一章 人形は、かくれんぼしましょう 3—2


 僕らは数人ずつにわかれて、家じゅうをさがした。それはもう徹底的に。


 僕は愛波さんとキッチンをしらべた。

 流しの下はハズレ。冷蔵庫は……ハズレ。ゴミばこには生ゴミが少々。

 テーブルの上のエコバッグのなかは、カボチャとミンチか。


「蛭間さん、料理するんですね」

「兄は器用ですから。でも、そのフクロは、わたしが買ってきたんです。兄にカボチャでも炊いてやろうと思って」

「あ、うちもね。猛の好物なんですよ。なんか昔、ばあちゃんが炊いてくれたらしくって。そういえば、最近、作ってやってないなあ。夏は手がるにできるものになっちゃうから」


 今日の夕飯、カボチャでもいいかな。豚バラ肉と炊いとけば、猛はオッケー。問題は、蘭さんだな。いかに好物でも、毎日、あげだし豆腐じゃ、もんく言われそう。


「かーくん。僕のあげた食費じゃ、豆腐しか買えないんですね」


 てなぐあい。


 しょうがない。暑いけど明日は錦まで行って、高級魚ゲットしてこよう。決して食費を着服してるわけじゃないとこ、見せとかなくちゃ。


 考えてると、愛波さんが言いだした。

「東堂さんのお兄さんって、ふしぎなかたですね」


 ギクッ。もしや、これは、いやなパターンか?


「ごめん。かおるのあんちゃん……(略)」っていう、あれか?

 まだ、お友達にもなってないのに。


「そ……そうですか?」

「さっきまで、ほとんど何も、しゃべらなかったんですよ。みんなの輪の内と外の境界に立ってるみたいに。内でもなく、外でもなく、しぜんな位置で」


 猛には、そんなとこあるね。

 他人を拒絶してるわけじゃないんだけど、ちょっと一線おいたような。全体をかんさつして、必要なときには適度に入っていける位置を、いつも、さりげなく保ってる。


 それがなんでなのか、僕は知ってる。

 東堂家にかかる呪いのせいだ。

 いつでも、どんなところでも、僕の窮地に、かけつけられるように、ふだんは人とのつきあいをセーブしてる。もうそういうのが性格になっちゃってるのかもしれない。


 弟の僕としては気になるとこだ。

 もっと、あけっぴろげになってくれてもいいのにな。じゃないと、僕がいなくなったとき、猛、泣くじゃないか。


「うん。そうなんだよね……」

「なのに、人形がなくなったとたん、急にテキパキ動くから、『あれ? こんなに、しゃべる人やったん?』って感じで」

「猛はね。いざってとき頼れるやつなんですよ」


 言いながら、僕は、終わったな、と考えていた。

 短かった。夏の恋。一瞬の思い出か。


「なんだか、刑事さんみたい」

「刑事じゃないけど、私立探偵なんです」

「え? 探偵? あの『じっちゃんの名に……』みたいな?」


 世代だなあ。そこで『じっちゃん』のほうじゃないんだ。


「いや、うちの専門は人探しなんですけどね。家出人とか、生き別れの家族とか。でも、殺人事件を解決したこともありますよ」


 ライバルの後押しして、どうするってもんだが……ダメだ。兄ちゃんの自慢したい! 口が止まらない!


「え? 殺人事件?」

「僕らが無事なのは、猛のおかげなんですよね。じゃないと死んでたっていうか」

「そうなんですか」


 ああ……これで完璧に愛波さんの心は猛にかたむいた……かな?

 まあ、しょうがない。

 だって、兄ちゃんはカッコイイんだもんね(僕も、ブラコン)。


 キッチンを調べおえて居間に帰る。みんな集まっていた。

 人形は出てこなかった。どろぼうさんは返す気がないらしい。


「なかったですね」

「戸棚や引き出しはもちろん、トイレの貯水槽のなかまで調べたよ。そっちは?」

「もちろんだよォ。まあ、書斎は人形かくせる場所、少なかったけどねえ。ケンさんは寝室でしょ?」

「徹底的に探した。床下の収納も、全部」


 と、みんな、ゴチャゴチャ報告しあう。


 猛が言った。

「戸棚のカギは、どこに保管しているんですか?」

「アトリエのカギは寝室だ。三時すぎから、みんな集まってきたが、誰一人、二階へは行ってない。それは断言できる」


 そうかなあ?

 パーティのカオス状態になってからは、それほど断言はできないと思うけどね。

 でも、まあ、僕らが来る前は、蛭間さんも蘭さんに張りついてないから、目は行き届いてたか。

 それに、なにしろガラスばりだ。みんなが監視しあってるようなもんだしね。


「アトリエのカギはってことは、こっちのは違うんですか?」

 猛は親指でリビングの飾りだなをさした。


「そこのは書斎のデスクの引き出しに入れっぱなしだ。ぜんぜん、使ったこともない」

「なるほど」


 猛は、ちょっと考える。

 こういうときに、なんか、ひらめいてることが多いんだよな。でも、教えてくれない。


「じゃあ、そのカギを持ってきてもらっていいですか?」


 蛭間さんは気のすすまない顔をした。


「引き出しのどこに入れたか、おぼえてないんだが」

「かまいませんよ。待ちます」


 しかたなさそうに蛭間さんは出ていった。ガラスのカベごしに、みんなが見守る。


 蛭間さんはデスクの引き出しをさんざん、かきまわした。あげく、手ぶらで帰ってくる。


「見つからない。どっかに、まぎれてるはずだから、あとで探しとくよ」


 猛は無言だ。

 なにを考えてるのか、わが兄ながら、その表情からは読めない。


「……しかたないですね。じゃあ、みなさんに聞きます。寝室にあったアトリエのカギ、みなさんは置き場所を知ってましたか?」


 ああ、ウットリ。ひさびさに探偵らしい兄ちゃん。最近、ミャーコとクーラーの前で、のびてること多かったから……。


「それは、みんな知っとったんちゃう? ケンさん、べつに、かくしとったわけちゃうし」


 とまどうような口調で、藤江さんが、みんなに問いかける。


「だよね。あたしと優羽は仕事柄ってのもあるけど」


 今井さんが、自分と藤江さんを指さしながら言う。


「仕事というと、共作でもされてたんですか?」

「共作ってほどじゃないよ。たまに頼まれて、ドールの服、作ってただけ。あたしは、ほんと、たまだけど。優羽は家も近いしね」

「住所、聞いても、かまいませんか?」


 猛が言ったので、このとき、僕らは彼らの住所を知った。

 藤江さん、愛波さん、京塚さんは京都市内。今井さん、立川さんは東京。細野社長は横浜だ。


「では、こんなふうに、みなさんで集まることは、まれなんですね?」

「あたしと優羽は、けっこう自分勝手に押しかけるけどね。マナちゃんも、家事、手伝いに、よく通ってるよね」


 愛波さんは補足した。

「兄は仕事に、ぼっとうすると、三食くらい平気で抜くんです。ほっとくと、飢え死にしてしまいますから」


 猛は……それはないな。食欲大魔王。

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