第14話 夢の終わり③
よぉし。やるぞお。
とうとうファイバと戦うときが来た。そのことにハルカナは気合充分だった。
ハルカナに抱えられていたままの女の子が、泣き跡の残る顔を呆然とさせてハルカナを見上げていた。ハルカナはようやく思い至って、女の子をすとんと降ろし身体のあちこちをぺたぺたと触れて確かめつつ、
「あのですねっ、あのですねっ、ケガとかそういうのないですかっ?」
女の子はされるがままで、表情も変えずに小刻みに何度もコクコクコクコクと頷いた。ハルカナの左腕を掴んだまま離そうとしない。
ハルカナは一瞬安心したようにふっと表情を弛緩させ、それから直ぐに、来るんじゃねえ、というようにテンタクラを睨みつけた。あいつに突っ込んでこられたら、女の子を守りながらの戦いになる。それはできれば避けたかった。そのためにはハルカナの方から飛び込んでいくしかあるまい。
ハルカナはくるりと女の子を振り返り、
「えとえと、ハルカナはあいつを倒してきますのでっ、女の子さんはここにいてくださいませっ」
女の子が表情を変えた。きゅうっ、と顔を不安げに歪ませて、泣き出しそうになる。ハルカナにしがみつく両腕に力がこもる。ひとりにされるのに、とてつもない恐怖を抱いているようだった。
テンタクラが姿勢を低くして攻撃態勢に入る。触手が広がる。放電しそうな緊張感。
ハルカナは思い切ってテンタクラを視界から外し、女の子を正面に捉えた。ぎこちない笑顔を作る。
「約束ですっ。ハルカナは必ず女の子さんを守りますのでっ。ハルカナは約束をちゃんと守るロボットなのですっ。だから信じてくださいませっ」
『メガホイール』のみんなとも交わしたように。
女の子が、ぐっと何かを堪えるように歯を食いしばった。腕の力が緩んだ。
ハルカナはミサイルのような勢いで飛び出した。
あの女の子を守る。これはハルカナにとって絶対になった。ハルカナを目覚めさせてくれたのもあの女の子なら、ハルカナに最初に助けを求めたのもあの女の子だ。その上約束までした。これで守れなければ、ハルカナは何の価値もない産業廃棄物と同じだ。
テンタクラを倒す。数日は復活できないくらいバラバラにする。
そのためには武器がどうしても必要だ。素手ではあまりにも厳しい。
しかし、幸いなことに武器はさっき見つけた。あとは、どうやるか、だけだ。
すっ飛ぶようにテンタクラとの距離を詰める。テンタクラは思った通り十二本の触手を構えて迎撃態勢、その射程二十メートルに入ったところでハルカナは九十度右へ向きを変えた。目標はテンタクラが掘り出してくれた「ノア7」の残骸。破壊力のありそうなやつをひとつ、右手の指を喰い込ませて引っつかみ、半ば引きずるようにして持っていく。そのままテンタクラと一定の距離を保ちながら弧を描いて走る。触手が変態的な軌道を描いて襲い掛かる。変態加減ではハルカナも負けてはいない。完全に目覚めたアンテナ髪ならこんなことだってできる。極短波イメージングレーダ発動。解像度のみを極限まで引き上げた、半径およそ十メートルのレーダーの絶対領域。この不可視の球の中にあるものは、小石ひとつの動きでも光に近い早さでハルカナには察知できる。背後からの三本を振り向きもせずに避け挟み込むような二本を髪の毛数本残して伏せてやり過ごした。テンタクラの正面から九十度右に移動したところで、左手にもうひとつ残骸をつかみ反撃開始。テンタクラがこちらを振り返る。ハルカナは急制動からの一連の動作で身体をねじ切れんばかりに捻り、右手の残骸を砲弾にも匹敵するほどの勢いでテンタクラの頭部目掛けて投げ付ける。間髪入れず反動を利用して左手の二発目。凶悪な速度と回転力を与えられた二つの残骸は一直線にテンタクラの頭部に襲い掛かり、
二本の触手にあっさりと撃墜された。
おそらく繊維体を十数本犠牲にした程度だろうが、ハルカナは最初からこの攻撃に期待なんてしちゃいないし、そもそもそれを見てすらいなかった。
