二章 死体は戸棚にしまいましょう 2—1
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けっきょく、出てきたのは、蛭間さんの(人形の)首だけだった。
胴体部は、どこに行ったのかな。
おかげで、僕らはフレンチレストランにも行けず、五条の自宅へ帰ったのは、夜の十時すぎ。
「かーくん。腹へった。なんか食わしてんか」
三村くんまで、ついてきた。阪急乗って、大阪まで帰るのが、めんどくさいんだな。今夜は泊まる気だろう。
僕らは、ひとかたまりになって玄関に入る。と、居間のフスマが、すっと、ひらく。色白美人が出迎えてくれた。
えっ? 誰かって? もちろん、ミャーコだ。
ミャーコも十さい。小器用にフスマをあけるテクを習得した。猫又まで、もう一息! がんばれ。ミャーコ。
「ミャー。ミャー。薫ちゃんのバカ。バカ。遅い! お腹へったわ」と、彼女は言った。
ほらね。猫語、解せる。
「ごめん。ごめん。ミャーコも、お腹へったねえ。ミャーコはネコ缶。でも、僕らは、どうしよう」
「ピザでいいよ」と、猛。
「右に同じ」
蘭さんがピザでオッケー出すのは、そうとう空腹の証拠。
僕は電話にとびついた。
三十分後。
僕ら四人は居間で猛獣のように、食い物をうばいあった。
「猛! 一人で何枚、食う気だよッ」
「だから五枚は頼めって言ったろ」
「かわりにチキンとポテトつけたろ」
「そんなの前菜だ」
「あッ……蘭さん、今、僕のお皿から、とった?」
「え? 知りませんよ」
と言いつつ、蘭さんのほおばる具は、シーフード。僕がとっといた最後の一枚だ。
「蘭さんだけは信じてたのに……」
「かーくん。人生はサバイバルなんですよ」
あんなに上品だった蘭さんが……いつのまに、僕と猛の争いのすきをついて、エモノをかっさらうという高等技術を身につけたのか……。
「いいよ。もう。小腹ぶん足りないから、出雲ソバゆがしてくる」
島根の親せきから送ってきたやつだ。
「あ、おれも」
「僕も出雲ソバ好き」
「おれ、ソバよりラーメン派やけど、ええわ。このさい、ソバでも」
こいつらは……。
僕がザルそば四人前を持って帰ってきたときには、ようやく猛獣どもは、おとなしくなっていた。
ソバを食べる挙動は人間。
「うん。おいしい。ソバ湯あります?」
「はいはい。ございますよ」
「あれ? かーくん。僕がピザ、とったから、怒ってるの?」
「怒ってないよォ。ちょっとショックだっただけ」
「ごめん。ごめん。食欲が抑えられないときってあるんですね。かーくんの好きなマンゴー、また買ってあげるから」
ああッ、太陽のタマゴォー!
