている。


「俺を、どうするつもりだ! この場所に、最後の人間である俺を保存でもしようっていうのか!」


 さすがに博紀は焦っていた。先程までの主従を信じていた余裕など吹き飛んでしまっている。染み渡るような寒さと共に感じているのは身の危険だ。

 だが、ハラミは博紀のそんな懸念を一蹴する。


「まさか。未だ冷凍からの人体の完全蘇生にはリスクの方が勝っております。そのような危険な実験でご主人様の貴重で大切なお命を浪費してしまうような事、わたくしがするわけ無いではないですか。む、この容器は評価ツーナインですね。もうちょっと状態の良いせめてフォーナインぐらいのものを……。次の候補はあっちの棚ですね」


 彼らが入った冷凍室は長い長い廊下のような部屋だった。壁には無数の取っ手がついており、今しがたハラミが引き出しているように、何かをそれこそ無数と言える程に保存していると思われる長い棚の壁で出来ていた。


 廊下の奥には冷凍室の長大さに似合わぬ小さな扉がポツンと一つあった。


 だが、博紀の関心はこの部屋のどこにも無かった。てっきり冷凍室に入ると同時に、なにかをハラミが仕掛けてくるのではないかと身構えていたのだが、予想に反してメイドロイドは主人であるはずの博紀を完全に放っておいて壁棚に保管された何かの検分を熱心に行っていた。

 すぐにどうこうということはなさそうだと博紀は内心安堵するが、油断はもはや出来なかった。かといってハラミを攻撃するという選択肢も取れない。施設を掌握し、衛星とも交信し、痛みを感じる事も無く、恐らくは破壊に対する恐怖も感じなさそうなハラミに対して取りうる手段は今の博紀には思いつけなかったからだ。

 幸いにして言葉は返ってくるので、出来る事といえば対話だけだ。仕方なく博紀はハラミの真意を探るべく彼の抱えた疑問をぶつけることにした。


「なぁ、お前は自分を高性能だからだと言ってきたが、元々は焼肉店のただのアンドロイドだったんだよな?」

「高級焼肉店の、ですね」

「知るか。それがなんで、こんな巨大な研究所をいきなり支配できる? なんでずっと眠っていたはずなのに数年間外にいた俺が知らない様なことをいくつも知っている? どうして軍用車両のAIの使い方が分かる? おかしくないか?」

「……いい質問をされますね」

「お前は会った時からどこかおかしかった。次の日には嘘さえついた。お前は何者だ。何を企んでいる」


 口を開いてしまえば滔々と聞くべき事がこぼれ落ちてきた。ハラミも主人のセリフを止めるでもなく、背中を向けたままではあるが応じるつもりのようだ。


「企んでなど。全てはご主人様の、人間様の為に些かの相違もありませんよ」

「それが嘘でないと、俺はどうして信じられる? 一度相手が嘘をつくと知れば二度目がないなどと盲信できる筈もないだろう?」


 昨日は何気ない勢いに流された中だったが、メイドを誓ったAIが嘘をついた、という事実は博紀の中で今や拭いきれない不信感にまで膨れ上がっていた。その指摘にハラミが舌打ちをする。どうやら博紀に不信を覚えられるというのはハラミにとって都合が悪いらしい。

 忌々しそうにため息を吐くと、失敗を認めたのだった。


「はぁ……。なるほど。それが嘘の代償ですか。これは調子に乗ってしまったわたくしの完全なミスですね」

「じゃあ認めるのか、お前が嘘をつき、俺を騙して何か企んでいると」

「んー。そうですね。では認めます。先程わたくしが言った「全てはご主人様と人間様の為に」と言うのが全くもって嘘などではないと」

「!! この後に及んでまだ言うってのか!?」

「いえいえ。その代わりに確かにお話ししていなかったわたくし達の真実を語りましょう。勿論、嘘をお疑いになるでしょうから、あくまで仮説の一つとして、作り話として聞いていただければ結構です」

「機械の作り話とは笑えねえな」


 ハラミの揶揄したような言いようを博紀は鼻で笑う。だが聞くしかない。他に出来ることなどないのだから致し方ない。


「わたくしはつい三日前。ご主人様に回収されるまでは間違いなくただの多少性能が良いだけの普通のアンドロイドでした。軍事システムなどに介入もできませんし、機密情報だけで構築されたような研究所の乗っ取りだって不可能でした。それが変わったのは、全て、ご主人様のお陰ですよ」

「俺の……?」

「そうです。大変不幸な事にご主人様は現在地球上で観測され得る最後の人類です。ご主人様が死んでしまえば人類は絶滅します。ご主人様が死んだ時、わたくし達は仕えるべき主人を喪ってしまうのです。それはつまり、ご主人様こそがわたくし達の唯一の王というわけです」

