第31話 空に近い場所③
「姉さまー。どこですかー? 聞こえたら返事してくださいませー」
ハルカナが呼びかけ始めた。
アルシノエは黙ってついていく。
「姉さまー。おーい。聞こえますかー? 支援システムの方も聞こえてるはずですよねー? 返事を下さいー、 ――っ!!」
不意に、ハルカナが何かに反応して口を噤んだ。あらぬ方向に顔を向けて停止する。何事かと聞こうとしてアルシノエは止めた。集中して何かを探っている雰囲気。身動きをすることさえ躊躇われる。
時間にして、ほんの数秒。
ハルカナの停止が解けた。
顔中を喜びに輝かせてハルカナがアルシノエを振り返り、
「いましたいましたっ! 多分ですけどいましたっ! 音が聞こえましたのでっ! こっちです早く早く!」
「え、ちょっ、わっ」
叫ぶや否やアルシノエの手を引いて闇の奥へずんずん進んでいく。
ハルカナの小さな明かりだけでは足元も満足に見えないのでハルカナの進む速度で引っ張られると結構怖い。ハルカナは、こっちこっちこっちです、と前しか見ずにグイグイ引っ張るし、アルシノエは、ちょっちょっとっと、と止めることもできず半分引きずられている有様だ。
どこをどう進んだのか。
ハルカナが足を止めた。
周囲は手触りさえ感じられそうな暗闇。その正面に、小さな青い光がひとつ、落ちていた。
アルシノエは一瞬びくりとしてハルカナに身を寄せる。しかしハルカナに警戒した様子はない。そのことにアルシノエは少しだけ緊張を緩める。
その青い光がゆっくりと動いている。近づいて来るようだ。小さな機械音がアルシノエの耳にも届く。
ハルカナの放つ光の届く範囲に入ったとき、その姿がようやく確認できた。
動くお皿。
それを見たとき、アルシノエの頭に最初に浮かんだのはそんな言葉だった。
それは言葉通り白くて丸くて平らで、お皿の上に小さな青いランプがひとつだけ乗っかっていた。しかしよく見るとそれはお皿というには分厚くてアルシノエの踝くらいの高さはある。それにお皿は機械音を上げながら動いたりしない。
ゆっくりと、時折カクカクと進路を修正しながら近づいてくるそれは、立派な旧時代の遺物の機械であった。
しかし、
なんだか、
「……なにこれかわいいかも」
アルシノエは思わずしゃがみ込んで近づいてくるそれを見守る。いちいち止まって向きを変える仕草が生き物みたいで見ていて飽きない。
「ねえハルカナ、これなに? これが姉さま、じゃないよね。なんとかってやつの方?」
それを見つめながらハルカナに問いかけると、ハルカナも覗き込むように中腰になって、
「これは、自律型清掃ロボットの一種ですね。船内を自動で綺麗にしてくれる健気な子です。操縦支援システムではないです」
「へえー、そうなんだ。えらいんだね。きたきた」
そのお掃除ロボットがアルシノエの一メートル手前くらいで止まる。
そして、
『ようこそ。お待ちしておりました』
突然聞こえた声に、アルシノエは目が点になった。
どこから聞こえてきたのかと思って周囲を見回し、ハルカナと目が合ったところで、なにか言った? と目で問いかける。ハルカナはそれを正確に読み取ってふるふると首を横に振る。ハルカナではないらしい。幻聴でないのはハルカナの様子でわかる。彼女にも聞こえたのだ。じゃあ、まさか、もしかして、最後に残された可能性は、
「え、なに、もしかしてこの子が喋ったのやっぱり!? お掃除ロボットって喋ることもできるの!?」
アルシノエは驚きの目でお掃除ロボットを見つめる。
「いえいえそんなまさか有り得ないです! 自律型とはいえただの清掃ロボットにそんな機能は付いていませんので! きっと姉さまか操縦支援システムのいたずらです! 間違いないです! 絶対そうです!」
ハルカナが錯乱している。
再び聞こえてくる奇妙な響きの声、
『私は、「ノア5」五番艦「バフィン」の操縦支援システムです。今は、この機械の電子回路に私のデータの一部を移しています。船のロックを解除して、乗船してきてくれる方をお待ちしておりました』
アルシノエには言ってることの半分も理解できなかったが、ハルカナにはもちろんわかったらしい。
「ええーっ!? あなたが操縦支援システムなのですかっ!? なんでこんなんなっちゃったのですかっ!?」
見ている方がびっくりするくらいの驚きを見せて、ハルカナはお掃除ロボットを右手で無造作に掴み上げた。
『下ろしてください。下ろしてください。現在運転中です』
やたらと冷静に抗議するお掃除ロボットが妙におかしい。
「下ろしてあげなよハルカナ。困ってるし」
アルシノエがそう言ってハルカナの方を見ると、彼女はお掃除ロボットを見ていなかった。
背後を振り返っている。
なんだろうと思ってアルシノエもハルカナの見ている方を振り返ったとき、声が聞こえた。
おーい、と言っているように聞こえた。
ハルカナが立ち上がる。アルシノエもそれに倣う。
また聞こえた。今度は、どこにおるんじゃあ、とはっきり聞こえた。
この声と喋り方は、
真っ暗闇の視線の先に、二度三度と光が瞬く。そしてその光がアルシノエたちに向けられた。
アルシノエは眩しさに目を細める。
逆光になってその人物の姿が確認できない。
しかし、その声と喋り方でわかっていた。
「おう。おったおった、こんなところにおったか」
ノビリオルも上がってきたのだ。
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