第51話 翼のない天使③

 ハルカナたちは管理棟を後にして、次なる目的地へ向かう。一体何をしているのかさっぱりわからない、といった顔をしながらも、アルシノエは大人しくハルカナの後についてくる。わからないなりにアルシノエは興味津々なようで、「ねえ次はどこ行くん?」と尋ねてくる。ハルカナは「地下へ行きますので。七百メートルくらい」と答えた。アルシノエが驚いて固まってる。

 ジョバルド基地の真髄は地下施設にある。地上施設など文字通り氷山の一角のようなものだ。この、建物に比べて不釣り合いなほどの広大な敷地面積は、地下施設のためにこそあるのだ。

 ハルカナはアルシノエを引き連れて巨大なカタパルトバレル先端部のそばまでやって来た。そのカタパルトバレル先端部は滑走路に隣接して建てられていて、端が見えないほどに広い滑走路の、カタパルトバレルに接した一辺五十メートルほどの一角が、僅かな隙間と黄・黒の注意喚起模様で区切られている。

 貨物・軌道往還ライトクラフト用の大型昇降機である。

 その四角い区域の端っこの方に、おまけのように昇降機の操作盤が設置されている。

 使用可能を示す緑のランプ。

 ちゃんと基地は息を吹き返している。

 ハルカナは▽ボタンを押した。

 金属の地響きを轟かせて、昇降機が派手に揺れた。周囲に砂煙。アルシノエが不安げにハルカナに寄り添い、きょろきょろと周囲を見回す。昇降機が、ゆっくりと、カタパルトバレルに沿って、斜めに沈み始めた。

 地下約七百メートル、距離にして大体一キロを、昇降機は時速十キロのペースで進んでいく。鋼鉄製の呆れるほどに巨大なトンネル。別の機械音が上の方から降ってきて、見上げると降りてきた入り口の扉がゆっくりと閉じていく。ところどころに灯る人工的な黄色い光。機械音がやかましすぎて話をする気にならない。さっきまで不安げにハルカナにしがみついていたアルシノエが、今はもう瞬きさえ忘れたように周りの様子に見入っている。口が開きっぱなしになっているのが可愛らしい。すぐそばの端っこから恐る恐る下を覗き込んで、先の見えないトンネルの深さと暗さにビビッている。昇降機は休むことなくどんどんどんどん降りていく。このまま地球の中心まで行ってしまうんじゃないかと思い始めたころ、ようやく終着が見えた。

 昇降機はゆっくりと、地の底に到着した。

 終着地には、信じられないくらい広大な空間が広がっていた。

 アルシノエが目も口も限界まで開いて固まってしまうのも無理はない。眩しいほどの白い光で満たされたその空間は、地上にあったすべての建物を詰め込んでもまだお釣りがくるほどだ。地上で一番大きかったカタパルトバレル先端部でさえゆうに入る。見上げた天井が高すぎて、距離感がうまく掴めない。ハルカナたちの立つすぐ後方には、近すぎて全容が把握できないほどの大きさの円柱が斜め四十五度の角度で遥か彼方の地上まで延々と延びている。直径三十メートル強の、超巨大な大砲の砲身のようなマスドライバーのカタパルトバレル。その根元に当たる部分は巨大工場の建物のような格納庫で、その正面に巨人でも屈まずに通り抜けられる大きさの扉がついている。そこからカタパルトバレル内部に入れるのだ。遠すぎて最初は気付かなかったが、周囲の壁にもいくつか人間用の扉がついている。ハルカナが目を凝らして確認したところによれば、それらは制御室、倉庫、会議室、北側通路、東側通路、西側通路、などにつながっているようだ。

 この、地下の広大な空間こそが、ジョバルド基地の中心なのだ。プラットホームと呼ばれるここには本来、数え切れないほどの人と山のような貨物、それらを運ぶライトクラフトがずらりと並んでいたはずだ。しかし今は人の姿もライトクラフトも影も形もなく、忘れられた貨物が残骸のようにあちこちに散らばっているだけだった。

 どこへ行けばいいか迷ってしまいそうなほど広大な空間の中から、ハルカナは迷わずカタパルトバレル基部の巨大な扉の方へ向かった。周囲に見入っていたアルシノエが気付いて慌ててついてくる。

 その扉はバカが付くほどの大きさで、もちろん人の力では開けることはできない。ハルカナならもしかしたらできるかもしれない。でも無理をしなくてもちゃんと開閉用のボタンがついている。

 ハルカナはその「OPEN」ボタンを無造作にポンッと押した。

 重々しい金属の響き。モーターの強烈な唸り。地獄の扉のように、巨大な扉が左右にゆっくりと開いていく。

 そして、たっぷり一分以上かけて扉が完全に開いたとき、ハルカナはようやく目的のものを発見した。



 レーザー推進軌道往還ライトクラフト。



 それは、芸術的なまでに機能性の結集した姿だった。

 全長は三十メートル弱と、そう大きくはない。直径が十五メートルほどの弾丸のような形をしており、砲身のようなカタパルトバレルと相まって、まさに超巨大砲といった感じである。表面の耐熱タイルは数十年の放置にも関わらずそのツヤと白さをほとんど失っていない。推力は外部からのレーザー照射で得るため、最大の重荷となる、推力の化け物のようなメインエンジンと、比推力の天敵とも言うべき大量の化学燃料は綺麗さっぱり切り捨てられた。代わりに、後部は尖った形状をしていて、その周りをノズル状にレーザー反射用の金属板で囲んである。その中心でレーザー光を集束、プラズマを発生させ、さらに後部から噴射した水で水蒸気爆発を起こさせて推力を得るのだ。エンジンと燃料を捨て去った代わりに得られた超軽量の機体。卵の殻よりも高い構造効率。重力を振り切る秒速九・〇㎞/sで地の底から飛び立つ、翼のない天使。

 ハルカナの隣で、アルシノエがため息のような声を漏らしながらそのライトクラフトを見上げている。

「……なにこれ、すごい。もしかして船って、これ?」

「そう。これが探してた船。ライトクラフトです」

 ハルカナもライトクラフトから目を離せないまま、答えた。

「これに乗れば、楽園の星まで行けるん? みんなに会えるん?」

「それはもう。行けますし会えますし。 ……ちゃんと動けばですけど」

「えっ。動かないの?」

 びっくりした顔でアルシノエが振り返った。

 ハルカナは慌てて、

「動きます動かします動かしてみせますのでっ。ハルカナに任せてくださいませっ」

「――わかった。まかせる。信じてる。いままでも何とかしてくれたし」

 アルシノエが不安の欠片もない笑顔を見せ、

「じゃあさじゃあさ、星に行けばハルカナも直してもらえるんだよね?」

「それはもう。ハルカナを造ってくれたみんながいますから」

 アルシノエが飛び切りの笑顔を見せ、

「そしたらさ! みんなで一緒に暮らせるね!」

 ハルカナも頷いた。

 アルシノエの言う「みんな」とハルカナの言う「みんな」がずれていることに、ハルカナはついに気付くことはできなかった。

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