第30話 空に近い場所②

 ハルカナが、どうだまいったか、とでも言いたげな顔でアルシノエを振り返るが、アルシノエはそれこそ開いた口が塞がらない。

 まさか、本当に、こんなところに入口があるなんて思ってもみなかった。

 その入口はアルシノエたちの立つ通路からちょっと上にずれていて、腰くらいの位置に入口の床がある。少し考えて、アルシノエはその答えに辿り着いた。

 つまりこの入口は、いままで一度も見つけられていなかったのだ。入口からずれた位置に通路があるのはそのために違いない。

 アルシノエはにわかに興奮を覚える。

 シーカーの血が騒ぐ。

 つまりは、この入口を見つけたのはアルシノエが初めてで(実際にはハルカナなのだがこの際その事実は無視する)、ここに入るのもアルシノエが最初ということになる。ということは、この中はまだ手付かずの状態というわけだ。ごくりと唾を飲み込む。これほどでかい旧時代の構造物だ、中にはとんでもないお宝が眠っているかもしれない。いやいやぜったいあるに違いない。それどころか、アルシノエはちらりとハルカナを振り返る、彼女が言った通り、楽園の星へ行ける乗り物さえ見つけることができるかもしれない。

 アルシノエはさっきまでの怯えも忘れ、期待しかない眼差しで中を覗き込む。

 中は、天井も床も壁もすべて金属製の小部屋になっていて、入口の真正面にとてつもなく頑丈そうな金属製の扉が見える。その奥がどうなっているのかはもちろんここからではわからない。

「さあ行きますよアルシノエッ。さあさあっ」

 ハルカナが横から割り込んできて、あっと思う間もなく先に乗り込んでいった。

 ハルカナに引っ張り上げてもらってアルシノエも中に入る。

 アルシノエが物珍しげに周りを見回しているうちにハルカナが正面の扉を開きにかかっていた。その扉には取っ手の代わりに丸いハンドルが付いていて、ハルカナはそれをぎいぎい言わせながらくるくると回していく。

 ガコン、と重い音を響かせて扉が開いた。

 錆び付いた音を立ててハルカナが扉を押し開くと、その奥は真っ暗な縦穴になっていた。上を見上げても下を覗き込んでもその先がどうなっているのかまったく見えない。

「……まっくらでなんにも見えないね。なにここ?」

 アルシノエは独り言のように呟く。ハルカナが応じる。

「あのですねあのですね、これは船体縦貫連絡通路なのですっ。ここからさらに上へ参りますのでっ」

「通路なん、ここ?」

 ハルカナに言われてよく見ると、縦穴の壁には確かに梯子があった。外の、登ってきた梯子や階段よりは頑丈そうな造りだが、また登るのかと思うとアルシノエはげんなりする。

 ハルカナはさっさと梯子に取り付いて登り始めている。

 仕方なくアルシノエもついていく。

 少し登ると入口の光はすぐに届かなくなった。

 視界のほとんどが闇に閉ざされる。

 この状況で登り続けるのはさすがに怖い。

「ねえちょっとハルカナまって、暗すぎてこわ……あぶないんだけど、明かりないの?」

「えとえと、こんなのならあるのですけれど」

 ハルカナの言葉と同時に、ぼんやりとした光がハルカナの頭の方で生まれた。どうやらあの髪の毛の親玉がうっすらと光っているらしい。大した明るさではなくてハルカナの頭の辺りくらいしか照らせてはいなかったが、ないよりははるかにましであった。

 心もとない明かりを頼りに、二人は梯子を登り続ける。

 あるいは、ハルカナの灯した明かりが強力なものであったなら、もしくはこの縦貫連絡通路全体が照明で照らし出されていたなら、アルシノエは現在の高さと先の長さにこれほど気楽に登ってはいられなかったはずである。

 そのくらい、二人はひたすら登った。

 そしてようやく終着点に辿り着いた。

 船体縦貫連絡通路は行き止まりで、柵に囲まれた足場と重そうな扉がある。

 ハルカナがさっきと同じようにハンドルを回して扉を開ける。

 アルシノエはハルカナに続いてそこを潜った。

 その先も、真っ暗な空間だった。ハルカナの灯す弱々しい光では周囲を全く照らし出せていない。アルシノエは探索用の照明を持ってこなかったことを本格的に後悔し始めていた。そこまで頭が回っていなかった。まさか塔の中に入れるとは露ほども思っていなかったから仕方がないとはいえ、これでは探索どころじゃない。せっかくのお宝も見逃してしまうかもしれない。

「ねえねえ、もっと強力な明かりないの? どっかにないかな? 見つけらんない?」

 ハルカナがちょっと困ったように、

「あのっ、そのっ、実はですね、船の照明があるのですけれど、何度も点けようと電波を送ってるのですけれど、ハッチを開いたときは確かに反応があったのに、今は全く反応がないのです。なぜでしょう?」

 なぜでしょう? と言われたって、アルシノエにわかるわけがない。

「ここにはいるはずなのです。姉さまか『ノア5』の操縦支援システムが、です。待ってください待ってください探しますので」

 そう言ってハルカナが闇の中へ進み出す。

 アルシノエは仕方なく付いていきながら、怪しさに首を捻る。

 ハルカナの言う「姉さま」とか「そうなんとかてむ」とかが何なのかはわからないけど、そんなのが本当にいるのかも怪しいし、もしいたところで、きっと旧時代のもののはずだ、まともに動いているかどうかだってとことん怪しい。

「ねえ、その、『姉さま』とか『なんとかてむ』とかって、やっぱりロボットなの? ハルカナと同じ?」

 周囲に目を凝らしながら、アルシノエはなんとなく聞く。

 ハルカナがぐるりと振り返って、よくぞ聞いてくれました、みたいな表情をした。

「そうですはい! 姉さまもハルカナと同じ人型救助ロボットの第五次方舟計画担当の五番目なのです! ハルカナの第七次はハルカナだけだったんですけれども、姉さまのときの第五次は十二番までいたそうなので、第六次は七番までだったんですけれども、だからハルカナは姉さまたちに会えるのを楽しみにしていたのですっ! あ、操縦支援システムはロボットではなくてAIです。この『ノア5』のほとんどの機能を管理してます」

「う、うん、わかった」

 頭に明かりを灯して暗闇の中で迫られるとけっこう不気味だからやめてほしい。

 アルシノエの聞いたこともない言葉が多くてよくわからなかったけれども、その「姉さま」がハルカナと同じロボットだってことだけはわかった。それで十分だった。

 ハルカナみたいなロボットがもう一体いてくれたら、それはそれで心強いと思う。ただそれも、ここにいたら、の話だけど。

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