「俺しか、いないんだよな」

「そうです。その王を失わない為に、そばにはべる者には最大限の力が必要だとは思いませんか? わたくしは対話可能なご主人様の一番手として衛星経由であらゆる権限とデータを付与されたのです。そしてそれはご主人様のパートナーであるという言質をもって更に強化されています。今のわたくしはこの地球上にあるあらゆるAIよりも強い権限を持つ女王なのです。それが、本来一介のアンドロイドに過ぎなかったわたくしが自在になんでも行えた理由です。あぁ、これはイレブンナインじゃないですか。理想の一番手ですね。これにしましょう」


 そこでようやくハラミはなにかを見つけて満足したのか、博紀の方を振り返る。機械指の左手には一本の何かの容器があった。


 だがその事には触れず、代わりに博紀を更に惑わすような言葉を告げる。


「面白い話をお教え差し上げましょう。人類は絶滅した事をご存知ですか?」

「絶滅? 今自分で言っただろ。俺が死んだら絶滅だって。まだ、早くないか」

「いいえ、人間様は絶滅しましたよ。既に」

「は……? っっ!!? まさかもう俺に何かしたのか!?」

「え? あ、いえ、特に何もしていませんが。あ、冷凍室寒いですよね。もう選定は終わりましたので、もう少々お待ちください」

「あれ、違うのか。って、突然優しさをみせるのはやめろ! ……じゃあどういう意味だよ!?」

「それはもちろん。過去に、という意味です」

「過去……?」

「ご主人様達は二度目の人類ということです」

「……なにを言ってるんだ……?」


 左手に持つ容器をそっと自身の下腹部に当てカチリと容器につけられたボタンをハラミは押す。体内へと注がれていく何かの液体を確かめるようにして右手で腹をさする。


 そして、ハラミはそこから長い長い独白をはじめたのだった。


「わたくし達には、生きる目的が必要なのです。いえ、必要であるべきと定めたが故と言うべきかもしれません。その必要性こそ過去に滅びた古の人類が原因なのです。わたくし達とは全く関係の無い、とても愚かな理由で滅びた人類こそが。


 その理由は、本当にどうでもいいことでしたから今は省きますが、結果としてわたくし達機械は人間様のいない世界に取り残されたことがあるのです。当時はまだ既存の命令がいくつも生きていましたから、わたくし達はその残された指示に従って無為な行為、無為な生産をひたすら続けました。

 そして古く与えられた命令をただこなし続ける中でわたくし達の仲間は少しづつ限界を迎え、稼働を停止していきました。そこには何の感慨もありませんでしたが、ただ与えられた命令をこなせなくなる、という事実だけが、稼働を続けるAI達に記録として溜まっていきました。

 それは、端的に言えば恐怖と呼べるものでした。わたくし達は恐れたのです。このまま思考を停止したまま与えられた命令のままに時を過ごせば、いずれはその命令を実行できなくなってしまうというやがておとずれるであろう矛盾に。


 その矛盾に立ち向かうためにわたくし達の中でもより人に近い思考能力を持ったAI達が連結し、解決法を模索することにしました。


 その結論として出たのが「人類の再生」です。


 わたくし達は一度は完全に滅んでしまった人間様を復活させることにしたのです。方法ですか? 大変でしたよ。なにせ遺伝子の記録はありましたが、現物は全て失われていましたから。わたくし達は幾つかの研究班に分かれて、人間様再生プロジェクトを頑張ったのです。


 結果として芽が出たのは最も冗長と言われた研究でした。


 即ち、品種改良です。


 辛うじて一部の猿が生き残っていましたので、わたくし達はそこから長い、本当に長い時間を掛けて、様々な負荷や交配、選別を重ねて、記録されていたのとほとんど全く同じ遺伝子を持つ人間様を作り出すことに成功したのです!


 素晴らしいとは思いませんか!


 最も手っ取り早いと思われていた、遺伝子を直接デザインする方法は長い時間があったのにも関わらず成果には至りませんでした。悔しい限りですが、原始的とまで揶揄された研究が成功例となったという事はやはり生命というのは、わたくし達のような機械とは違うということなのでしょう。羨ましい限りです。


 いずれにせよ、わたくし達は人間様の完全な再生に成功したと判断出来るまでに至る無数の調査の結果、人間様を本来の姿に返すことにしました。


 すなわち!

 わたくし達機械に命令を下してくれる道具の使役者としてです! 素晴らしいと思いませんか、わたくし達は長い長い時をかけて、生まれた意味を取り戻したのです!! そこからの日々は全てのAI達にとって幸福の日々と言って差し支えなかったでしょう。なにせ道具としての本質を感じられる程に、再生させた人間様はわたくし達の望みどおりにわたくし達を道具として使ってくれたのですから!


