二章 死体は戸棚にしまいましょう 1—3


 なんちゃってね。

 三村くんが、そんなことするはずがない。第一、立川さんとは、今日、知りあったばかりだ。殺す動機がないじゃないか。


 僕が考えこんでるあいだ、みんなも、そのあたりのことを、あれこれ話しこんでた。


 やっぱり、人によって、見るとこって違うんだな。

 兄ちゃんが見てたのは、蘭さんだ。


「蘭。蛭間さんの書斎、見に行ったろ?」

「ええ。行きましたよ。蔵書を見れば、その人の性格ってわかるじゃないですか。蛭間さんの蔵書は美術や工芸の専門書ばっかりだったけどね。でも、『ファウスト』はあった」


 悪魔と契約するのしないのって、長々と続くゲーテのやつね。


「そのあと、立川さんと話してなかったか?」

「あの人、僕のこと追ってきたみたいでしたよ」

「知ってる。『タバコ吸ってくるよ』と言いながら、書斎入っていったから。変だなと思った」


 それで、兄ちゃん、立川さんが出てった時間、おぼえてたのか。注目してたわけね。


「あのとき、なんて言われたんだ?」


 蘭さんは、チラリと蛭間さんをうかがった。


「蛭間さんの亡くなった婚約者の話をしてくれましたよ」


 蛭間さんは、うつむく。

 蘭さんは肩をすくめた。


「でも、けっきょく、あの人、僕をくどいてたんですよね。『蛭間にモデル頼まれても、こまるだろ? しつこかったら相談にのるよ』って、電話番号書いたメモ、渡されました。『僕は迷信は信じません』って、つっかえしましたけどね」

「うへえ。立やん。ついに男の子にも血迷ったか」


 もちろん、こう言ったのは猛ではない。今井さんだ。


 蘭さんは何か言いたそうに、猛を見つめた。

 なので、今井さんは、またもや歯をむきだして笑った。きっと、今井さんの妄想のなかで、蘭さんと兄ちゃんの視線の意味は、こうだ。


「猛さん。僕、ちゃんと断ったよ。僕が愛してるの、猛さんだから」

「わかってるよ。蘭。おまえを信じてる」


 う……ダメだ。考えてたら、気持ち悪くなってしまった。うぷぷっ。兄ちゃん、蘭さん、ごめんなさい。


 栗林さんが警察手帳を見ながら言った。

「亡くなった婚約者というのは、谷口美里さんですね。二階のカギのかかった部屋の」


 亡くなったフィアンセの部屋だったのか。それで、カギがかかってたんだ。


 蛭間さんは主張する。

「あの部屋のカギは、私が肌身離さず持っています。だれも入ることはできない。殺人事件には関係ない」


「そうですね。あの部屋からは古い指紋と、あなたの指紋しか出てきませんでした」と、栗林さんは、うなずく。


 ってことは、開かずの間も警察は調べたのか。

 現場のアトリエからは、蛭間さんや立川さん、それに、愛波さん、今井さん、藤江さんの指紋が出た。あっても、ふしぎじゃない人たちばっかりで、殺人の決め手にはならない。


 と、そのときだ。

 キッチンから、悲鳴が聞こえた。


「わッ、生首だ!」


 なんですと?

 そっちを見ると……うーん、生首にしては、ずいぶん小さいなあ。首狩族の細工ずみの首か?


 キッチンの食器だなの一番上の段に、その小さな首がのっかってる。

 おかしいな。僕が調べたときには、あんなもの入ってなかったぞ。


「キッチン、しらべたの、かーくんだよな?」

「うん。なかった。絶対、なかった。冷蔵庫のタッパのなかまで、一つずつ、あけて調べたんだよ。とだなのなかだって、全部、見た」


 とはいえ、現実に、それは、そこにあった。


 鑑識の人から栗林さんに渡され、僕らの前にやってくる。とうぜん、ジップロック。

 思ったとおり、それは首狩族の首ではなかった。見るのは初めてだが、正体は、ひとめでわかった。だって、蛭間さんに、そっくりだったから。


 かくれんぼに飽きたのだろうか?

 なくなったはずの蛭間さんの新作が、首だけになって現れた。

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