二章 死体は戸棚にしまいましょう

二章 死体は戸棚にしまいましょう 1—1

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 飾りだなの高さは約二メートル。よこ幅九十センチ。奥行きは五、六十センチくらい。


 内部は三段で、一番下の段だけ広い。人間が一人、入りこむことはできる。

 そして、そこに、手足をまるめた胎児みたいなカッコで、立川さんは寝ころんでいた。体育座りのまま、よこ向きになったみたいな体勢。

 死んでるのは、ひとめでわかった。頭から血を流してる。顔に血の気がない。


「愛波さん。さっきの手ぶくろ、持ってきてくれますか?」


 猛に言われて、愛波さんが階段をかけおりていった。

 しばらくして、愛波さんがビニール製の手ぶくろを持って帰ってくる。

 猛は、それを手に、はめると、まっすぐ飾りだなに近づいていった。


「ああ、ズルイ。僕も近くで見たい」


 蘭さん、そんな、目を輝かせて……。


「来てもいいけど、手ぶくろはしろよ」


 蘭さん、いそいそと手ぶくろして嬉しそうに入っていった。


 僕は戸口で、蛭間さんといっしょに、怖々、のぞくばかり。


 以下は、猛と蘭さんの会話。


「ここ、人形が入ってませんでしたか?」

「そこに立ててあるやつだろ」


 作業台の上に、女の子の人形が三体、立っている。ちゃんと服着て、仕上がってるやつ。

 みんなでアトリエを見たときは、飾りだなの中に入ってた。僕も見おぼえがある。


「カギは差したままか」


 ガラスとびらのカギ穴に、小さなカギが差しこんであった。


 さっき、蛭間さんが戸棚のなかに置きっぱなしにしてたもんね。


 猛がガラス戸をひっぱると、カタカタと音がして、ひっかかった。カギは、かかってる。


「生死の確認をするために、あけてみます」


 猛は蛭間さんの了承をとろうとして言った。でも、蛭間さんは上の空だ。

 ぼうぜんとしてるのかな。ふつう、死体みたら、そうなるよ。それも、友達の死体だ。


 猛がカギをまわし、ガラス戸をひらく。猛は立川さんの首のとこをさわって、すでにわかってることを断定した。


「亡くなっています」


 だろうね。その顔色じゃ。


「あ、まだ、ずいぶん、あったかいんですね」


 蘭さんも、さわってる。

 この二人、心臓に鉄の毛が生えてる。いくら慣れたからって、僕にはムリ。


「ここは、このままにして、警察を呼ぼう。これ以上は捜査の支障になる。全員で居間に戻ったほうがいい」

「待ってくださいよ。猛さん。殺人現場なんですよ? 僕、写真が撮りたい」


 ら、蘭さん……。


「電話かけてるあいだだけだぞ」

「わかってますって。現場の物は動かしません」


 電話は僕がケータイからかけた。

 そのあいだ、蘭さんは夢中で写真を撮りまくっていた。キレイな顔して、ほんと、悪趣味なんだから。


 ちなみに、猛が自分で電話かけないのには、わけがある。ある事情で、猛は、ふれあう人を悶絶させるほどの静電気体質なのだ。破壊した電化製品は数知れず。


 僕が通報したあと、寸暇をおしんで連射し続ける蘭さんを、猛が引きずりだした。


 みんなで一階におりる。

 警察が到着するまでのあいだ、居間で待つ。


「立やん、死んじゃったの?」


 女性陣は現場も死体も見てないからね。信じられないみたいだ。

 僕らがドッキリ仕掛けてるとでも思ってるのかも。


 猛が説明する。


「残念ながら、亡くなってます。凶器は見あたらなかったが、鈍器のようなもので、なぐられてる。蘭も言ってたが、遺体が生あったかかった。死後、二、三十分じゃないかな。立川さんが居間を出てくのを、おれが見たのも四時すぎだった。ここ一時間以内の犯行ですね」


「信じらんない。川床でビールがパーだ! 予約、取り消しとかなきゃ」


 今井さん、意外に現実主義者!

