二章 死体は戸棚にしまいましょう 2—3


 以前、家の前で、蘭さんを出せって、さわいでる人いたし。二、三度、宅急便のふりして、押し入ろうとした人がいた。


 そんなんだったらイヤだなあと思いつつ、僕は立ちあがった。すると、


「いいよ。おれが出る」

 すっと立って、猛が歩いていく。


 かっ、カッコイイ……。


 夜分遅くの客が変な人だと困ると思ったんだね。

 兄ちゃんはね。ふだんはナマケモノだけどね。こういうときには、さりげなく動いてくれるよね。いざってときには、頼れる猛。


 兄ちゃんはインターホンで受け応えしたあと、玄関をあけて外へ出ていった。門前まで(せまいが前庭がある客を迎えに行ったらしい。

 あわてて僕はピザの箱や食べちらかしたソバの器を、キッチンへ運ぶ。


「蘭さん。写真、かくしといて」

「オッケー」


 いちおう、兄ちゃんの念写はヒミツだからね。だんだん、ヒミツの共有者、ふえてきたけど。


 急いで僕らが部屋を片づけたところへ、猛が客をつれてきた。


「こんな時間に予告もなく、たずねてきて、すみません。でも、腕のいい探偵さんだと聞いたから」


 頭をさげて入ってきたのは、なんと、愛波さんだ。僕の宣伝の効果が、こんな形で、あらわれるとは。ナイス、僕。


「そういうことなら、僕はジャマしちゃ悪いですね。お風呂にでも入ってきます」


 蘭さんは気をきかせてくれた。

 というより、愛波さんから得られる情報を歓迎してくれたのだ。


「ほな、おれは……どないしょう」

「猛の部屋にいてよ」


 ほんとは洗いものしてくれたら助かるんだが。三村くんは、そういう気をまわしてくれる人ではない。


 ミャーコはいても、かまわなかったのに、知らない人を見て、あっさり、蘭さんについていった。


 さて、部外者がいなくなったところで、単刀直入に猛が切りだした。


「依頼というのは、なんですか?」

「今日の事件の犯人を見つけてほしいんです」


「立川さんを殺した人のことですか?」

「ええ、いえ、はい。そうなんですけど……」


 イエスともノーとも、はっきりしない返事。

 愛波さんは僕と猛の顔を交互に見つめた。


「ほんというと違うんです。例の兄のウワサなんですけど……」

「悪魔と契約したとか、タマシイを吸いとるとかいう、あれですね」

「そのウワサが立ったのは、モデルが何人か立て続けに亡くなったからです。最初に亡くなったのは、兄の婚約者の谷口さんです」


 うん。うん。ちょうど今、その話してたんだよね。


「いつですか?」

「兄が二十五のときですから、十年前です。兄は人形作家として、みとめられ始めていました。わたしにも人形を作ってくれたんですよ。誕生日のプレゼントに」

「その人形は、あなたがモデルなんですか?」


 すごく重要な秘密を打ち明けるような顔つきで、愛波さんは言った。


「そうです。わたしがモデルです」


 猛は口元で、にぎりこぶしをつくる。兄ちゃんの思案中のポーズだ。

 テレビで言ってたけど、こぶしをにぎると記憶力が高まるという。猛は無意識にしてるみたいだけど、だから根拠のないポーズではない。なにがしかの効果があるのだろう。


「モデルになった人が全員、亡くなるわけじゃないんですね?」


 愛波さんは笑った。びみょうに挑戦的な笑み。

 およっ。なんか、最初のイメージと違うぞ。


「だって、わたしの人形は誰にも見せたことがないですから。そんな人形があることは、家族しか知らないんです」


 にぎりこぶしのまま、猛は愛波さんを見る。


「つまり、あなたは家族以外の誰かが、お兄さんの人形のモデルになった人を殺してる——と考えている」

「そうです」


 言いきりましたね。

 しかし、それは僕らの(ていうか、猛の)考えと同じだ。


「じつは、おれたちも、そうなんじゃないかと話してたところです。立川さんが亡くなったのは、そのことが関係してるんじゃないかと。あなたも、そう考えたわけだ」


 愛波さんは、うれしげに微笑んだ。

「よかった。あんなインチキなウワサに、まどわされない人もいるんですね」


 うっ……まどわされましたよ。僕は。


「つまり、あなたは、モデルを殺して、お兄さんを苦しめている人を見つけてほしい。そういうことですね?」


 愛波さんは、うなずいた。

 おおっ、久々にマトモな依頼だ。


「しらべてもいいですが、古い事件だ。解決できる保証はありません。それでも、かまいませんか?」

「はい」


 愛波さんは夏らしいカゴバッグから、茶封筒をとりだした。

「これ、依頼料です。とりあえず、二十万、入ってます」


 しかも、タダ働きじゃない! 感激!


「そのへんのことは、あとで薫と話してください。経理は弟の担当なので」


 猛に任せといたら、経費バンバン使っちゃうじゃないか。


「でしたら、あなたの知ってるかぎりでいい。谷口さんや、ほかの亡くなったかたのことを教えてください」

「あのころ、わたしは、まだ十四だったので、多くは知りません」

「いいですよ。知ってることだけで」


「谷口さんは兄の学友の一人だったようです。今井さん、藤江さん、立川さん。それに、もう一人、阿久津さんという女性と、六人が、仲よしグループだったらしいですね。卒業して、兄と谷口さんは結婚の約束をしました。それで、いっしょに暮らしだした。それが今の、あの鞍馬の家です」

「二十代なかばに、あれだけの家を建てたんですか? それは、すごい」


 いやいや。兄ちゃんだって、別の職についてれば、とっくに、ひとかどの人になってるって。スポーツ万能だから、野球とかサッカーとか、本気でやってればさ。今ごろ、億かせいでたのに……。


「いえ。父の遺産です」

「ああ。資産家だったんですね」


 京都はね。土地持ってると強いよね。同じ条件のマンションでも、大阪梅田の駅前より、京都市内のほうが倍以上、高い。


 ちなみに、うちもバブルのころは、自宅つぶしてマンションにしませんかって誘いが、イヤってほどあったらしい。じいちゃんが全部、叩きだしてたけど(今は兄ちゃんが)。


「ええ。それで、いっしょに暮らして二年めに、谷口さんは亡くなりました。自殺だそうです」

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