第33話 空に近い場所⑤
ノラ山地。
アルシノエも聞いたことがある。でも行ったことはない。理由は簡単で、鉄砂漠に埋もれていない貴重な大地だというのに、そのノラ山地全体が完全にファイバの支配領域になっているからだ。だからシーカーならばまず足を向けることはない。
ノビリオルが干からびた記憶を探るように虚空を見つめながら、
「――はて、確かにノラ山地の中にも廃墟があるっちゅう話じゃが、そこはずいぶん昔に探索され尽くして、もう何も残っちょらんと聞いとるがの」
それもおそらくシーカーがそのノラ山地に行かない理由の一つだろう。そんなところにハルカナやエンシーの言う船なんてあるわけがないとアルシノエも思う。
「――ハルカナ?」
アルシノエはハルカナを振り返り、そしてようやくその様子がおかしいことに気付いた。
アルシノエの呼び掛けにも全く反応せず、どこか遠いところに視線を向けたまま微動だにしない。呆けているのとは違う、何か別のことに意識を向けているような感じ。
アルシノエは不意に、いやな予感に襲われた。
「ねえ、ねえちょっと、ハルカナなに、なにかあったの?」
じわりと滲み出た焦りがアルシノエに絡み付く。思わずハルカナを揺さぶる。ハルカナがはっと我に返り、普段ほとんど見せたことがないような真剣な顔でアルシノエを振り返った。
「――外。います。何か。音を感知しました」
アルシノエの心臓がビクンと跳ねた。
ノビリオルも驚いた顔をしている。
「え、なに、なにかってなに、」
アルシノエはすでにしどろもどろだ。
「なにか、までは、わからないので、」
ハルカナは立ち上がり、
「ハッチ、一番近いのどこですか?」
『ご案内します』
エンシーが機械音を可愛らしく唸らせて動き出す。ほんの数歩で追いついたハルカナが「ごめんなさいでも遅いのでっ」と謝りつつエンシーを拾い上げ、道案内させながらとうとう走り出した。アルシノエとノビリオルのことなどそっちのけである。
置いていかれるのはヤバいと思ったアルシノエは勢いで、
「明かり!」
ノビリオルに叫んで思わず差し出された携帯式投光器をひったくり、
「追いかけるよ!」
言うだけ言って走り出す。
背後で「おいこら待てっちゅうにっ」とノビリオルの叫び声が上がったが気にしない。
ハルカナは速かったが、真っ暗な中で頭の明かりがよい目印になってくれた。その明かりが途切れるように消えたときは曲がり角か入口を潜ったときだ。ノビリオルから奪ってきた投光器のおかげで迷うこともなかった。後ろからは「おーい」とか「待ってくれぇ」とか言ってるノビリオルがしぶとくついてきている。
それほど長い追いかけっこではなかった。
ハルカナが足を止めて壁に向かっている。壁には大きなハンドルがあり、そこは扉のようだった。アルシノエがそこに辿り着くより先にハルカナはその扉を引き開けて中へ入っていく。そのあとにエンシーが入り、アルシノエも続いた。
そこは、塔に入ってきたときと同じような小部屋になっていて、すぐそこにハルカナの背中があった。
アルシノエが中に入ったとき、丁度ハルカナが向かい側の扉を右手一本で引き開けていた。
ゆっくりと広がっていく隙間から外の光が差し込んでアルシノエは目を細める。風を頬に感じる。
ハルカナが扉を開き切り、入口の際に立った。アルシノエもその隣に並んで、大きく深呼吸をした。
外だ。
目の前には空があった。
そこでアルシノエは自分がいる場所の高さに気付いて、あっさりと腰が引けてしまった。膝が震える。汗がにじむ。
そして、
下を見下ろしてアルシノエは目を丸くした。
「――人です人! 人がいますよあんなにたくさん! みんな要救助者ですハルカナの!」
ハルカナの叫んだ通り、眼下にある広場は驚く程の数の単車と、それに乗るそれ以上の数の人で溢れていた。
「え、なになに、なんで? え、どうして?」
アルシノエは真っ先に混乱した。
わけがわからなかった。
人の数は、ウルティオ・アイルの全員よりも多いくらいだろうか。ついさっきまで誰もいなかったはずのメムノンに、なぜ急にこれだけの人が現れたのか。一体どこからか湧いて出てきたのか。ノビリオルのじじいがずっとひとりだったと言っていたから、街の中に隠れていたわけではないはずだ。それともじじいがウソをついていたのか。アルシノエは頭の中でぐるぐると考えながら目では落ちそうになるくらい一心不乱に人の姿を凝視している。アイルの仲間の姿はないかと期待していたのだが、それは早々に失望に変わった。広場にいる人々の姿格好は、明らかにシーカーのものとは違っていた。
遠目なので細かいところまではわからないが、下にいる人々の格好はシーカーなんてお話にならないくらいの重装備をしていた。それは彼らの乗る単車も同様で、広場に置いてきたアルシノエの単車と比べるとまるで大人と子供である。まるで、これから戦争でも始めるのかというくらいの物々しさ。
アルシノエの十年とちょっとのシーカー生活の中で、あんな連中をこれまで一度も見たことがなかった。
「……なに、あの人たち……」
思わず声を抑えて呟く。
幸いなことに、下の人々はまだアルシノエたちが上から見下ろしていることに気付いていないようだった。
アルシノエとは対照的に、ハルカナは水を得た魚のように張り切っている。
「なにってもちろん! ハルカナが助けに来た人類の方々ですよ! みんなちゃんとハルカナが助けますので! 任せてくださいませ! お――むぐっ」
大声を出そうとしていたハルカナの口を、アルシノエは慌てて塞いだ。
「むぐぐっ!?」
「ちょちょっとハルカナだめ待って……! 見つかっちゃう……!」
不思議そうな目でハルカナが見返してくる。アルシノエはそっとハルカナの口から手をどかす。
「――見つかっては、いけないのですか?」
「だって、なんか、普通じゃないよあの人たち。ちょっと様子を見たほうがいいよ。いきなり出てきたのも変だし」
「――ありゃの、アティカの武装旅団じゃ」
不意に背後からノビリオルの声がした。
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