喉から手が出るほど欲しかった僅かな時間。テンタクラの視界が塞がれるこの隙を作り出したかったのだ。
ハルカナはテンタクラの後方数メートルの地点に、鉄屑に半ば埋もれるようにして見えている「それ」へ向けて躊躇うことなく駆け出した。一瞬ハルカナを見失って困惑しているようなテンタクラの足元を駆け抜け、最後は滑り込むように「それ」の元へ到達する。
見覚えのある真紅の金属光沢。
ハルカナがここにいたのなら、「それ」もここにあって当然だった。
テンタクラの触手によって鉄砂漠の中から掘り起こされた「それ」は、
外部武装強化型パワードスーツ改『シンデレラ』。
強烈な電磁波の圧力。見つかった。テンタクラが、無音で怒りに吼えた。触手が来る。五メートル以内の、超至近距離の攻防。
ハルカナは『シンデレラ』に飛びついた。『シンデレラ』を起動する時間が欲しい。左肩部のミサイルラックを両手で掴み無理矢理引っぺがす、投げる。ほぼ真上から降ってくる触手の一本がそれに触れ、青白い火花が飛び散り、次の瞬間、ハルカナとテンタクラのほぼど真ん中で起爆した。
殺人的な爆風がハルカナを地面に叩き付ける。熱でハルカナの表面が少し焼けた。機体管制野がいくつか機能異常を告げてくる。頭部を守った左腕のアクチュエータの三分の一、右膝関節の一部、人工皮膚の十パーセント。大きな問題はない。情報処理野からもいくつかエラー信号が出ていたが今は無視した。折角稼いだ貴重な時間を失うわけにはいかなかった。
爆風のおかげで『シンデレラ』が露わになった。うつ伏せ。乗り込めない。なら、コネクタを引っ張り出して首の後ろのターミナルに接続。
爆煙が晴れる。
ゼロコンマ一秒単位の世界の勝負。
ハルカナは接続したターミナルから電子の腕を光の速さで伸ばして、すべての手順をすっ飛ばして真っ先に左腰部ガトリング砲を起動させた。爆煙を引き裂いて稲妻の如く触手が降り注ぐ。左腰部装甲展開、ガトリング砲起動。目を瞑っても当たる距離。持ち上げて撃ちまくった。爆音と硝煙と発射炎の嵐。闇雲に弾幕を張りながら、ハルカナは『シンデレラ』の起動を同時に進めていく。不意に左真横からの侵入。ハルカナは跳んで避けたがガトリング砲は諦めざるを得なかった。砲身を触手に巻き取られる。同時に『シンデレラ』起動完了。ハルカナはその肩の上に着地、即座にガトリング砲をパージ、スラスターを一気にフルスロットルで解放し後方へ急速離脱。直後、防御から攻撃に転じたテンタクラの十本近い触手が一瞬前のハルカナの位置に殺到した。
後退した先にはすぐ斜面が迫っている。マシンガンのような触手の追撃。しつこい。ハルカナはその斜面の際に沿って右回りに『シンデレラ』を移動させながらテンタクラから必死に距離を取る。ハルカナでさえ振り落とされそうになる爆発的な機動。不安定な肩の上でのバランスとターミナルからの信号のみでの機体の操作を、膨大な演算処理速度でねじ伏せる。右肩部六連装ミサイルと右腰部電磁射出砲を同時に起動しミサイル全弾で触手を迎撃、触手の射程範囲外に出たところで『シンデレラ』に電磁射出砲の射撃体勢。狙いはテンタクラの胴体、中枢繊維体。ロックオンした瞬間、三十メートルはあった距離を溶かすようにテンタクラが襲い掛ってきた。
――!? !!
ハルカナは反射の速度でトリガーと同時に後方へフルスラスト。
大気さえも打ち砕けそうな砲音。
ハルカナが必殺のつもりで放った一撃はテンタクラの右脚部を消し飛ばして、テンタクラの振り下ろした会心の反撃は『シンデレラ』の電磁射出砲と右腕を破壊していた。
テンタクラの反撃から辛うじて逃れたハルカナは、スタート地点付近まで戻っていた。ハルカナの右後方に、怯えた小動物のように縮こまっている女の子がいる。
視線を戻す。
右脚部を失ったテンタクラが全身の繊維体を移動させて脚を再生しようとしている。
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