一章 人形は、かくれんぼしましょう 3—3
「ほかのかたは来ないんですか?」
「おれは年に二、三度かな。仕事で関西に来たときしか寄れないから」と、立川さん。
「細野さんは?」
「わたしは月に一、二度かしら。人形の受け渡しは、かならず自分でしています。それ以外は電話かメールね」
最後に、京塚さん。
「わてらは、ほんま、ひさしぶりどすな。蛭間はんのほうから来てくれはることは、ようおます。わてらは年やさかい、ここまで来るんは骨が折れますよって」
京塚さんの住所は南区。羅生門跡とかあるあたりだ。鞍馬は遠いよね。自家用車じゃないと。
「どっちみち、京塚さんは戸棚のカギのこと、ご存じなかったよ」と、蛭間さんが言った。
「では、ご夫妻は除外するとして。残る五人の持ち物をしらべれば早いんですが」
蛭間さんの返事は早かった。
「そこまでする必要はない」
「そうですね。警察にも届けないなら、ここまでにしておきましょう」
ん? 猛が引いた。どうせ、めんどくさくなったんだ。依頼じゃないから、金にならないし。
中途半端な探偵だなあ。
もっとカッコイイとこ、見たかったよ。
「あたしは、かまわないよォ。カバンに入ってるのは、サイフと、この子だけェ」
いきなり、今井さんがカバンをさかさまにした。東京から来たにしてはラフなトートバッグだ。
小学生が使ってそうな可愛いキャラクターもののサイフと、ほぼカバンサイズの人形がころげだしてくる。
これかッ! ちょっと痛い感じの子って。
つぶらな瞳の、よくあるヌイグルミ……なんだけど、かわいそうじゃないか! 手足にホウタイまいて、涙ためてる。もう、ギュッとしてあげたい。ギュッ——って……僕、完全に乗せられてる?
今井さんは、ニヤリ。
「ムニュ口くん、やっぱりね。君、同志」
う……うーん、否定できない。
たしかに、えもいわれぬ、このケガかげん。『ここ、イタイの』と言ってるかのような口元。ダッコして、さすってあげたい……。
「ちょっと貸してください」
言ったのは、僕じゃない。猛だ。
まさか、猛。ダッコするのか?
僕ですら、ガマンしてるのに。
猛は今井さんの怪我ドールを受けとって、しばらく見つめていた。
が、猛には、その子の声は聞こえないようだ。「どうも」と、淡白に言って返す。
なんなんだ。
「じゃあ、うちも」
「わたしも」
みなさんは自発的にカバンのなかみを、テーブルの上に出した。もっとも女の人たちのバッグは小さい。四十センチ以上の人形が入るわけない。立川さんなんか、カバンじたいないし。
「バッグはホテルに置いてきたよ。着替えしか入ってないしさ」
とうぜんか。
こうなると、いよいよミステリーだ。家じゅう探して、各自のバッグのなかも見て、それでも人形は出てこない。
四十センチといえば、けっこう大きい。そうそう隠せる場所はないはずなのに。
「あっ、そうか。車のなか?」
ふっと、ひらめいて、僕は言った。が、猛に笑われた。
「ムリだよ」
猛が示す窓の外には、青、黄、赤の信号機色の車が、バッチリ見えている。
そうだよね。ムリだよね。ここから丸見えだ。荷物の出し入れなんかしてれば、みんなにバレバレだ。
もしかして、これは本格的に不可能犯罪なのか?
蛭間さんが、とりなす。
「もういいよ。これで、ここにいる人たちは違うことが証明された。きっと本職の泥棒が、いつのまにか盗んでいったんだろう。人形は、また作りなおせばいい」
ドロボーが、わざわざ選んで、蛭間さんドールを盗んでいくのかな。もっと売れそうな女の子の人形を盗むんじゃないかな。第一、この家には金目の物はゴロゴロしてる。何も二階まで行かなくても……。
と思ったが、僕も大人だ。だまっておいた。蛭間さんが事を荒立てたくないなら、僕らの口出しすることじゃない。
さてと。じつは、かんじんなのは、このあとだ。
僕らはお茶をわかしなおして、誕生会の続きをした。
このあいだは、みんなが、いろんな組みあわせで歓談した。トイレやキッチンにも行った。出入りが、かなり激しかった。なので、全員、アリバイはあってないようなもの。どの時間に誰が室内にいて、誰がいなかったかとか、よくおぼえてない。
まあ、蘭さんだけは、かんぺきなアリバイがあるよ。いつも、必ず誰かが、そばについてたから。
蛭間さんもホストだから、あちこち行きはするけど、けっきょくは蘭さんのもとに帰ってくる。
「さっきも言ったとおり、私は自分の人形で実験をします。もし、それで安全性がたしかめられたら、モデルになってもらえますか?」
「それは……どうしようかなあ。モデルって言われても、僕にも仕事があるし。十七日が締め切りなんだけど、祇園祭は遊びたいじゃないですか」
蛭間さんは、うれしそうに笑った。ニマッとして、申しわけないが薄気味悪い。
「祇園祭か。いいですね。あなたを初めて見たのも、じつは祇園祭なんです」
「もしかして、僕が稚児をしたときの?」
「えッ?」
なにげに聞いてた僕は、思わず大声を出してしまった。
「蘭さん、稚児したことあるの?」
「母の実家が月鉾町にあるんです。その関係で」
し、知らなかった。
てっきり、お公家さんどおしのお見合い結婚かと……。
「ひとつきも女の人に会えなくなるし(潔斎のためね)、僕はイヤだったんだけど。母や叔父に、ぜひにと頼まれて」
祇園祭は、もちろん、みなさん、ご存じの京都三大祭のひとつ。
豪華にかざりたてた山鉾が京都の町をねりあるく山鉾巡行は、超有名。
なかでも一番、知られてるのが、月鉾町の月鉾だよね。生きたお稚児さんが乗ってる、ゆいいつの鉾だし。お稚児さんは月鉾町の住人しかなれない。やりたい人も多いから、数年先まで順番待ちだ。誰でもなれるってもんじゃない。
「蘭さんの稚児なら、ものすごいキレイだったろうなあ!」
「当時は、さわがれましたね。百年に一度の生き稚児だとか、もてはやされて。でも、あのおかげでストーカーに狙われるようになったんです。僕にとっては不幸の始まりだった」
ああ、そりゃねえ。
ふつうの子どもでも、きんらんどんすの稚児服きて、白ぬりのお化粧すれば、ずいぶん可愛く見える。
けど、それが蘭さんなら、それこそ、この世のものとも思えないほどビューティフルだっただろうからね。
「ああ、見たかったなあ。僕も。蘭さんの稚児」
「うちに父の撮ったホームビデオがありますよ。テレビ放映されたときの録画もあるし」
「今度、見せて!」
「いいですよ。父に頼んで持ってきてもらいましょう」
あれ? なんか、僕のとなりで蛭間さんがモジモジしてる。
「テレビの放映は、私も見ました。誰だったか忘れたが、知人が録画映像をくれたので。でも、ホームビデオか。私も、ぜひ見たいものです」
蛭間さん、なんか目をうるませて、じょじょに蘭さんとの距離をつめていく。
大丈夫なのか?
ほんとにアーティスティックな情熱だけなのか?
それとも、この人も赤城さん的要素があるんだろうか。心配だ……。
「しかたありませんね。では、また、いずれ持ってきます」
蘭さんが承諾したのは、絶対、ホラーないわくつきの蛭間さんの生態に興味があるせいだ。
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