第43話 夜の世界②
テントの中はすでに真っ暗だった。
幕の素材はすごく薄っぺらくてすぐにでも破けそうなのに、光を遮る力はとんでもなく高いようだった。旧時代の遺物は、こんなちゃっちいテントにも想像もつかないような技術が使われているのだ。
アルシノエはしばらく入り口付近に突っ立って、暗さに目が慣れるのを待つ。
うっすらと中の様子が見えてきた。
テントのど真ん中にでっかいイモムシがいる。それは寝袋に入ったノビリオルで、すでにいびきをかいていた。脇に荷物がまとめて置いてある。アルシノエの寝袋はその中だ。
アルシノエは狭いテントの中で荷物ににじり寄り、荷物を引っかき回して寝袋を探り当て、引っ張り出して潜り込んだ。
――今日も疲れた……。明日も一日歩き詰めなんだろうな……。
そんなことを思ううちに、あっという間に眠りに落ちて
「――おい。娘っ子起きとるか?」
「っ!?」
不意にかけられた声に、アルシノエは驚いて目が覚めた。
ノビリオルだった。もう完全に眠っていると思っていたのに、まだ起きていたのだ。
アルシノエが返事をする前に、ノビリオルが続ける。
「娘っ子よ、お前さんはどう思っとるんや?」
「……どう、って……?」
アルシノエは寝袋から顔を出し、ノビリオルの方を見る。ノビリオルは寝袋にこもったまま喋り続けていた。
「どうっちゅうんは行き先のことや。お前さんはこのままあのロボ娘についてって、ノラ山地まで行くつもりなんか?」
「……それは……」
アルシノエは答えに詰まる。
悩んでいたことでもあったし、あまり考えたくないことでもあった。
ハルカナのことは信じたいとアルシノエは思っている。でも正直なところ、このままノラ山地に行きたいかと訊かれれば、行きたいとは思わない。やはりそこには何もないと思っているし、再びファイバに出くわしたことで恐怖心もある。
その二つの思いがぶつかり合って、アルシノエには何をどうやったところで結論なんて出せなかったから、できるだけそのことは考えたくなかったのだ。
アルシノエはそのまま黙り込む。
その様子を、ノビリオルが寝袋から顔を覗かせて見ていた。その目には怪しい光が宿っていた。
「――結論から言うとな、」
再びノビリオルが喋り出し、アルシノエは顔を向ける。ノビリオルは寝袋から顔を出して、小さな丸い天幕を見つめていた。
「わしゃ、今夜にもここを出ていくつもりじゃ」
「……え」
最初、ノビリオルの言った言葉の意味がよくわからなかった。
出ていくって、どういうことだろう。
アルシノエが反応できずにいると、ノビリオルがこちらに顔を向け、
「まあ聞け。それにゃあちゃあんと理由つうか根拠っちゅうか、まあそういうもんがあるんじゃ。 ――あんな、」
ここでノビリオルは少し身をこちらに寄せ、秘密を打ち明けるような小声で、
「――実はな、近くに仲間がおるはずなんじゃ」
「えっ!?」
アルシノエは今度こそ驚いて声を上げ、ノビリオルが慌てて口に人差し指を当てたのを見て意味もなく両手で口を塞いだ。
それから目だけでノビリオルに驚きを伝える。
ノビリオルは得意気な顔をして、ささやくように、
「もちろん本当じゃ。嘘じゃないぞい。間違いなく、この近くに仲間がいるはずじゃ。あぁほれ、昨日メムノンでわしの仲間が言うとったじゃろ。南の方に何かの集団がいて、そっちにも仲間を向かわせてるとかなんとか。あれじゃ」
「あー」
アルシノエはわかったようなわかってないような声を上げた。実際のところよく覚えていない。なんかそんな話をしていたような気もするが、はっきりとは聞いていなかった。あのときは、それどころじゃなかったのだ。
そして今、改めて聞いて気付いた。
「――え、あれ? 南の方って言った? え、そっちに人がいるの?」
挙動不審気味に聞き返す。
「おぉ、そう言うとったな、集団がおるゆうて」
「え? ほんとに? 集団がいるの?」
「わしゃ見とらんからわからんぞ。あいつらがそう言うとっただけじゃからな。仲間ぁ向かわせたのは間違いないじゃろうが」
アルシノエの妙な食い付き方にノビリオルの方が訝る。
そんな目線などそっちのけで、アルシノエの心と表情に光が差し込んだ。
諦めかけ、失いかけていた希望の光だった。
「えっと、それって、それって、もしかしてだけどシーカーだったりするん?」
思わず声が弾む。声を抑えるのに苦労する。
ああそうか、とノビリオルが表情が理解を示した。
「お前さんは仲間を探しとるんじゃったな。そぉかそぉか、それがお前さんの仲間かもしれんのか」
そうなのだ。はぐれてしまってからずっと探して探して、メムノンで一度諦めかけた、ウルティオ・アイルの仲間たちのことかもしれないのだ。
アルシノエは眩しいくらいに期待のこもった眼差しでノビリオルを見つめる。
ノビリオルはさすがに困ったように、
「いやいやそこまではわしにはわからんて。そんな期待されても困るがな。んでもまあ、その可能性もないわけじゃないわな。で、お前さんはどうするんじゃ? 一緒に行くか?」
「行く!」
一も二もなく飛びついた。
その声の大きさにノビリオルがまた口に人差し指を当てて静かに、と伝える。
アルシノエも同じように口を手で塞ぎながらふと思う。なんでこんなにこそこそ喋ってるんだろうか。ハルカナに聞かれてはダメなのだろうか。というか、
「――ねえ、ハルカナも連れて行けば? ダメなん?」
ノビリオルがとんでもない、というふうに首を横に振る。
「ダメじゃダメじゃ。あっちの娘は連れていけん」
「――どうして?」
アルシノエは少なからず衝撃を受ける。そこまで完璧に拒否されるとは思ってもみなかった。
ノビリオルが真面目な顔をして、
「あのロボ娘はな、わしはどうも信用できん。ありゃ、あの強さはどう考えても戦闘用じゃ。ファイバどもと戦うことが目的のロボットじゃ。あのロボ娘を連れて行くとファイバまで呼び寄せてしまいそうじゃ。じゃから連れてはいけん」
やっぱりそうなのか。ハルカナの目的はファイバと戦うことなのだろうか。アルシノエも一時思いついたこの考えが、ノビリオルによって補強される。
ノビリオルが顔をしかめて、
「あのロボ娘がノラ山地に行く言うとるんも絶対ファイバどもと戦うんが目的じゃぞ、どうせ。んなもん、行きたい言うとるんなら行かせときゃええ。わしらまで付いてく必要はないがの。どうせ止めたところで無視するやろし。あのロボ娘はわしの手には負えんわい」
吐き捨てるように言った。
それから表情を改めてアルシノエを見つめ、
「お前さんは、それでも行くんか?」
「――ん、行く」
アルシノエは、頷いた。
ノビリオルのことは正直嫌いだし、勝手に出ていくのはハルカナに申し訳ないとは思うけど、でもアルシノエにとって何よりも大事なことはウルティオ・アイルのみんなと合流することだった。家族と再会することが何をおいても叶えたい望みだった。そのためなら嫌いなノビリオルにだってついて行くし、ハルカナだって置いて行く。そんなのは、比べたり考えたりする余地さえないに等しいものだった。
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