第55話 最後のメモリ②

 ハルカナは対ファイバライフルを拾い上げ、通路に座り込み、左腕の代わりに全身を使ってライフルを抱え込むようにして構える。

 上からこの五十階層に至る経路は全部で十三あった。そのうち九つがエレベータで、乗客用の大型垂直エレベータと基地内部の通常エレベータが四つずつと、あとは貨物搬入用大型斜行エレベータ。ファイバがそれらを使うことは考えにくいので、来るとしたら東西南北にある階段だ。東・南・北側に行かれてしまうとハルカナにはどうにもできなかったが、さっきからソナーをアホみたいに連続で放っているおかげで、ファイバはハルカナのいる西側に向かってきていた。向こうにしてみれば、大声で叫ぶよりもわかりやすかっただろう。西側の階段は、ハルカナの構えるライフルの銃口の、三十メートルほど先にある。

 今、もう、すぐそこまでファイバが来ている。

 安全装置解除、ボルトを引く。APFSDS弾を装填。そこで、最初のファイバが角から姿を現した。昆虫型。認識した瞬間、ハルカナは引き金を引いた。赤色ランプを塗り潰すほどのマズルファイア。爆音のような銃声。ファイバが爆発した。銃撃というよりは砲撃と言った方がいいレベルでファイバを破壊して、片肢だけで器用にボルトを引いて次弾を装填、構える。

 敵意むき出しの電磁波咆哮。

 これで奴らの意識をこちらに向けさせることができた。

 階段の上から続々とファイバが這い降りてくる気配。

 二体目も現れた瞬間即座に粉砕した。三体目はボルトアクションに少し手間取ったが、通路の奥に行くか手前に来るかで迷ったところを撃ち抜いた。間髪置かずに現れた四体目は、肢を二本破壊しただけで撃ち損じた。射撃体勢の悪さが影響して、狙いがずれたのだ。昆虫型は残りものの四本足のバランスの悪さをものともせずハルカナに突進してくる。ハルカナは急いで弾を装填、昆虫型の肢が伸びて狙わなくても当たる距離、射撃。反動でひっくり返って昆虫型の肢をかわして一回転したときには、昆虫型は形を失った繊維体の山に変わっていた。

 五、六、七体目が通路に現れた。前二体は昆虫型。一番後ろの奴は陰になって見えない。五体がまだ上に残っていて、警戒しているのか一階層上でうろうろしている。今のところすべてがうまくいっている。このままいけば守り切れるかもしれない。弾薬はまだ十分にある。エネルギーはあと一・五パーセント。

 昆虫型は人間用の通路を通るにはでかすぎて、どう撃ってもどこかには当たった。馬鹿のひとつ覚えみたいに突っ込んでくる五体目の胴体をぶち抜いて、仲間の屍を乗り越えてくる六体目の頭部をぶっ飛ばした。

 七体目は、まだ階段の付近にいた。

 丸々と太った球状に近いフォルム。歩くよりも転がった方が明らかに速そうな緩慢な動き。頭頂部から突き出た一本のでかい突起が目を引く。ハルカナの方に近寄ってくる気配もない。

 なんだこいつ。

 

 ハルカナのメモリの中にわずかに残されたファイバのデータの中には、残念ながら該当するものがなかった。こいつに関するデータは既に失われてしまったようだ。コードネームもわからない。どんな特徴があるのかもわからない。

 しかし、ハルカナにはまだ余裕があった。そいつの移動速度の遅さときたら、亀とも張り合えるレベルだ。おそらく、パワーと耐久性に特化したファイバなんだろう。ハルカナは勝手にそう判断した。のそりのそりと動くその姿は、対ファイバライフルの格好の的だった。残り二発になった弾倉を取り替える余裕さえあった。

 耳元でアルシノエの声。

『ハルカナ! 聞こえる!? だいじょーぶ!?』

「聞いてますともアルシノエ。ハルカナは大丈夫ですので」

 弾倉を外し、新しいものに取り替える。右腕しか使えないのでちょっと手間取った。

『よかった……! さっきからすんごい音ばっかりで呼んでもぜんぜん返事してくんなかったから……』

 ライフルを構える。

「安心してくださいませアルシノエ。こっちはつつがなく順調に予定通りなので。目の前にいる太ったゴリラみたいな奴倒したらあとたった五体ですから。 ――あ、頭下げた」

 それは、今のハルカナには謝ろうとしているかのように見えた。

 急に、アルシノエの声が焦りの色を帯びた。加速度的に濃さを増す。

『え、それってもしかしてだめハルカナよけて……っ!』

 同時に、

 突起が花開く。

 既視感。

 理解を超えた危険信号。

 わけがわからないまま、ハルカナはその信号に反射的に従って、撃った。

 音速を超えてファイバに襲い掛かるAPFSDS弾。

 しかし、ファイバの放ったマイクロウェーブは光に近い速さでハルカナに到達していた。

 スパーク。

 そして、

 すべてが乱れた。



 ちょうどそのとき、R.P.L.O.システムへの必要電力量供給が完了した。



 ハルカナの受けた大出力のマイクロウェーブが、送電用ケーブルを伝って、必要電力量の最後の後押しとなった。

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