第44話 夜の世界③

 よし、とノビトオルが頷く。

「そんなら、出発は今夜じゃ。準備しとけよ。 ――あぁそれとな、ひとつ問題があるんじゃが、あのロボ娘に気づかれんようにせにゃならん。バレたらめんどくさいことになりそうじゃからな。できるか?」

「――それなら、大丈夫かも」

 アルシノエの脳裏に、数日前の夜の出来事が浮かび上がった。

「ハルカナね、もしかしたら止まってるときがあるかもしんない。この前の夜もあった。あたしが声かけてもなかなか気づいてくれなかったし」

「そりゃ本当か?」

 アルシノエは頷く。

 それを確認して、ノビリオルが静かに身を起こした。

「よっしゃ、じゃあ出発はそんときじゃな。それまでに準備じゃ」

 それからアルシノエとノビリオルは、外にいるハルカナに気付かれないようできるだけ静かに荷物をまとめ始めた。テントはこの際諦めるとして、その他持っていけるものはすべて持っていくつもりだ。あの娘はロボットだから何もいらんじゃろうしの、とノビリオルがもっともらしいことを言っていた。

 荷物をまとめ終えたところで、アルシノエはテントの入り口からそっと外の様子を窺った。

 外はすでに真っ暗だ。風の音だけが聞こえる。

 後ろから、どうじゃ? と訊いてくるノビリオルには答えず、アルシノエは首を巡らせてハルカナを探す。

 いた。

 テントに入る前と変わらず、崩れかけの壁の上に座っていた。

 暗くてはっきりとは見えないが、その顔はどこか遠いところに向けられていた。そっとハルカナを窺うアルシノエに気付いた様子は、ない。

 ――もしかしたら、もう止まってるかも。

 そこでアルシノエは再び思い出す。確かあのとき、ハルカナはどこかと通信しようとしていた。それで、触角みたいな太くて長い髪を一本、ぴんっと立てていたはずだ。今もしその髪を立てていたら、あのときと同じように今回もどこかと通信しようとしていることになる。そうなれば今が出発する絶好の機会ということだ。

 アルシノエは四つん這いでそっとテントを抜け出し、爪の先まで神経を尖らせて音を立てないようにゆっくりとハルカナに近づいていく。お、おいっ、と戸惑うノビリオルなんか気にも留めず、じっとハルカナの頭に目を凝らす。

 髪は、

 一本立っていた。

 ハルカナはどこかと通信しようとしている真っ最中だった。

 アルシノエは、よっしゃ、と口の中だけで呟く。俄然気持ちが高まる。

 一応念のため、そっと身を起こし小さな声でハルカナ、と呼び掛けてみた。

 ハルカナは目を閉じて明後日の方向に顔を向けたまま、ピクリとも反応せずじっと電波に耳を傾けているようだった。

 これでもう大丈夫だ。

 アルシノエはノビリオルを振り返り、大丈夫、行ける、とささやく。

 顔中に不安を張り付けて固まっていたノビリオルが、ようやくふう、と息を吐いて表情を緩ませた。

 まったく驚かせおってからに、とかなんとかぶつくさ呟いて、ノビリオルがパンパンになった荷物を二つ持ってテントから出てくる。

 アルシノエは荷物をひとつ受け取って担ぎ、歩き出そうとした。

「……ちょっと待っておれ」

 ノビリオルがそれを止めた。

 今さら何を、と思ってアルシノエが振り返ると、ノビリオルが何を思ったかゆっくりとハルカナの方へ近づいて言った。

 なにしようとしてんの!? と問い質したいが、さすがに大きな声を出すのは躊躇われる。仕方なくアルシノエはじっとノビリオルの行動を見守る。

 ノビリオルはとうとうハルカナのすぐそばまで近づき、ゆっくりと彼女の方へ手を伸ばした。

 触るのはまずいって! とアルシノエは叫びそうになる。それより先に、ノビリオルがハルカナのそばから細長い何かを掴み取った。

 そしてゆっくりとアルシノエの方へ戻ってくる。

「……これって、」

 ノビリオルが掴み取ってきたそれは、ハルカナの剣だった。

「これがありゃあ、ファイバが出てきてもなんとかなるやろ。さ、行くぞ行くぞ」

 悪びれることなく歩き出すノビリオルにわずかな抵抗感を覚えつつ、アルシノエはそのあとに続いた。一緒に出ていくアルシノエもきっと、同罪なのだろう。

 辺りはこれ以上ないほどの真っ暗闇。抑え難いほどの恐怖心があったが、アルシノエはそれをありったけの決意と覚悟で塗り潰す。

 今さら後悔なんてしない。できない。

 仲間を探しに行くと決めたのだから。その思いにウソはなかった。

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