第2話 車輪の星②

 機体が完成したからといってすぐに出発できるわけではない。

 まだほかにもやっておくべきことがたくさんあった。

 計画の遂行に必要なデータをメモリに叩き込んでおかなければならなかったし、クリアすべき機体の稼働試験や装備の運用試験がいくつもあった。

 計画の遂行に必要なデータは地球の環境・地形や現在の勢力図、防衛軍の現状、装備の使用法、軌道往還機の操縦方法、敵に関する知識から人々を効率よく救出するための人心掌握法まで多岐にわたり、すべてをメモリに叩き込むまで言葉通り三日三晩かかった。

 その間ハルカナは首の後ろのターミナルにぶっといケーブルを差し込まれたまま、どこからか調達してきた勉強机にかじりついて今時珍しい紙のノートを開いてペンを走らせ続けた。情報処理担当の青白い顔をした研究員が何をそんなに一生懸命に書いているのかと尋ねてきて、ハルカナは少し得意げに、

 ベンキョウってこういうふうにやるんでしょ? ハルカナだってそのくらい知ってますから。

 そう答えた。

 青白い研究員は、ふうん、とちょっと興味を引かれた顔をして、どんなことを書いてんの? とハルカナのノートを覗き込んできた。ハルカナはためらってためらってためらってから、

 ――絵のほうがわかりやすいので。大事なことを絵にしてまとめるのです。

 ノートを思い切って突き出した。

 ………………。

 青白い研究員は何とも言えない顔になって、それから絞り出すようにこう言った。

 ……まあ、ハルカナには絵を上手に描く機能は付けてなかったしね。必要ないものだしね。

 ……どーゆー意味ですそれハルカナの絵が下手だって言いたいんですかハルカナががんばってるのをバカにするのはよくないと思いますっ。

 ハルカナはぷんすか腹を立てて、もう二度と青白い研究員にはノートを見せるまいと回路に誓った。

 青白い研究員はごめんごめんと謝ってきたが、ハルカナはぜったい、ぜったい許さないから。

 ……ノートは三日三晩ちゃんと書き続けた。あと、絵が上手くないって言われたことを実は結構気にしていたりする。

 ――半年も経つころには、もうほとんどの準備や試験を終えていた。

 出発は間近だった。

 その日は、最後の運用試験が行われる日だった。

 試験の対象は、「外部武装強化型パワードスーツ改」。『シンデレラ』という通称を持つそれは、もともとあった人間用のパワードスーツを、兵器開発担当班主任のおやっさんがハルカナ専用にチューンアップ、さらに魔改造を施したものだ。とりあえず、瞬間最大出力を持てる技術の限界を駆使して上げてみたらしい。そしたらなんと、計算上では子どもが使ってもパンチ一発で一トンの岩を粉々にでき、百メートルを三・六秒で走れるようになった。すごい。その代わりに犠牲になった強度を補うために、カーボンフレームを考え得る限り付け足したら最大積載重量が笑えるくらいに増えた。ということで、携行式六連装地対地ミサイルや六○ミリ二連軽迫撃砲、六十二口径四○ミリ電磁射出砲、七・六二ミリガトリング砲、その他残っている近接兵器、携帯小火器類を重量限界ギリギリまで積めるだけ積んだ。こうして出来上がった『シンデレラ』をハルカナに着せて、おやっさんはこう言ったわけだ。「わしらが作った『シンデレラ』とハルカナがいりゃあ、一週間で世界征服できるぜ」

 バカである。

 が、この際兵器バカが作ったバカ兵器でもハルカナのためになるのであれば採用してしまえということになった。

 一人地球に行くハルカナのためにしてやれることなんて、『メガホイール』にいる彼らにはそうはないのだから。

 そんなわけで、『シンデレラ』の運用試験である。

 ハルカナの周りには荒野が広がっている。

 立体映像でも、仮想空間でもない。

 本物の荒野である。

 現在の地球上の環境を模して『メガホイール』内に作られた、最大級の実験場である。主に高出力兵器の試験に用いられるここは、実弾をぶっ放そうがミサイルを撃ち込もうが多少のことではびくともしないように作られている。

 だから、ハルカナと『シンデレラ』が本気を出しても大丈夫なはずだった。計算上は。

 構うこたねえ、思う存分暴れてこい。おやっさんにそう言われて、ハルカナは『シンデレラ』の中でウズウズしていた。

 まだエンジンに火が入っていない『シンデレラ』は、外から見れば荒野に座り込んだ真っ赤な巨人の骨格のようにも見える。立ち上がれば2メートルくらいになるその中心に、ハルカナがちょこんと収まっているのが見えるだろう。

 ――ではハルカナ、そろそろ始めよう。

 どこか遠く離れたところにあるモニタリング室から通信が来た。教授の声だ。

 すいっちおんっ。

 待ってました、とばかりに、ハルカナは『シンデレラ』と接続された首の後ろのターミナルを通して各機能との連結を始めた。光速の近似値で信号を遣り取りする。丸めていた身体を伸ばすような感覚の拡大。まずメインエンジンを起動した。『シンデレラ』本体に無数に取り付けられたモーターが一斉に目を覚まし、起動準備状態に入る。動作確認のうなり声。異常なしの信号が次々と返ってきて、全てがグリーンになったところで両手首・足首・腰部・肩部のロックがオン。その間にもハルカナの送った「起きろ」の命令は次々と各機能をキックしていく。両肩部ミサイルラック起動。腰部電磁射出砲・ガトリング砲起動。前肩部多重装甲シールド起動。両脚部軽迫撃砲起動。高機動デバイス起動。最後にシステムオールグリーンの返事があり、ハルカナの意識は現実に戻された。

 ハルカナの視野の中に、『シンデレラ』のより強力な「目」からの情報が溢れるほど書き込まれている。

 ハルカナの光学センサーだけでは捉えられなかった、多数の無人機や砲台や標的が手に取るように視える。

 カウントダウンが響く。

 おやっさんは、思う存分暴れていいと言っていた。

 わかった。できる。やる。ハルカナはひとり大きく頷く。

 ノイズ入りの試験開始。

 それを合図に、高起動デバイス起動。つま先と踵にローラーがセットされ、腰部背面にスラスターが展開。爆発的に発進。姿勢制御。景色が吹っ飛ぶ。一秒とかからないうちに警告音。ロックオンアラートと砲音の嵐。無視した。砲弾の散布界なんてぶっちぎればいい。躊躇わず全ての兵器デバイスを起動、両肩のミサイルと腰の左右の電磁射出砲・ガトリング砲と両脚部の軽迫撃砲を手当たり次第にロックオン。今か今かと気も狂わんばかりのそいつらを思うがままに解放した。



 その日、初めて内壁異常振動警報が鳴った。

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