第61話 「stargazer」

 飛んでいく。

 ライトクラフトが飛んでいく。

 プラズマの尾を引きちぎって、

 空を覆う塵の天蓋に大穴を開けて、

 水蒸気の爆音を轟かせて、

 ハルカナがその身を削った、十ギガワットのレーザーに押されて、

 秒速九・〇㎞/s目指して、

 高度四百キロメートルの、空の最果てまで、

 重力と、アルシノエの想いと、ファイバに怯える日々と、数々の思い出を振り切って、

 ただひたすらに、飛んでいく。



 カタパルトバレル基部の格納庫内。

 約四千度のプラズマに嘗め尽くされ、オーブンの中のようにこんがりと焼け焦げている。

 カタパルトバレルも、修復不可能なほどに大きく壊れている。

 動くものは、もはや存在しない。

 カタパルトバレルの瓦礫のひとつに、ハルカナの身体がもたれかかっている。

 両腕を失い、右足の膝から下がどこかにいってしまった状態で、打ち捨てられた人形のように、座り込んでいる。

 ハルカナの身体が、力の支えを失ったように、ゆっくりと横にずれて、倒れた。

 仰向けに倒れたその顔の先に、空があった。

 カタパルトバレルによって小さく切り取られた、空があった。

 ライトクラフトが蹴散らしたおかげで空を覆う塵のない、

 どこまでも、どこまでも深い、群青の空。

 その空に浮かぶ、小さな小さな白い星。

 ハルカナの表情が動いた、ように感じたのは気のせいだろうか。

 ハルカナの口が動いた、ように見えたのは見間違いだろうか。

 見間違いでなければ、その口はこう言っていたはずだ。



 た、だ、い、ま、



 見えないはずのその目でハルカナが最後に見たのは、何だったのだろう。



 何も知らないライトクラフトは、どこまでも飛んでいって、

 星になって、消えた。



 あとには、静かな静かな大地があるだけだった。

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「stargazer」 熊翁 @kumaou

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