第17話 目が覚めたなら②

アルシノエは思う。

 このハルカナという名のロボットは、ものすごく変なやつだしワケわかんないことばっかり言うし正直大丈夫かなとも思うけど、でもアルシノエを助けてくれたときはすごかったし一応言葉は通じるし悪いロボットではないような気がする。それにアルシノエを助けてくれたのは確かに彼女だし人類を助けに来たとも言っている。そういえば彼女の話が星の神様の伝説とよく似ているのが少し気になったが、神様はハルカナみたいに鉄砂漠の中に埋まってなくて空から来るものだしロボットでもないような気がする。だから彼女はきっと珍しいロボットの遺物だ。しかもとびっきり高性能で驚くほど保存状態のいいやつ。本来ならシーカーの血が騒ぐところだが今はそれどころではなかったし、まずはやるべきことがあった。

 アルシノエはハルカナの正面に座り直し、深々と頭を下げる。

「あの、助けてくれてありがとうございました」

 ハルカナが本から顔を上げてアルシノエを見た。アルシノエもハルカナを見つめ返す。しっかりしなきゃ、と思う。

「うちはアルシノエ。ウルティオ・アイルのアルシノエ」

「うるてぃおあいる。あるしのえ」

 ハルカナが表情を一ミリも動かさないまま幼子のような口調で繰り返す。

 それから気合いの入った顔になり、

「憶えましたっ」

 得意気にそう言った。

 アルシノエはそんなハルカナの顔色を窺うように、そっと、

「――あの、」

 と切り出す。

 図々しいのはわかっていたし、こんなことを言うのは自分でもどうかと思ったが、アルシノエにはこれしか方法がなかった。

「――ハルカナさんって、人間を助けに来たって言ってたと思うんですけど、」

「言いましたともっ」

 ハルカナが元気よく頷く。

 アルシノエは言葉を考えながら、

「――うちのことも助けてくれたんですけど、あの、それって、なにか、その、条件とか決まりとか、えっとこういう人を助ける、みたいなのとか、あるんですか? あと人数とか。何人まで、みたいな」

「え? えっとえっと」

 ハルカナが本と格闘しながら言い訳のように早口になって、

「あのですねあのですね、本当なら『ノア7』に乗船できる限界の千人くらいまでなら誰でも助けるつもりだったんですけど『ノア7』が壊れてしまってさあ大変。そんなときはどうするのどうするの?」

 アルシノエが口を挟む。

「あの、それってつまり、『のあせぶん』っていうのがあれば、千人までなら誰でも助けてくれるってこと?」

「えとえと、正確に言うと『ノア7』は完全にぶっ壊れちゃったのでもうどうしようもないので、でもでも『ノア7』じゃなくても姉さまたちの『ノア6』とか『ノア5』とかでも残ってたら大丈夫なので、ハルカナは誰でも助けますのでっ」

「じゃあ!」

 アルシノエはここぞとばかりに意気込んだ。

「お願いがあるんだけど! みんなを助けてほしいの!」

「やりますっ。やれますっ」

 ハルカナは即答だった。

「ほんと!? いいの!?」

 アルシノエは思わず身を乗り出す。

 ハルカナが得意気な顔で、

「もちろんですっ。ハルカナはそのために造られたのでっ。『ノア7』に乗ったつもりで任せてくださいっ!」

 大船に乗ったつもりで、という意味で言ったのだろうが、『のあせぶん』って壊れちゃったんじゃなかったっけ、とアルシノエは一抹の不安を感じる。口には出さなかったけど。

「――あの、ところで、」

 ハルカナが改まって訊いてくる。

「みんな、っていうのはどなた方でしょうか? もしかしてですけど、防衛軍の方々とかだったりします?」

「ぼうえいぐん?」

 アルシノエはきょとんとした。

「ぼうえいぐんって軍隊のこと? そんなのこんなとこにはいないよ。うちだって見たことないし」

「では、では、みんなというのはどなた方のことなので?」

 今度はハルカナがきょとんとする。

「みんなってみんなだよ。ウルティオ・アイルのみんな。うちの家族とか仲間のこと」

「アルシノエの所属している集団のことなのですね。理解ですっ。では早速行きましょう! ハルカナはどこへ向かえばいいので?」

 ハルカナが元気よく立ち上がる。

 アルシノエはそんな彼女を見上げて、言う。

「場所はね、 ――あの、ファイバに襲われたとこよりももっと向こう側なんだけど、」

 ハルカナが一瞬停止した。

「……やっぱり、むり?」

 アルシノエが恐る恐る聞き返すと、ハルカナは実に難しい顔になって、

「……無理、ではないですっ、けどでも、簡単でもないですけど、なぜかっていうともう完全に真っ暗になっちゃいましたし、あの辺一帯がファイバの住処っぽいですし、集団規模はきっとCからBの軍団級ですし個体数は最低でも千はいると思うんです、けど、」

 ハルカナの話にアルシノエの方が引く。ついでに血の気も引いた。

 また、あの悪夢のような群れに襲われる、そう考えただけで忘れていた恐怖が蘇ってくる。全身からじっとりと汗が溢れて、そのくせ口の中はカラカラに渇いている。痺れるような緊張感。

 しかしアルシノエはなけなしの勇気を振り絞ってその恐怖を振り払った。しっかりしなきゃ、と思う。みんなを助けられるのは、ハルカナと、アルシノエしかいないのだ。ならば、怯えている場合でも迷っている場合でもない。

「――それでも! お願いみんなを助けて!」

 ハルカナが表情を引き締めて頷く。

「アルシノエが望むのならばっ。任せてくださいませっ」

 そして、ちょっと不器用に微笑んで、

「大丈夫ですっ。『ノア7』に乗ったつもりでっ」

 だからそれは壊れちゃったんだよね。

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