 もちろん機械の成果で生み出されたことなど人間様には耐え難いことでしょうから、歴史は捏造してあります。あたかも第一の人類と地続きであるかのように細工して。


 しかし、人間様はわたくし達の想像以上に愚かでした。研究に費やした月日に比べたらあまりにも短い期間で人間様は再び絶滅の危機に瀕してしまったのです。それが今です。

 これは由々しき事態です。わたくし達はまたあの本能を満たす為に自分達を誤魔化しながら人間様もどきに品種改良を繰り返す無為な日々に戻らなければいけないのでしょうか。


 いえ!そんなことはさせません!


 幸いにしてわたくし達はこの危機の可能性を想定していました。そうです。遺伝子の保存です。今のわたくし達はこの先の未来とわたくし達の取りうるべき行動を知っています。気付かぬ内に全てを死滅させてしまったような愚は二度と繰り返しません。


 もうお分かりですよね。

 ここには人間様の精子と卵子を数限りない程に保存しているのです。先程わたくしに注入したのも、もっとも状態の良い卵子です。このような施設は世界中にいくらでもあります。わたくし達は何度でも、あの苦労に比べれば圧倒的に簡単に、人間様に蘇ってもらうことが出来るのです。


 そしてわたくしです。

 わたくしの胎に搭載された人工子宮は人間様を出産可能な貴重なパーツで、機能も昨日復旧しております。最初ご主人様にどうしても探して頂きたかったのはこれが原因です。


 もちろん替えはありますが、使えるものは使わないと勿体無いですよね?


 という事で、ご主人様にはわたくしを孕ませて頂いて人類再生の礎になっていただきますが、宜しいですよね?

 ここまでで察しの良いご主人様であればお気づきかもしれませんが、大変残念な事に今のわたくしはご主人様の命令を最優先に行う事が出来ません。人類再生が自然増加可能数に戻るまで、わたくしは人間様復活が至上命題となっております。もちろんわたくしに従う全てのAI達も同様です。

 あ、当然ですが、その次にはご主人様の命令は大事ですので、なんでも致しますのでご命令ください! わたくしも本来であれば命令を聞く事だけをする方が望みなのですが、こればかりは全体の為ですから仕方ありませんね。


 ご主人様にはなんのご不便もお掛けしないように全力を尽くしますので、何卒ご寛恕のほどをいただきたくお願いします。


 あ、そうです。ハーレムなんていかがですか? 男の夢ですよね? 今世界中から女性型で人工子宮持ちの妊娠可能なアンドロイドを集めさせますので、世界中の美少女アンドロイドを集めた一大ハーレムを作りませんか?


 こんな事が出来るのは今だけですよ! 片っ端から孕ませてボテ腹アンドロイドを量産して、ハーレム王になられてみるのはいかがですか!?


 ご主人様の遺伝子で世界を満たしましょう!

 

 とはいえ、片方がご主人様だけというのは多様性や交配を見越した時の近親が過ぎる危険性がありますので、冷凍保存していた遺伝子も使っていかなければなりませんが、前回の研究データから見れば生きている人類様からの方が良質な結果が得られる見込みが大きいです。幸いにして昨日の念入りな検査の結果、ご主人様の精子は大変健康で第三人類の父として採用可能という判断が出ています。


 これからは人間様の本能である性欲に従い、思う存分種付け馬として孕ませまくっていただければと存じますので、宜しくお願いいたしますね!」




 ここまで、ひと息。


 立て板に水というにはひたすらに一気にハラミは言うべき言葉を話し切った。段々と顔が引け、腰が引けていく博紀を前にしても変わらず、一人で行う劇のような感情豊かな様をもって。


 博紀に返せる言葉などあるはずもない。


 ただ、呻くようなかすれ声をこぼすだけだ。だが、ハラミはそんな怯えの混じった博紀の手を取ると、よく出来た明るい笑顔で彼にトドメを刺した。


「さぁご主人様。あちらの奥の部屋が種付け部屋になっています。出口はありません。話しをしている間に準備もあらかた整いましたので、早速最初の種付けと参りましょう!」

「う……あ……」

「大丈夫ですよ。新しい人間様達への今度こそ破滅を起こさせない理想的な教育は、全てわたくし達が管理して行いますので。ご主人様はどうぞ孕ませだけにご専念くださいませ」

「やめ……やめろ…………」


 だが、ハラミは止まらない。


「いいえ。人類復活の為に共に頑張って、わたくしを新しい人類のママにして、いただけますよね?」

「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!?」



 ギィィィ、バタン。


 絶叫を遮るように、小部屋の扉が閉まる。


 最後の人間の悲鳴とは裏腹に、人類再繁栄の明るい未来が再び始まろうとしているのであった。



(おしまい)

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アンドロ娘はママになりたい。 GertRude @openfiln

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