第28話 天井の街④

 そんな二人の様子などお構いなしにノビリオルが喋りかけてくる。

「で、あんたらはなに言うんじゃ?」

 アルシノエには答える気力もない。

 アルシノエのことは心配だし、かといってノビリオルのことも放っておけないハルカナは切羽詰まった顔をしてあたふたと、

「ハルカナ、と、アルシノエですけれど」

「ハルカナにアルシノエの。そいであんたらぁ、女二人だけなんかいの? 二人だけでここまで来たんか? 他に仲間か、大人はおらんのか?」

「えとえと、アルシノエはシーカーです、ハルカナは違います。ハルカナは人類を助けに来ましたのでっ。それでですねそれでですね、アルシノエの仲間がファイバに襲われたので、ハルカナはアルシノエを助けますので、仲間を探しにメムノンに来たのですけれど、見つからなかったのです」

 これまでの経緯をたどたどしくハルカナが伝える。

 ノビリオルが納得したようにおうおうと何度も頷いて、

「よくあることよくあること」

 そう言った。

 その言葉が、アルシノエの神経にざらりと触れた。

 アルシノエはのそり、とノビリオルに目を向ける。

 ノビリオルはハルカナから貰った水をうまそうにがぶがぶと飲んで、

「見てみい、メムノンの天井街もご覧の通りじゃ。昨日ももしかしたらどこかの街が知らんうちに滅んどるかもしれん。明日んなればまた別の街が滅びるやろうな。あんたらのお仲間もそのうちのひとつやったっちゅうことじゃな。あんたらみたいな若いもんでもわかっとるはずや、ここではそんなもん日常じゃゆうことくらいはの」

 他人事を極めた態度で言い放った。

 こいつはいったい何を言いたいんだろう。

 アルシノエの中に生まれた熱量が思考する。

 これは、つまり、どういう意味なんだろう。熱は瞬く間に温度を上げ、アルシノエの中に火を灯す。

 こいつのこの言い方はなんだ。

 なんでこんなことを言われなければいけないんだ。

 ノビリオルが知った風な顔をしてアルシノエを振り返る。

「あんたぁ、アルシノエじゃったかいの、まだ子供やから親しい人と死に別れるんははじめてで、辛いんかもしれんけどの、この先そんなんいくらでもあるぞい。そんなんいちいち気にしとっちゃあかん。でないと生きていけん。わしくらいになればそれがよおわかる」

 これはもう明らかだった。もし仮にそんなつもりではなかったのだとしても、アルシノエにとっては同じことだ。

 このクソじじいは、アイルのみんなをバカにしている。

 あれだけごちゃ混ぜになって収拾のつかなかったアルシノエの感情が、否応もなく炎にくべられていく。

 ノビリオルに向けられたアルシノエの目に、隠しようのない怒りがこもる。

 アルシノエの変化を感じ取ったハルカナが途端に青い顔をして挙動不審に陥る。

 ノビリオルは、呆けているのか惚けているのか再び火に油を注ぐようなことを口にした。

「あんたもいつまでもメソメソしとらんと。仲間や家族失うことなんぞ今の世の中じゃあ当たり前の不幸なんじゃからのう」

 本当のところは何に対してだったのか。

 ともかく、

 アルシノエは怒りに吠えた。

「うるさいだまれっ!!」

 ノビリオルが、ほっ、と驚いた顔をした。その態度がまた実にわざとらしく、アルシノエは頭に血が上るのを止めることができない。

 怒りに任せて立ち上がり殴り掛かろうとした瞬間にハルカナに背後から抱き止められた。

「アルシノエダメですからっ」

「ハルカナはなしてっ!!」

 アルシノエはハルカナの両腕を外そうともがく。が、ビクともしない。ハルカナは「ダメですからっ」「いけませんのでっ」「人類同士が争っている場合ではっ」とかいうことを延々と口ずさんでいるがアルシノエもノビリオルも聞いていない。

 今度は少し本気の混じった驚き顔のノビリオルが余裕を取り戻し、

「そんだけ怒れるんなら大丈夫じゃろ」

「お前が怒らせたんやろこのクソじじいっ!」

 そのしたり顔がアルシノエの神経をどこまでも逆撫でする。

「わしゃ当たり前のことしか言っとらんぞ。お前さんが勝手に怒っとるだけじゃないかの」

 アルシノエはものすごい顔をしてノビリオルを睨み付ける。一発と言わず、その顔がメチャクチャになるまで殴り付けてやりたい。どうにかしてハルカナの腕を振りほどこうと暴れ回るが、特にハルカナの右腕は元々そういう形で作られましたというくらいにアルシノエの身体を捕らえて離さない。

 アルシノエは代わりに言葉をぶつける。

「うちの家族や仲間をバカにしたやろっ!」

「はて、そんなこと言ったかいの」

「言ったしっ! 死んで当たり前とか言っとったしっ! ふざけんなやしっ! お前が死ねこのクソじじいっ!」

 とても女の子とは思えないような口調と表情で罵る。

 ノビリオルはどこ吹く風で、

「そうは言うてもの、お前さんの仲間はファイバに襲われたんじゃろ? それともなにかい、そんなことで全滅するような連中じゃあないっていうんか?」

「そうやしっ!」

 ほとんど勢いだけでアルシノエは肯定した。

「襲われたけどぜったいまだどっかにいるんだからっ!」

「ほんとかいのう」

 疑う仕草も実にわざとらしかったが、アルシノエはもうそんなこと気にしていなかった。

「ほんとやしっ !ぜったい見つけるしっ!」

 ノビリオルが顔をしわくちゃにして笑顔を浮かべた。

「ほうかほうか。そりゃあ楽しみじゃ。わしにもぜひ会わせとくれよ」

 それは、いままでのからかうような雰囲気とは打って変わって、心からそれを望んでいるかのような暖かみのある言葉だった。

 ノビリオルのいきなりな変わり様にアルシノエは一瞬言葉に詰まる。かろうじて「会わせてやるからなっ」と挑戦的に返したものの、いままで躍起になって振り上げていた拳の下ろしどころを見失って内心戸惑う。もしかしてこのクソじじいはアルシノエを元気付けようとしてこんなことを言っていたんだろうか、という考えが頭の中をよぎる。ううんそんなはずない、と必死に否定する。こんなクソじじいに気を遣わせたということがどうしても認められなかったし、今さらいい人ぶられてもアルシノエの中で固まったノビリオルの認識はすぐには変えようがなかった。

 結局アルシノエはどっちつかずの中途半端な面持ちで、ふんっ、とノビリオルから目を背ける以外にどうしようもなくなったのだった。

「ハルカナはなして。もう大丈夫だから」

 ハルカナがようやく口ずさむのを止めて、目を開けた。ハルカナの知らないところで諍いが一段落していることに遅ればせながら気付いて、慌てて拘束を解く。

 それからハルカナはパッと表情を輝かせて、

「わかってくれたのですねアルシノエッ」

 ハルカナはまったく、ぜんぜん、これっぽっちも関係なかったのだが、アルシノエはいちいち訂正する気にもなれなかった。

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