第40話 不協和音③

 そのとき、ハルカナは後ろにいるはずのアルシノエとノビリオルに気を回す余裕など一切持たず、全力で周囲の音と電波を探っていた。

 エネルギー残量のことを考えれば、ファイバとの遭遇戦は可能な限り避けたかった。

 戦闘になるよりまし、という消去法的な判断で、消費量が増すのも構わずに音響と電波探査の範囲を歩き始めてからずっと最大限にし続けている。

 そのおかげで、これまでのところは相手より先に気づいて接触を避けることができていた。

 これまでのところは。

 ハルカナに油断があったわけでは、決してない。

 ただ、このやり方でジョバルド基地までの道のりを一度もファイバと出会わずに行こうと思う方が無理があったのだ。

 遅かれ早かれ、こうなっていたのだと思う。

 本日九度目の警報が、ハルカナの意識内で鋭く鳴り響いた。 

 そのときにはすでにもうハルカナは足を止めて、後ろの二人にも止まるよう仕草で示している。これまでと同じように避けてやり過ごすことができなかったのは、反応が真正面からで不規則な動きをしていたからだ。ハルカナが設定していた約一キロの早期警戒線を越えられた。数は三から六。もともと右手の方でウロウロしていた奴らだ。気付かれた? いやまだわからない。そのとき、その未確認発生源の異様な速度に気付いた。時速五十キロ前後で移動している。明確な目的を感じ取れないような動きでばらばらに蛇行していたそれらが、八百メートル付近で、何かを感じ取ったかのように一定の方向に揃い出した。

 ハルカナたちの方に。

 ――気付かれた?

「ねえちょっと、どうしたん――」

「喋っちゃダメ」

 アルシノエの言葉を遮って黙らせる。

 未確認発生源がミサイルのように一直線にこちらに向かってくる。すでに攻性状態に入っていることを示す電磁波の強度。速度は時速八十キロにも達しようとしている。鉄砂漠では破格の速さ。彼我の距離間が恐ろしいほどの勢いで縮まっていく。視認できる距離。もう逃げても間に合わない。ハルカナは荷物を降ろしてサボットスラグ銃を手に取りボルトを引く。片膝立ちの射撃体勢。「え。なになにどうしたん!?」と慌てるアルシノエに「じっとしててくださいませっ」とひと言だけ言い置いた。

 およそ百メートル先でそいつらが鉄砂漠の中から矢のように飛び出した。弾丸のような鋭い円錐形。記憶野がトーピードウという名と共にその生態を告げてくる。あの驚異的な推力を生み出しているのは先端から取り込んで圧縮された空気で、巻きつけられた四枚の翼を広げれば空さえも飛び回る厄介な奴だ。数は、三。

 ハルカナは先頭の一体に向けて発砲。そいつがひらりと空中で身を翻した。外れた。三体が右と左と下の三方に散る。ハルカナは左腕の代わりに歯でボルトを引いて第二射。弾丸は狙い違わず鉄砂漠に潜り込もうとしていた奴の翼を一枚突き破り、そいつは失速して頭から鉄屑の中に墜落した。残る二体のうち右が鉄砂漠に潜り込み左が急上昇、上下からハルカナに狙いを定め、上から矢のような急降下と下から魚雷のような突撃が同時に来る。ハルカナはサボットスラグ銃を投げ捨て、上から来る奴へ向け跳躍と同時に抜刀と同時に起動と同時にそいつの胴体を両断した。

 ここまでで六秒。ハルカナはもう一体の動向を確認しつつ着地。下からの突撃が空振りに終わったそいつは、今はハルカナから少し離れた上空をこちらに向かってゆっくりと旋回している。そして今度は、ハルカナの後方で腰を抜かしたようにへたり込んでいたアルシノエと今にも逃げ出しそうなノビリオルに狙いを定めて、急降下爆撃機のように襲い掛かった。

 ハルカナはすでに駆け出していた。最大戦速。エネルギーがびっくりするくらい一気に減る。一呼吸にも満たないうちに二人の元に辿り着きアルシノエを拾い上げノビリオルを蹴っ飛ばして駆け抜ける。扱いに差が出たのは多分気のせいだ。瞬き一回分後にそこにトーピードウが突っ込んだ。そいつはそのまま鉄砂漠に潜り込んで離れていく。ヒットアンドアウェイを繰り返すつもりだろうが、そうはいくか。ハルカナは爆撃みたいに鉄屑を蹴散らして急旋回、途中でアルシノエを放り出して再加速してトーピードウを追う。

 鉄砂漠の中を移動するトーピードウの動きは見えない。ハルカナはアルシノエから十分離れたところで足を止め、アクティブソナーを一定間隔で打つ。トーピードウが二十メートル前方で向きを変え、ハルカナに一直線に向かってくるのが「観えた」。ハルカナはブレードを深々と鉄砂漠に突き刺し、最大出力で起動。鉄屑が広範囲に亘って面白いくらいに波打つ。ハルカナの足が沼地のように沈んでいく。そして、

 ハルカナの目の前で、トーピードウがもがきながら鉄砂漠の中から飛び出してきた。

 すかさずハルカナは駆け寄りブレードを一閃、胴体を真っ二つにしてそのままの勢いで振り返り右手のブレードをアルシノエの方へ投擲、一瞬の間も置かずそのあとを追って駆け出す。

 アルシノエはハルカナに放り出されて鉄屑の上にうつ伏せに寝転がったまま、顔だけでハルカナの姿を追っていた。

 そして今、ハルカナが自分の方へ向けてブレードを投げたのを見て、びっくりして目を瞑り頭を抱える。

 そのほんのすぐ横の鉄屑が不意に盛り上がり、中からトーピードウがびっくり箱のように現れて先端をぱっくり開いたところでハルカナの放ったブレードが物凄い勢いで回転しながら飛んできて当たったのは柄の部分であっさり跳ね返りものともせずにトーピードウがアルシノエに喰らい付こうとした瞬間、ハルカナが稲妻のように駆けてきて空中のブレードをキャッチ、接続、起動を一息で行い、トーピードウを三つに斬り刻んだ。

 これで三体。全部倒した。時間は十八秒ジャスト。多少のエネルギー消費はあったがまだ許容範囲内――ハルカナはそう計算する。

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