第27話 天井の街③

 いつのことだったろう。

 その日は、葬式の日だった。

 とはいえ、ファイバの潜む鉄砂漠に暮らすシーカーのことだ、葬式なんてほとんど日常茶飯事ではあった。

 いつものように何もない鉄砂漠のど真ん中で、いつものようにアイルのみんなが集まって、いつものように長老のひとりが眠りの魔法のようなお経を上げて、いつものようにアルシノエは兄の隣でそれを眺めていた。

 ただ、その日の葬式はいつもと違う点がひとつだけあった。

 火だ。

 遺体が燃やされているのだ。

 アルシノエの知っているいつもの葬式では、お経を上げる長老の前にはお墓があるだけだった。その辺に転がっているそれらしい瓦礫に名前が刻まれただけの、お墓と言われなければ気付かないような、悲しくなるほど粗末な、空っぽのお墓があるだけだった。

 この鉄砂漠で当たり前のように死んでいく人間の大半は、ファイバに襲われるのが原因だ。ファイバは人間を喰う。喰われた人間は死体も残らない。だからいつも、お墓の下は空っぽなのだ。病死であれ老衰であれ、だれかに看取られて死ぬということ自体、まれであった。

 その日の葬式は、アルシノエがはじめて経験する「遺体のある」葬式だった。

 亡くなったのは三人のシーカーで、偵察中にファイバに襲われたのだ。そのうち二人は喰われたが、残るひとりは怪我をしたもののどうにか船団まで逃げ延びた。しかし結局、その怪我が原因で帰らぬ人となった。身体が残ってるだけましさ、と周りの大人たちが小さくささやき合っていた。

 三人ともアルシノエの知っている人たちだった。もちろん兄も。このときにはすでに、兄はシーカーになっていた。

 ああやって送られたいな、と兄の呟きが聞こえた。

 アルシノエは隣にいる兄の顔を見上げる。兄は、風に流されながらどこまでも昇っていく煙を見つめている。

 なに? とアルシノエが聞き返すと、兄はアルシノエを振り返って、

 ――僕が死んだら、ああやって焼いてほしいって思ってね。そしたら煙になって、迷わずに星の元まで行けるからさ。

 アルシノエは急にそんなことを言い出した兄に驚いて、

 ――死んだらとか、そんなカンタンに言わんといてっ。

 怒ったような口調でささやいた。

 兄が、ごめんごめん、と小声で謝る。

 アルシノエは兄から顔を背け、煙が昇っていく先を見つめる。

 この日は、何日かぶりに降った雨のあとで、塵が洗い流され空が見えていた。

 夜が近く、分厚い雲に切り取られた空はびっくりするほど濃い。

 その紺色の中に、眩い星が一瞬だけ姿を現した。

 アルシノエはその星を見上げながら兄に向かって呟く。

 ――焼かれなかったら?

 ん? と兄が聞き返してくる。

 アルシノエは今度ははっきりと、

 ――焼かれなかったらどうなるん? 星の元に行けないの?

 兄は優しく微笑んで、そんなことはないよ、と言った。

 ――ただね、迷っちゃうんだよ。星までの道がわからずに、しばらくはあの雲の下をさ迷い続けるんだ。

 それからどうなるの? とアルシノエは兄を振り返る。

 ――それで、今日みたいに誰かが焼かれて煙になって空に昇っていくときに、ようやく道を見つけて一緒になって星の元まで行くのさ。

 そっか。一緒に行けるんだね。

 アルシノエは、

 それを聞いてとても安心した。



 ◇



 ノビリオル、と名乗ったこの老人が語ったのは、慈悲の欠片もない現実だった。

「あんたらも驚いたやろ。ここがこんなんなっとっての。前はあんなに人がおって、こんなにでかい街で、こんなに立派な塔まであったんにのう。わしも実は詳しくは知らんのやが、もうひと月くらい前になるかのお、わしがここに来たときにはすでにこの有り様やったわい。それからずっとここでわしひとりじゃ」

「わしがここにおった間、訪ねて来たんはあんたらが最初じゃ。水も食べもんも心細ぉなっとったからほんまに助かったわい。これを逃したらこんな老いぼれだからの、もう野垂れ死にしかない思っとったんじゃ」

「いやあそれにしても探したぞい。いやな、どっかからエンジンの音が聞こえてきたから追いかけてきたんじゃが、そのエンジン音がどこから聞こえてくるんかようわからんかっての、あちこち探し回ったんじゃ。わしも声を出せばよかったんじゃが、そこはほれ、息をするのに精一杯での。なにせ口はひとつしかないからのう。しかしほんと久しぶりに人と喋ったわい」

 ノビリオルがだらだらと喋り続けている。それも、途中からほとんどアルシノエの耳には入っていない。

 みんな行ってしまった。

 アルシノエを置いて、行ってしまった。

 これまでひたすら目を逸らし続けてきた可能性が、ついにアルシノエの目の前で現実となった。

 ハルカナはまだ可能性がある、最初から他の街に向かったのかもしれない、と必死になって言っていたが、そんなもの気休めでしかないことくらいアルシノエにだってわかる。他の街までは、メムノンまでの距離の何倍もあるのだ。そんな遠いところを逃げ道に選ぶとは到底思えないし、そこへ向かったところで十分な装備も食糧もなければ辿り着くことなんてできないだろう。

 もう考えられる可能性は、それしかない。

 アイルのみんなは、あの停泊地でファイバに襲われて全滅したのだ。

 このメムノンにいないということは、つまりはそういうことなのだ。

 力なくその場に座り込んだアルシノエは、真っ白な顔で空を見上げている。空はどこまでも白く濁るばかりで、星はどこにも見えない。

 そこから先に、アルシノエは進めなくなってしまった。頭の中でいろいろな感情が渦巻いて混ざり合って、最終的には白一色になって何も考えることができない。

 隣にしゃがみ込んで、難しい顔をしてどうしたらよいか悩んでいるハルカナのことも目に入らない。

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