「蘭さーん!」
「はいはい。かわいいなあ。かーくんは」
じゃっかん、御しやすいなあ。かーくんは——と、聞こえなくもない。
とにかく、僕らはソバで満腹した。なんか事件のたびに、こんなことしてる。
「僕らが行くと、殺人事件になるみたい」
「それは違うだろう」
猛は断言する。
「蛭間さんのまわりでは、もとから不審死が相次いでた。モデルが二人死んでるってのは、普通じゃない」
僕はビックリして、ソバの端を口から、たらしたまま、猛の顔を見つめた。
「まさか(ズルッ。もぐもぐ……)これまでのモデルさんも、殺されたんだってこと?」
「その可能性はある。くわしい事情を知らないから、いちがいに、そうだとは言いきれないが」
「まあ、呪いだとか、悪魔と契約したとか考えるよりは、現実的ですよね」と、蘭さんまで。
「……というと、今日のことは、どうなるの?」
「だから、今日のメンバーのなかに、殺人を常習にしてるやつがいるってことだろ」
僕は、ゾォッとした。
鳥肌立てて、ふるえてるってのに、蘭さんは、
「快楽的な連続殺人犯! あるいは邪教的妄執にとらわれたパラノイア!」
うれしそうだなあ……。
「立川さんが殺されたのは、そのへんが関係してるんじゃないか? 殺人犯の秘密を知ってしまったとか。脅迫したとか。立川さん自身が殺人犯で、復讐のために殺されたとも考えられる」
「ああ、立川さん。おれのすべり止めが、のうなってしもた」
三村くんまで今井さんみたいなこと言ってるよ。なんていうか、立川さん、哀れな人だ。誰にも死を悼んでもらえない。
わくわくした感じで、蘭さんが言った。
「連続殺人犯に復讐ってことなら、立川さん殺しの犯人は、おのずと限られてきますよね。家族か、恋人。フィアンセとか」
「そしたら、蛭間さんやないか」
「立川さんがシリアルキラーならって仮定つきだけどな。たしかに、蛭間さんも四時十分ごろに居間を出ていった。不可能じゃない」
猛が言うんで、僕も言ってみた。
「もう念写しちゃったら?」
三人は責めるような目で僕を見た。
「かーくん。ミステリマニアとして、あるまじき発言ですよ」
「ちょっとは考えないと、頭脳がおとろえるぞ」
「横着やなあ」
そ……そんなに責めることないじゃないか。
「だって、せっかくの兄ちゃんの特技。活かさない手はないよ」
そう。うちの猛は長身、超イケメンのうえ、超能力者なのだ。生まれつき、念写能力を持っている。
長生きした、じいちゃんも似たような能力があったみたい。だから、うちの長命男子の特徴なのかもしれない。
カメラにむかって念じると、現在、過去、未来、人の心のなかまで、自由自在に写せる。ただし、日に三枚ほど。静電気が動力らしく、放電しきると、ピンぼけして使いものにならない。
この場にいる四人だけが、猛のこの秘密を知っている。
「まあ、情報不足なのは、いなめないよな。かーくん。ポラロイド、持ってきて」
ほら、見ろ。兄ちゃんだって、その気じゃないか。
しかし、口答えしても、どうせ、やりこめられるだけ。
僕は、おとなしく兄の命令に、したがった。
ろうかをはさんで、はす向かいが猛の部屋。キッチンのとなりだ。
兄の部屋は、意外にかたづいてる。おおざっぱな性格だから、たたんだフトンとか、よれてたりするけどさ。
なんと言っても、圧倒的に私物が少ない。家具の大半は、じいちゃんが使ってたもの。雑誌やCDや、ましてや食玩のオマケなんか、一個もない。古本屋で買ってきた百円のマンガとか、そういうのがないよね。兄ちゃんの部屋は。
なんとなく、死んだあとの遺品整理を念頭においてるようで、この部屋に入ると、いつも悲しくなる。
猛らしい持ち物といえば、柔道着と剣道着くらいか。それらに付随する大量のメダルやトロフィーはダンボール詰めで、押入れだし。
あとは、父さんの形見のポラロイドカメラだ。
「猛ぅ。持ってきたよ」
僕は逃げるように、みんなの待つ居間へもどった。
僕ではなく、猛が先に逝ってしまったあとの世界なんて、考えたくない。そんなの僕だけじゃ、蘭さん、守りきれない……。
猛がカメラを両手に持って、目をとじる。
僕らは息をころして見守った。
フラッシュの光。シャッター音。
さて、出てきた本日、一枚めは——
「……なに、コレ」
場所は蛭間邸。階段わきの出窓の前。細野さんから封筒をうけとる立川さんだ。封筒のあつみは約一センチ。細野さんの、いまいましそうな表情を見れば、すすんで渡しているのでないことはわかる。
「ふつうに考えれば、こういう封筒のなかみは現金ですよね?」
「ゆすり、だよな」
蘭さんと猛が話しだした。
僕も口をだす。じゃないと、この二人は、二人だけの世界に行ってしまうからな。
「細野社長が立川さんに脅迫されてたってこと?」
「まあ、この小憎らしそうな顔、見ればな。若いツバメに月々の手当てを渡してる顔じゃない」
じいちゃん仕込みなんで、用語の古くさいこと。
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