 こんなときに川床って……。


「こんなんやったら、うちらも細野さんに乗せてもらえばよかったねえ。そしたら、警察、会わんですんだのに」


 ええっ……藤江さんまで。

 なんか違うなあ。学生時代からの友人が死んだんだよ? もっとこう、泣きさけぶとか、ないんだろうか。


 猛が忠告する。


「ムダですよ。犯行時間に同席してたんだ。おれたちは全員、重要参考人です。警察は必ず聴取に来ます。細野さんや京塚さんのところへも、すぐに刑事が向かいますよ」

「そうなんや。サスペンスドラマみたいやねえ」


 やっぱり、まだドッキリを疑ってるのかもしれない。


 でも、そこで、ウーウー、サイレンならしながら、警察がやってきた。京都府警だ。


「男性が殺されているというのは、こちらですか?」


 警察手帳を見せながら、刑事さんが玄関を入ってくる。


 僕ら四人は同時に声を発した。つまり、僕、猛、三村くん、蘭さんの順番で。


「あっ、栗林さんだ。畑中さんも」

「ご無沙汰してます」

「どうも」

「言っときますけど、今回は僕のアリバイ、かんぺきですからね」


 栗林さんは、ゲタを飲みそこなったフレンチブルドッグみたいな顔を、あんぐりした。


「また、君たちか……」


 また——って、言いたくもなるよね。これで二度めだ。

 栗林さんは知らないが、じつは、前の事件と、この事件のあいだに、僕らは出雲でも殺人事件にあっている。


「なんなんですか? 探偵だから呼ばれてきたの?」

「たまたまです」


 たまたま殺人事件……いやだ。こんな毎日。


 はっはっはっと、かたわらで畑中さんが笑う。信楽焼のタヌキみたいなおじさんだ。長身の栗林さんとならぶと、すごいデコボココンビ。


「まあまあ。ええやないか。援軍や。援軍」


 ありがたい。畑中さんは僕らに好意的だ。


 とにかく、知り合いの刑事さんがいたんで、情報の受け渡しは、すんなりいった。おもに猛が説明した。栗林さんがメモをとりながら、質問する。


「被害者は立川翔吾さん。三十五さい。大手玩具メーカーの課長さん。住所は?」


 それには、蛭間さんたちが答える。僕らは、全員、居間に集まったままだ。二階は鑑識さんに占拠されてる。


「東京で一人暮らしか。妻子はないんですか?」

「彼女は二、三人、おったんちゃうん?」

「そうそ。どれが本命ってわけでもなく」

「独身主義ってやつですね」


 だから、女性陣が、そっけなかったのか?


 蛭間さんが言う。


「たしか、実家が山形ですよ。ケータイをしらべれば、両親と連絡がとれるんじゃないですか?」


 立川さんのケータイは遺体のポケットに入っていた。サイフもあった。

 ところがだ。立川さんが持ってたのは、それだけじゃなかった。司法解剖のために遺体が戸棚から出されたあと。立川さんの体と、たなの裏板のあいだに、ある物が、はさまっていた。


「これは、蛭間さんの作品ですか?」


 ジップロックに入れられた人形が、僕らの前にかざされた。それは、蛭間さんの作品ではなかった。


「ああっ! 兄ちゃん! 無事だったァ」


 三村くんの作った猛人形だ。

 今はいない半身(僕ドールね)を虚空に見おろす視線に、うれいが満ちている。ああ、兄ちゃんが『かーくん、どこ行ったんだ?』って言ってるよ……。


「それは三村の作ったやつですね。おれと薫と蘭をモデルにしたのが一体ずつ。パーティーのあいだに、おれと薫のがなくなって。そうか……立川さんが持ってたのか。薫のは?」


 猛の問いかけに、栗林さんは首をふった。


 たしかに、立川さんはバッグを所持してなかった。車もない。人形をかくし持ってることは不可能だ。猛人形一体だって、どこに隠してたんだろう?

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