二章 死体は戸棚にしまいましょう 2—2
「がーん! 細野社長が殺人犯!」
「そうとも限らない。これは立川さんが死ぬ前に考えてたことだ」
「社長をゆすったから、殺されたと考えたわけですね」
という蘭さんに、うなずいといて、猛は再度、念写した。
本日、二枚め。
「あッ、なに、コレ!」
今度は二階だ。階段をあがった、ろうかのとこ。立川さんは思いっきり、愛波さんから平手打ちをくらっていた。
しかめっつらして、蘭さんが言う。
「きっと、イヤな口説きかたして、やられたんですね。向こうでは人前だったから、くわしく言えなかったけどね。じつは、僕も迷惑したんだ。『人形みたいな肌だね』とか言いながら、あちこちベタベタさわってくるから、よっぽど、スタンガンのえじきにしてやろうかと思った」
さよう。蘭さんは、つねにスタンガンを持ち歩いている。ストーカー対策に。
「あ、猛さんが見てる。猛さんね、柔道でオリンピックの強化選手にスカウトされたんですよ——って言ってやったら、手、離しましたけどね」
猛は苦笑した。
「だから、一人になるなって。でも、まだなんか、ひっかかりがありそうな手応えだった」
猛は三枚めの念写をした。一日に三枚、写しきることは、まれ。三枚めだから画面が暗く、ピントもボケちゃってる。いよいよ、なんじゃコレである。
「ひどい。立川さん。お年寄りをころばせてる」
玄関のところだ。玄関は奥行きがあるので、居間から死角になったとこがある。なんと立川さんは、その死角のとこで、京塚さんの奥さんをつきとばしてた。
猛は眉をひそめる。
「そのせいだったのか。おれが一回、トイレに立ったとき、京塚さんが、ころんでたんだ」
「え? そうなの?」
「ああ。だから、三時半より、ちょっと前のことだな。『大丈夫ですか?』って手をかしたら、『年とると足腰よわなって、あきまへんな』って、笑ってたけどな」
うーん。立川さん。ゆるせん。
僕はお年寄り、大事にしない人、きらいだ。じいちゃん子だからよけいかもしれないけど。
「こう言っちゃなんだけど、立川さん。殺されても、しょうがないような人だよね。ひどいことばっかりしてる。こんだけ人から恨み買ってれば、いつか、こうなるのは目に見えてたよ」
「だから、本人も死ぬ前に考えたんだろ。自分を殺しそうな人間を必死に思い浮かべたんだ」
あッと、蘭さんが声をあげた。
「つまり、被害者本人も犯人の顔を見てないんだ」
「この三枚から推察すると、そうなるな。死体は手前に顔向いてたろ。傷口が見えなかった。後頭部をなぐられたってことだ。このへんの髪が、ぬれてるみたいだったし」
猛は自分の手を頭の後ろにあてる。
「立川さんは誰かわからないやつに、とつぜん背後から襲撃されて、死亡した。誰がやったのか心当たりを考えながら、意識を失った」
走馬灯が自分のおかした悪事の数々か。悲しすぎる……。
「なんか、このちょうしだと、他にもいろんなことしてそうだね。この人」
「それはあるな。おれの念写だと、今はこれ以上、撮れないけどな。まだ写せば、撮れるような感触はある。ま、一枚、試しに撮ってみるか」
めったにやらない四枚めを猛は撮った。
もちろん、ポラロイドから吐きだされてきた写真はボケボケ。蒸気が充満した浴室のドアごしって感じ。
でも、それでもだ。
写っているものは、なんとなく判別できる。
「これ、蛭間さんだよね?」
蛭間さんは面長で顔が特徴的だから、輪郭だけでわかる。
「とすると、こっちが立川さんかな」
「争ってるっぽいですよ」
「なんや、うしろに、もう一人立ってへんか?」
「髪が長いような……」
「女とちゃうか?」
蘭さん、考えこんだ。
「じつは、蛭間さんの前では言いにくかったんですけど」
猛は、うなずいた。
「立川さん、言ってたんだろ。蛭間さんの婚約者のこと。聞こうと思ってたんだ」
言ってましたっけ。
フィアンセのことを教えてくれたんだとかなんとか。
「ケンが悪魔にタマシイ売ったのは、ほんとさ。あいつ、婚約者に裏切られたんだ——って、言ってましたね」
「他には?」
「それでタマシイを売ったんですか?って、僕が聞いたら、『うん。復讐』って。蛭間さんが婚約者をモデルにした人形、つくったのは、裏切られた直後だったそうです。そしたら、ほんとに婚約者が死んだ」
猛は、うなる。
「当事者だから、そのへんの事情に明るかったわけか」
つまり、友達の婚約者を寝とったってことですか? ひどい。ひとでなしだ。
何がヒドイって、そんなことしといて、いけしゃあしゃあと、その後も蛭間さんの前に顔だしてるとこ。
蛭間さんも、よく許したなあ。
「今井さんや藤江さんも泣いてなかったしねえ。学生時代からの友人って言っても、あんがい、ドロドロしてたんだね。四人の関係」
「立川さんは女に対して、ひどいことしてる感じじゃありませんか? 念写写真も全部、女性がらみだし。女好き。プレイボーイ。独身主義っていうより、女に恨みがあるみたい」と、蘭さん。
そう言われると、そうかも。
「だとすると、学生時代からの女友達二人に、ちょっかい出してないとは思えないんだけど。だから二人とも泣かなかったのかな」
僕が言うと、
「おっ。かーくん。たまには、いいこと言うな」
猛め。
「たまにはよけい」
「蛭間さん本人に婚約者のこと聞くわけにいかないしな。あの二人と話せば、何かわかるかも」
「だからって、二人の連絡先、知らないよ」
すると、しれっと蘭さんが言った。
「僕、知ってますよ」
「えッ?」
「電話番号とメアド、渡されました。ついでに言えば、蛭間さんと女社長も」
いつのまに。そうか。最初の蘭さんフィーバーのときか。
さすが、絶世の美青年。
蘭さんはソデのたもとから、トランプみたいにズラリと、名刺やメモ用紙をとりだした。
「なんなら、メールしましょうか? 明日、会いましょうって。たしか、今井さんも今夜は藤江さんのとこに泊まるようなこと言ってましたよ」
今日は土曜だしね。世間的に明日は、お休み。うちは年中無休なんだけど……じっさいには年中休暇状態。
「おれたちが事件解決しなきゃいけない、いわれはないんだけどな」
「でも、ゾクゾクするじゃないですか。呪われた人形作家のもとで新たな殺人事件。ぐうぜんか? あるいは過去の連続殺人が関連しているのか?——ああ、たまらない。血が沸きます」
こうこつの表情の蘭さんは……まじヤバイから、やめて。おねがい。
「明日なら、まだスケジュールの都合つきますしね。三百枚だから、十日あれば原稿は楽勝。じゃあ、メールしますね」
と、話してるときだ。
とつぜん、玄関のチャイムが鳴った。十一時半になろうという、この時間に来客? また、蘭さんのストーカーかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます