第19話 目が覚めたなら④
それから五分ほどで、アルシノエは捜索を終了した。
最後の方は、アルシノエの呼びかけもほとんど言葉にはならなかった。
電池が切れたように、アルシノエが力なくその場にぺたりと座り込んだ。
「……だれも……いなかった……」
それは、風の音に掻き消される寸前の声だった。
座り込んだアルシノエの後ろに立ち尽くして、ハルカナもどうしていいかわからない。
「……なんで……」
そう呟いたきり、アルシノエは何もない闇を呆然と見つめたまま動こうともしない。
ハルカナはその背後でオロオロと狼狽え始めた。
アルシノエが落ち込んでいる。なんとかしなければと思った。それに、いつまでもこんなところにいるのはまずい。すごくまずい。
思い切って口を開く。
「あ! あのあのっ、誰も見つけられなかったのはアルシノエのせいじゃないですからっ」
アルシノエは、ぴくりとも反応しなかった。
アルシノエの後ろでハルカナはひとり頭を抱える。
違った。失敗した。そうじゃなかった。訳もなく焦る。
「アルシノエ! 聞いてください! ヤバいのでっ、ここに居続けるのは危険なのでっ、ファイバが来るかもしれないのでっ」
アルシノエはそれでも動かない。
ハルカナはもはや挙動不審である。どこにも見当たらない答えを探し求めて両手と視線をあちこちに彷徨わせる。場当たり的に喋り出す。
「えとっ、あのっ、そうっ、大丈夫ですっ、ここの人間たちが生きてる可能性はまだ残されてますのでっ」
アルシノエが劇的に反応した。
バッと振り返り、
「生きてるに決まってるからっ!!」
思い切り叫んだ。
ハルカナは首を竦めてそれを受け止めた。
またアルシノエを怒らせてしまった。ハルカナは青い顔をして俯く。今度こそ嫌われてしまったかもしれない。こんなことで人類を救うことができるのかと落ち込みそうになる。しかしハルカナはめげない。アルシノエを守ると決めたのだ。役に立ちたいのだ。青ざめた顔のまま、ビビりながらも声を出す。
「な、何があってもっ、アルシノエのことはハルカナが全力で守りますのでっ! アルシノエには安心安全を約束しますのでっ!」
「そんなのみんないなかったら意味ないっ!!」
速攻で否定された。
親の敵でも見るような涙目でアルシノエに睨まれて、ハルカナは思わず身を竦める。アルシノエの焼けるような感情にビビりながらも、人工神経回路網のどこかが冷静にアルシノエの言葉に同意していた。
確かにそうなのだった。
このままでは意味がないのだ。
ハルカナがどれだけアルシノエのことを守ろうと、この大地にいる以上はファイバの脅威から逃れることはできないのだ。船がなければ、アルシノエを安心安全快適な宇宙ステーションへ連れて行くことができないのだ。
そうだ。探さなければいけないのだ。
船を。
そして、アルシノエの仲間も。
探せば良いのだ。
ハルカナはバネ仕掛けのように顔を上げた。
「探しましょうアルシノエ!」
アルシノエが僅かに眉をひそめる。
ハルカナは勢いで喋る。
「探せばいいんです! 何をって、アルシノエの仲間をです! 船もです! それでみんなで宇宙へ行きましょう! 『メガホイール』へ帰るんです!」
「……そんなの、……見つかんないよ……っ。みんなどこに行ったんかもわかんないし……」
拗ねたようにアルシノエが吐き出す。
ハルカナは止まらない。
「はいっ! 推測ならできますのでっ! 得意なので! えとですね――」
人工神経回路がフル回転。一・二七秒の思考中ののち、答えが出た。
「――はいっ、わかりましたっ! 街です! なぜって、周りを見てください。物が大量に残されているので逃げ延びた人間がいるならほとんど何も持っていないはずなので物資を求めるはずなのでだから街へ向かうはずです! 自信あります!」
「……まち……」
アルシノエが無意識に呟き、それからはたと何かに気付いたような顔をした。
「――近くに、おっきな街がある」
ハルカナは効果音が聞こえそうな勢いでアルシノエを指差した。
「そこ! きっとそこです間違いないですっ!」
アルシノエの表情にようやく光が差した。
「確かにそうかも。もともとここの次はそこに向かうはずだったみたいだし」
うんうんとハルカナは頷く。
アルシノエに元気が戻ってきたみたいで、それが何より嬉しかった。ちゃんと慰めることができた。ハルカナはアルシノエの役に立てたのだ。
だがこれで満足してはいけない。アルシノエをその街まで連れていき、仲間と合流させ、それから船も見つけてみんなで宇宙まで行ってはじめて、ハルカナの任務は達成されるのだ。 そのためには、まずはその街へ急ごう。
「アルシノエ、訊きたいのですが、その街はなんという名前なので?」
「メムノン。メムノンの天井街」
ハルカナのメモリには存在しない、はじめて聞く名前だった。
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