第20話 歩くような速さで①
いつもと違う朝だということにようやく気付いて、アルシノエはスイッチが切り替わったかのように目を覚ました。
天幕の三角屋根がはっきり見える。それほどにもう外は明るくなっている。この時点で、寝すぎた、とアルシノエは思った。いつもならまだ薄暗いころに起こされるのに。
アルシノエは寝袋から這い出て時計を探した。どこに置いたっけ。狭い荷車の中はおもちゃ箱を引っくり返したような有様だった。停泊地から使えそうなものを片っ端から掻き集めて放り込んだので、時計をどこに置いたか本気で思い出せない。その辺に転がってるかな、と無秩序に散らばる道具とか工具とか器具とかの中を探すが、はずれ。一ヶ月は暮らせそうなほどの食料の山も漁ったが見つからなかった。サボットスラグ銃が三丁ほど適当に放り出してあって、大量の弾薬が入った袋と閃光音響手投げ弾数個が無造作に転がっているのは今更ながらさすがにちょっと危なすぎると思う。最後に駄目もとで自分が入っていた寝袋を引っぺがすと、ころんと手のひらサイズの丸いぜんまい式時計が転がり出てきた。遺物を真似して街の職人が組み上げたもので、それなりに貴重品だ。
時計を見ると、針は八の数字を半分以上過ぎていた。
やっぱり寝すぎだった。
もう一度天幕の張られた荷車の中を見回す。
――ハルカナがいない。
ようやくそのことに気が付いた。アルシノエの脳ミソが一気に覚醒する。
時計をゴミのように放り出してバネ仕掛けのように立ち上がる。足の踏み場もない荷車の上から針の穴を通すように足場を見つけて三段跳び、アルシノエは転がるように荷車から出た。
明るくなったとはいえ、空は相変わらず白く濁っている。遮るもののない鉄砂漠を抜ける風が最後の眠気を吹き飛ばしていく。
その中に、迷子のようにぽつんと停まった一台の単車。
その運転席の上に、ハルカナが立っていた。
右肩にサボットスラグ銃を担ぎ、左の腰に手作りの鞘に収めた長い剣を下げ、まるで番人のように座席の上に立っていた。
――よかった。置いてきぼりにされたわけじゃなかった……。
アルシノエはほっと胸を撫で下ろした。安心したら急に力が抜けた。
ハルカナが気付いて慌てたように振り返る。
「お、おはようございますアルシノエっ」
「あ、はい、おはようございます」
朝っぱらから元気だなぁハルカナは、なんてことを考えながらアルシノエもぼんやりと挨拶を返すと、ハルカナが座席の上から荷車に向かって跳躍し、口をぽかんと開けたままのアルシノエにぐいいっと詰め寄って来た。
「あのっ、アルシノエはもうへいきですかっ? すぐ出発しますかっ? ハルカナはいつでも行けますのでっ」
「……え?」
「――え?」
お互い顔を見合わせる。アルシノエは話の展開に付いていけずきょとんとしていたし、ハルカナはもしかしてまた失敗しちゃった? とでもいうように表情を強張らせていた。
ハルカナが恐る恐る、
「えと……あれ? 昨晩のお話の中でメムノンの天井街に向かうという結論に至ったとハルカナは認識しているのですがそのときの会話もしっかりと録音してあるのですが、 ……ハルカナまた間違えました?」
「そうじゃなくてそうじゃなくて!」
アルシノエは思わず声を張る。
「メムノンに向かうのはあってるんだけどそうじゃなくて! 出発する前にまず――」
「はいっ! わかります! わかりましたっ! 忘れてましたが思い出しましたのでっ!」
アルシノエが言い終えるより先にハルカナが張り切って割り込んできた。
アルシノエはふうっ、とため息ひとつ。わかってくれたのならそれでいい。朝っぱらから、ご飯も食べてないのに大声を出したのでちょっとくらくらする。お腹すいた。
そんなアルシノエの期待をぶっちぎって、ハルカナが荷車に取り付いた。
「出発の準備がまだでしたっ。すぐにこれ畳んで荷物まとめますのでっ」
天幕を引っ張って解体作業に入ろうとする。が、上手くいかないようだ。片付け方を知らないからだろう。無理やり揺さぶる。ギシギシいってる。あ、いまビリッていった。とうとうハルカナが剣を引き抜いた。別の意味で天幕を片付けようとしている。
そこが我慢の限界だった。
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