第29話 空に近い場所①
とにかく、どこか別の街に行ったかもしれないアイルの仲間たちを探しに行くのだ。
「ハルカナ行こ。もうここには用ないから」
「あのあのっ、待ってくださいませアルシノエっ」
単車に跨ろうとしたアルシノエの腕をハルカナが掴んで止めた。
「え、なに?」
ちょっと不機嫌そうにアルシノエは聞き返す。あのクソじじいにアイルのみんなを会わせてやると約束したのだ。さっさと移動してさっさと探し出してさっさと約束を果たしてどうだまいったかと言ってやりたいのだ。
アルシノエの不機嫌さなど一顧だにせずハルカナが嬉しそうな声で、
「ノア5ですノア5ですっ。ノア5があったんですっ。これがあればアルシノエを宇宙へ連れて行けますのでっ。『メガホイール』へも帰れますのでっ」
「のあふぁいぶって、あれ?」
アルシノエは目線で塔を指す。
ハルカナがそれはもう嬉しそうにコクコクと頷く。
ハルカナが「ノア5」と呼ぶそれは、アルシノエにとっては何の変哲もない塔だ。
大きさや形に違いこそあれ、大抵の街には必ずと言っていいほど塔がある。それは、街に住む人々の信仰の対象だからだ。街の人々によれば、あの塔は星の御使いへの目印なのだそうだ。あの塔があるところに人々がいますよ、という意味の。だから街の人々はできるだけ高く、目立つ塔を街の中に建てる。いつか星の御使いが迎えに来たときのために。
確かにメムノンの塔は、旧時代の構造物をそのまま利用しているだけあって、桁違いに大きくて派手だ。星の御使いが本当に来たなら一発で見つけてもらえるに違いない。
でも、塔はあくまで目印だ。塔が楽園の星までつながっているわけじゃないし、ましてや連れて行ってくれるようなものでもないだろう。まさか塔が飛ぶわけじゃあるまいし。
「あれって、ただの塔でしょ? あんなのが『のあふぁいぶ』なの?」
訝るアルシノエとは対照的に、ハルカナはやけに興奮気味である。
「それはもう完璧にっ。間違いなくっ。てっぺんから根元までっ。行きましょうっ」
アルシノエは気乗りしない。
「行ってもどうせなんにもないって。だって、なにかあったらとっくにみんな星に行ってるし」
「大丈夫ですっ。ハルカナに任せてくださいませっ」
何がどう大丈夫で、任せてどうにかなるものなのかさっぱりわからないが、ハルカナは目を爛々と輝かせて身体中をウズウズさせて、もう行かないと気が済まない様子である。
本心を言えば、塔とか「のあふぁいぶ」とかどうでもよくて早く出発したかったのだが、アルシノエは根負けした。どうせ塔に行ったところで何もなくて終わりだろうし、ここで一夜を明かすのも悪くない。鉄砂漠の中で野宿するよりははるかに安全だろう。
「わかったわかった。行けばいいんでしょ行けば。見るだけだかんね」
アルシノエはしぶしぶ頷いた。そのやり取りを傍観していたノビリオルが、
「ようやく話がまとまったんかいの。結局塔に行くことになったんか。じゃわしゃここで待っとるわい。出発するときゃ呼んどくれよ」
心底どうでもよさそうに手をひらひらと振って、そのまま床にごろんと寝転んだ。
アルシノエはその薄い白髪頭にんべっ、と舌を出して、さっさと塔へ向かったハルカナを駆け足で追う。ここから先は単車では入れないので、置いていかざるを得なかった。
広場の端に設けられた台を上がり、唯一塔へとつながる細い通路を渡る。下を見れば目も眩むほどの高さで、細い通路は歩く度にぐわんぐわんと揺れて、風は吹くしハルカナはずんずん進んでいくしで、アルシノエは心もとない手すりに必死にしがみつきながら早くも塔へ行くと言ったことを心の底から後悔し始めていた。
さっさと渡り切りやがったハルカナの倍はかかってアルシノエも塔のそばに立つ。しかしまだ安心はできない。塔の周りに設けられた足場も、さっきの通路と同じ程度の細さと造りだ。足場の鉄板にはところどころ隙間があるし、その下は何十メートル下の地面まで何もない。足が竦む。心が強張る。ハルカナがこの高さと心もとなさなどものともせずに塔の壁面を調べながら進み出す。アルシノエは正直一歩踏み出すのにさえ恐怖を感じたが、ハルカナにこれ以上弱いところを見せるのがイヤで待ってとも言えず、さりとて置いていかれるわけにもいかず、涙目になりながらへっぴり腰でハルカナのあとを追った。
ハルカナは通路を進みながら、上です上です上に行きたいのです、と言った。アルシノエは泣きたい気分になる。ここからさらに上がるなんて正気の沙汰とは思えない。ハルカナはアルシノエの絶望など知らぬ気に上を目指す。ほとんど梯子のような階段を登る。いまにも壊れそうな梯子をまた登る。隙間だらけの段差をさらに登る。もうこれ以上はムリ、と何度もハルカナに泣きつこうとした。その度にハルカナは一段上に上がってしまう。何度かそれを繰り返したのち、アルシノエはついにハルカナに追いついた。
ハルカナはようやく進むのを止めて、旧時代の構造物の壁に手をついてそこをじっと見つめていた。
「ハルッ、ハルカナッ、もういいでしょ、もう降りよ……」
アルシノエは壁にへばりつきながら息も絶え絶えに懇願する。
振り返ったハルカナは、宝物を見つけた子供のような顔をしていた。
叫ぶ。
「喜んでくださいアルシノエッ! ありましたありましたハッチがあったのですっ! これで中に入れますので! そんな顔をしている場合じゃありません、ここは喜ぶところですよっ!」
ハルカナに「そんな顔」と言われたアルシノエは、あからさまに「そんなことどうでもいいから早く安全なところに行きたい」という顔をしていた。
震える声で、
「なな中に? は、入れんの? そんなところから? なにもない壁じゃないの?」
ハルカナの正面にある壁面は、いまアルシノエが懸命にへばりついている壁面と何ら変わらないように見える。子供のイタズラ書きにしか見えない模様が汚ならしく描かれていて、それも色がわからなくなるくらい薄汚れていて、取っ手らしきものも見当たらなければ開きそうな隙間もない。そんなところから中に入れるとはアルシノエには到底思えなかった。
ハルカナが、ふふん、と得意気な顔をした。
「あ、アルシノエいま『そんなところから入れるわけない』と思いましたね? そうでしょうそうでしょう。まあ見ていてくださいませ」
そう言うと、壁の方に向き直る。ハルカナの黒い髪の毛の中から、一本、あからさまに髪の毛ではない太さのものがぴょんっと立ち上がった。それを壁に向けてじっとすることしばし、不意にハルカナが「返事あったっ」と小さく叫んだ。
どこからか、ピピッ、と聞いたことのないような不思議な音が聞こえた。
その途端、
唐突に壁が動いた。
ちょうど人が通れる大きさの長方形が、溜め込んでいた空気を一気に吹き出すような音を立ててゆっくりと奥へへこみ、それから左右に割れた。
そこには、塔の中へと通じる入口がぽっかりと口を開けていた。
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