五章 人形は魂を吸いとるでしょう? 2—2


 さて、翌日。


 蘭さんと猛は五時半に蛭間邸へ行った。出がけに、猛は念をおした。


「いいな。かーくん。この前のストーカー、まだ、つかまったわけじゃないんだからな。外に出るなよ——ていうか、なんで来ないんだ?」

「朝から腹ぐあい悪いんだよ。手料理ごちそうになるのに、なんべんも席立つの失礼だろ」


 そう言って、僕はムリヤリ、るすばんを決めこんだ。


 一人になるなって言われたって、そうはいかないんだよ。

 猛は僕や蘭さんに、ひっついて離れないし。近ごろは買い物にもついてくるし。パーティの準備が、ぜんぜん、はかどらない。

 焼肉って言ったって、肉だけあればいいってもんじゃないんだ。


 蘭さんのマンションは今日をかぎり、猛には立ち入らせない。で、かざりつけをすましてしまう。百均で買ってきたモールやリボン。それに、くす玉。


 なんか三村くん、つかまっちゃって、警察でしぼられてるのに、ごめんねって感じだが。

 年に一度の猛の焼肉食いほうだいの日だ。中止にするわけにはいかない。

 プレゼントはユニクロで服、買った。猛は、あれで物持ちいいんで、ほっとくと、ずっと同じ服きてるからね。

 トンガリぼうしとクラッカーも購入ずみ。


 あとは食材だ。なにしろ、猛の高校からの友人も何人か呼ぶ。猛の友人は、みんな体育会系。やつらは猛獣だ。猛をふくめ。肉、十キロで、たりるかなあ。

 僕は近所のスーパーで、大量の食材を買いこんだ。安い豚肉。ピーマン。タマネギ。キャベツ。ナスビ。トウキビ。焼肉のタレは十本!

 米は当日、十合は炊くとして……酒類は猛獣どもが持参してくる。いや、でもビールだけは二ダースくらい冷やしとくか。


 蘭さんが、やつらの前で泥酔しなきゃいいけど。もしも、寝込んで指しゃぶりなんかしたら、猛一人で守りきれるかどうか。いかに猛でも、きびしい闘いをしいられるだろう。僕は戦力外。


 そのように、僕はスーパーとマンションと自宅を往復して大忙しだ。

 ママチャリのマーちゃん、こわれちゃったしねえ。


 それらのしたくをすべて終えて、僕が自宅へ帰ったのは、八時をすぎたころだ。

 明日の猛のよろこぶ顔を想像しながら、鼻歌まじりに戻っていくと、家の前に、おばあさんが、うずくまっていた。一瞬、夏の風物詩(オバケ)かと思って、とびあがりそうになったよ。


「あ……あの、大丈夫ですか?」


 おそるおそる声をかける。

 おばあさんは、ふりかえった。


「あれ? 京塚さんじゃないですか?」


 うん。まちがいない。京塚さんの奥さんだ。


「ああ……たしか、蛭間さんのお宅で、会うたかたどすな」

「はい。東堂です。どうしたんですか? こんなところで」

「ころんでしもて。足、ひねったみたいなんどす」

「そりゃいけませんね。立てますか?」


 僕は手をかして、京塚さんを立ちあがらせた。しかし、ひねったときに、ねんざしたのか、長い距離は歩けそうにない。


「タクシーを呼びましょう」

「電話で主人を呼んだんどす。もう来る思うんやけど」

「じゃあ、待つあいだ、うちで休んでいかれませんか?」

「ごめいわくや、あらしまへんか?」

「かまいませんよ」


 京塚さんを居間に通しておいて、お茶の用意をする。


「すんまへんなあ。何から何まで、ようしてくれはって」

「たいしたことないですよ。あ、そうだ。ねんざしてるかもしれない。シップ、貼っときましょう」


 僕が救急箱をもってきて、シップを貼ってあげると、京塚さんはすごく喜んでくれた。


「ほんまに、お兄さんも、ええ人でしたけど、おたくはんは、さらに優しいお人どすなあ」


 え? 猛に勝ってる? それは嬉しい。

 なんか、いいなあ。こういうの。

 僕は自分が生まれたときには、ばあちゃんは父方も母方も亡くなってた。

「かーくんって、絶対、ばあちゃん子やろ?」と、よく友人に言われるのは、祖母に対するあこがれのせいかもしれない。

 それか、じいちゃんと猛が甘やかしたせい。


「いやあ、それほどでも」

「うちの孫のむこさんに欲しいぐらいどす」


 京塚さんの孫なら、たぶん年齢的に僕の同世代。愛波さんみたいな美人ならいいなあ。

 なんて妄想ふくらませてるうちに、ご主人のほうの京塚さんが来た。車の運転できたのか。

 僕は二人を見送ってから、夕食をたべた。猛たちが帰ってきたのは、十時すぎだ。


「かーくん。無事か?」

「ぶじだよ」

「おまえに、なんかあったら、おれ、生きてられないからな」

「縁起でもないこと言わないでよ」


 居間に入ってきた猛は、僕に抱きつこうとした。

 が、そこで、ギョッとする。みごとに、青ざめる。


「無事じゃないぞ。かーくん」

「え? どう見ても、ぶじでしょ」


 猛は首をふった。テレビ台を指さす。

「かーくんは、どこ行っちまったんだ?」


 猛の大好き、かーくん人形は姿を消していた……。

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