第52話 翼のない天使④
それからが忙しかった。
ライトクラフトの発射準備を、ハルカナが全部ひとりでこなさなければならなかった。
やるべきことはたくさんあった。
まず、このライトクラフトが使用可能かどうか、機体のチェックを行わなければならなかった。ライトクラフトが使えなければそもそも話にならない。ライトクラフトのバッテリーを復旧し、システムを起動させ、機体診断プログラムを走らせる。その作業の合間に、必要な荷物を積み込む。食料や生活必需品はバックパックに入れて持っていたし、基地の地下施設内を探せば目ぼしいものは大抵見つかった。基地はやっぱり無人で、数十年単位で放ったらかしだったのは間違いないが、使えそうな衣服や電子機器、銃火器類などはまだ残っていた。いつファイバが来るともわからないし、そのときに、エネルギーを消費するブレードはできるだけ使いたくなかった。さらに、補助用の化学燃料の注入、推進力となる水の注入を行う。機体のチェックが終了。ライトクラフトは、使用可能。
時間はどれだけあっても足りなかった。いつファイバがここを嗅ぎ付けてやってくるとも限らない。ハルカナは急かされるように発射準備を進めた。カタパルトとなるマスドライバーの動作確認、レーザー発振器の動作確認、アルシノエにはもう宇宙服を着せて、ライトクラフトに乗せておく。コロニー移住計画の名残なのか、子供用の宇宙服もちゃんとあった。動きにくいようと不満を漏らすアルシノエをフライトデッキの座席に座らせてベルトで固定する。目の前には無駄と思えるくらいたくさんの計器や操作パネルが設置されているが、基本的にこちら側から操縦する必要はない。基地側で航路を設定しておけば、あとはレーザー発振器が勝手にライトクラフトを運んでくれるのだ。
五時間が瞬く間に過ぎた。
制御室内のデジタル時計が午後四時五分を示している。
ライトクラフトの発射準備は最終段階に入っていた。
制御室内の大型モニターの中では、カタパルト台座に固定されたライトクラフトが、カタパルトバレル内に装填されようとしていた。隣の小さなモニターには、ライトクラフト内で震動と斜め四十五度への姿勢の変化に不安そうに挙動不審なっているアルシノエの顔。悲鳴になる一歩手前のような声。
『ハルっ、ハルカナっ! こここれだいじょうぶなんだよねっ!? たおれたりこわれたりしないよねっ!? はやくきてっ! ひゃっ!?』
一段と大きな震動。腹の底に響く機械音。カタパルトバレル内への装填が完了した。
ハルカナはライトクラフトとカタパルトバレルの状態を示したディスプレイから目を離さないまま、装着したヘッドセットレシーバーで声をかける。
「アルシノエだいじょうぶですから。うまくいきましたので、ほとんど完了しましたので、あとちょっとなので」
『う、うん、わかった……』
不安さは拭えないながらも、健気に頷くアルシノエ。
それからハルカナは、航路の設定作業に入る。ここから直接『メガホイール』へは行かず、一度高度四百キロメートル上の軌道ステーションへ寄ることになる。そこからは軌道ステーションにあるレーザー発振器に切り替えて、最終的に『メガホイール』を目指すのだ。基地内のレーザー制御システムはありがたいことに軌道ステーションのシステムと今でもしっかりとリンクしており、そこまでの航路を無事設定することができた。
発射準備が、完了した。
これで、発射さえしてしまえば猫でも『メガホイール』まで行ける。
すべての準備を終えたハルカナは満足げにひとつ頷いて、発射シークエンスの実行キーを、押した。
発射シークエンスの実行は、開始されなかった。
耳障りな警告音。
真っ赤なエラー表示。
『エラー
R.P.L.O.システムの電力不足により
発射シークエンスを実行できません』
『電力不足』
『実行できません』
その二つの言葉が表示された画面を見つめたまま、ハルカナはしばらくの間静止した。
電力が、足りない。
せっかくここまで来たのに……! と頭を抱える感情野の隣で、やっぱりそうか、と冷静に事態を見つめる中枢野があった。
補助発電機を稼動させはしたが、それだけでは、目も眩むほどの電力を消費するレーザー発振器への必要量の供給には、足りなかったのだ。
ハルカナはすぐさま別のワークステーションへ飛びついて嵐のような勢いでキーを叩く。画面が目では追い切れない速さで切り替わっていき、最終的にレーザー発振器のステータス画面が表示される。様々な数値や画像が並ぶ中、必要電力量と現在電力量を示すグラフを見つけ出す。
必要な電力は、およそ十ギガワット。
現在の蓄電量は、必要電力のおよそ七十パーセント。
残り、三ギガワット。
――まだなんとかなる。
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