第36話 飛べないものたちのやり方②

 外環回廊の残りの三分の一ほどを駆け抜け、船体縦貫連絡通路の入口前に辿り着く。一度脱出ポッドに寄ったおかげで、僅かとはいえ時間をロスした。実際の時間にすればほんの一、二分ほどだろうが、今の状況ではその一、二分が本当の意味で命取りになりかねない。

 ハルカナは扉を開いて中に駆け込む。真っ暗な縦穴に投光器の光で梯子が照らし出される。そこにはまだ人の姿はなく、その代わりに、

 恐怖に満ちた人の叫び声が響き渡っていた。

 ――まだ生きてる。

 ハルカナの決断は迷いがなかった。

「アルシノエ借りますのでっ!」

 むしろアルシノエの手から投光器を奪い取って、ハルカナは縦貫連絡通路に飛び込んだ。

「ハルカナ――!?」

 アルシノエの驚きの声が尾を引いて遠ざかっていく。ハルカナは自由落下に身を任せながらアルシノエから借りた投光器を口にくわえ腰に帯びた超振動ブレードを抜刀と同時に起動、遠ざかるアルシノエの声と同じ速度で近付く下からの叫び声、下を照らす、梯子に三つの人影、すでに数が減っている、互いの距離が溶けるように近付き、その下に蠢く闇をハルカナの目が捉え、その蠢く闇が最後尾の人影に絡み付いた瞬間、

 ハルカナが重力に加速されて通過した。

 ファイバを梯子ごと縦に切り裂いて。

 すぐさまハルカナは梯子の隙間に左腕を突っ込んで強引に急停止。左腕全体が軋みをあげ、特に肘間接は完全に壊れた。構わない。どうせ左腕は半分死んでいたのだ。

 上からばらばらと降りかかるファイバの残骸を払いのけ、上を照らすと、ファイバに絡み付かれていた人間はどうにか梯子にしがみついていて無事だった。というかノビリオルだった。

「上がって早く早くっ!」

 呆然とハルカナを見下ろしていたノビリオルを急かし、ハルカナ自身も左腕全体で梯子を抱えるようにしながら苦労して登る。下からは複数のファイバの反応。その進行速度は焦るほどに速く、ハルカナたちの登る速さは悲しいほどに遅い。下を照らす。おそらくはギガントタイプと思われる、ほとんど形を崩したファイバが梯子のみならず縦穴の壁面全体を伝って接近してくる。

 逃げ切れないと判断したハルカナは迎撃準備。「先に行ってくださいませっ」とノビリオルに声をかける。が、ノビリオルは「年寄りに二度もこの梯子はきついわい。わしゃあんたの近くにおるぞ」と言って登るのを止めた。確かにそっちの方が守りやすいかもしれない、という思考とほぼ同時に、接近警報が来た。

 ハルカナは左腕を梯子から離す。身体が宙を泳ぐ。上半身を捻りざまブレードを振るう。ハルカナを捕えようと伸びてきたファイバの束が千切れ飛んだ。ハルカナの身体が梯子を離れる寸前、ハルカナは足を梯子に絡ませてすんでのところで落下を免れた。

 ハルカナの身体は今やほぼ真横だ。正面には奈落の縦穴と、そこから這い登り来るファイバの群れ。

 梯子に絡み付いて登ってきたファイバが、ハルカナの手前でギガントの上半身を形成し、殴りかかってくる。ハルカナはブレードでその拳を苦もなく切り払う。本来ならここで一気に間合いを詰めて中枢繊維体に止めを刺したいのだが、両脚は身体を支えるのに手一杯で動くこともままならない。ハルカナの最大の武器の機動力を封じられては防御に回らざるを得なくなる。

 ファイバもそのことをわかってか、それ以上間合いを詰めず腕を振り回して攻撃してくるだけだ。

 そうやってハルカナがたかだか一体のファイバにかかずらっているうちに、別のファイバどもが壁面を伝ってどんどん上へ登っていく。

「あっ、こらっ、ずるいからっ」

 ハルカナを無視していくファイバどもはノビリオルも無視して、さらに上を登っている別の二人に向かって這い上がっていく。

 正面のギガントは時間稼ぎ程度の攻撃しかしてこない。

 さらにその下からもファイバどもが上がってきている。

 ハルカナは、足を離して梯子を蹴った。

 下へ。

 重力に脚力を加えた爆発的な加速でギガントの攻撃を置き去りにし、ハルカナはギガントの胴体に激突。深々と食い込んだブレードは確実に中枢繊維体を捉えていた。

 中枢を失ったギガントの身体が解けるより早くハルカナは跳躍、そのままの勢いで梯子と壁を足場に連続の三角跳び、ノビリオルを一瞬で追い越して頭上のファイバにロケットのように迫る。

 ハルカナの接近に気付いた一体がその進行を阻もうと繊維体を縦穴全体に網のように広げた。ハルカナは止まらない。むしろ全力でその中に突っ込み、あっさりと切り裂いて突き抜けた。

 その先には三体のファイバ。一体がひとりの人間を捕えていて、もう一体がもうひとりの人間をバラバラにして飲み込んだ。ハルカナの感情野が怒りに沸騰した。

 一番近くにいたファイバがギガントに形を変え、ハルカナを待ち構える。壁と梯子の間を三角跳びで登っていたハルカナはそのファイバの手前で壁を全力蹴りで軌道変更、クモの巣状の破壊跡を残して反対側の壁まで跳び、一瞬でギガントの背後を取ってすり抜けざまに中枢繊維体を切って捨てた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る