一章 人形は、かくれんぼしましょう 2—3
背のびして、のぞきこむ。兄ちゃん、三村くん、ジャマ。これ見よがしにノッポなんだから。
三村くんの手元が見えた。
僕の背中には、折りたたみ式の羽がついてる! かたっぽだけどね。半分、天使。
「なんで、かたっぽ?」
兄ちゃんの頭ごしに、たずねる。
三村くんはニヤッと笑った。
今度は猛人形の服をむしりとる。兄弟でストリップですな。
猛のパーカーの下にも可動式の羽がついてた。やっぱり、かたっぽね。向きが僕のと反対だ。
「ほら、これで両翼や」
人形は二体で一対のツバサを持っていた。肩をくんで、助けあって飛べってことですか?
蘭さん、大ウケだ。
「ふつう、魂の片翼って、夫婦のことでしょう? 比翼の鳥。連理の枝」
「ええやんか。こいつら、近親ソーカンかっちゅうくらい、仲ええし。これの正しい鑑賞法は、こうなんや」
三村くんは、僕と猛の人形をだんろの上に、すわらせた。それで初めて気がついた。
人形の僕と猛は、ならべて座らせると、ちょうど、視線が、たがいを見つめあうようにできている。
うむ。バカっぽく、ななめ上見て笑ってるのは、そのせいだったのか。僕ドール。
ちょっと安心した。
「うん。いいねえ。兄弟愛、出てる。出てる」
「ほほえましい」
「クリスマスのショーウィンドウに似合いそうだね」
「たしかに、これはビスクドールで作ったほうがいいね。コンセプトに合ってる」
蛭間さんにも、ほめられて、三村くんは、ここぞと、もみ手をした。
「ちゅうことで、弟子にしてくれませんか? 蛭間さん」
人形作家は苦笑いした。
「君に創作意欲と才能があることは認める。だが、ビスクドールの製作技術を身につけたいだけなら、ほかの人形工房をたずねればいい」
「蛭間さんのテクを盗みたいんですわ」
あ……あつかましい。
しかし、なぜか蛭間さんの友人たちは好意的だ。
「盗め。盗め。芸は盗んでなんぼだよ」
「しょうがないなあ。まあ、気が変わったら、型の件、連絡してくれよ」
「ごめんな。うち、ベア専門やさかい、なんも教えてあげられへん」
藤江さんはテディベア製作か。そんなイメージだ。
「あの、もしかして、蛭間さんのご友人って、みんな人形作家さんですか?」
よこから入って、聞いてみる。
立川さんが肩をすくめた。
「あっ、すいません。立川さん以外のかたは……」
教えてくれたのは、蘭さんだ。
「ああ、かーくん。さっきまで、いなかったんですよね。みなさん、学生時代の友人っておっしゃってたでしょう? それって、東京の造形芸術アカデミーなんだそうです。三村くんの先輩たちですよ」
それで、三村くんに優しいのか。
「あたしはね。ラグドール。ぬいぐるみだよー。ホウタイとか、眼帯とか、血のりとか。手術跡とか。ちょっと痛い感じの作ってるー」と、ひなたさん。
そんなの、ダッコしたがる人がいるのか。世の中って、わからない。
「ケンさんが一番、出世頭だけどねえ。あたしたち、ぐうぜん、三人とも人形作家になったんだあ」
ふうん。ぐうぜんか。
たしかに、ベアなら需要は高そうだ。手作りベアの世界大会とかあるらしいし。
「いいですね。学生時代の友人が同じ職業だと。いろいろ話もあうだろうし。ほかにもアーティストの友達いますか?」
友人ご一同は、なぜか瞬間、口をつぐんだ。
なんだろなあ。空気が緊張したような。
そこへ、愛波さんの声がした。
「みなさん、ケーキ食べませんか?」
「あ、いいね」
「食べたい。食べたい。甘いもの、食べたい」
愛波さんが出ていき、しばらくして、すごく立派なホールのケーキを運んできた。
どう見ても、高級洋菓子店のそれ。
あっさり切りわけられて、テーブルにならべられる。
いいのか? ほんとに、それでいいのか? 誕生ケーキ。ハッピバースデーツーユーは? ロウソク点火アンド吹き消しは? クラッカーは?
うーん、うちとは、えらい違いだ。
まあ、主役の蛭間さん以下、だれも何も言わないし、いっか。
洋酒のきいたケーキを堪能したあと。女社長、細野さんが言いだした。
「それで、蛭間さん。新作は?」
新作? そういえば、そんなこと、誰か言ってたっけ。
蘭さんのこと、蛭間さんの新作だと思ったとかなんとか。
「ええ。持ってきましょう」
蛭間さんは一人で居間を出ていく。奥の階段のほうへ歩いていった。
「二階に兄のアトリエと寝室があるんです」
愛波さんが親切にも説明してくれた。いい人だ。
ところが、直後にバタバタと階段をかけおりてくる足音がする。
蛭間さんが走ってきた。
「ない!」
「ない?」
僕らはオウムのモノマネだ。
「ないって、まさか……」
「人形がない」
みんなは顔を見あわせた。
細野さんが青ざめる。やっぱり、商売がらみだから。
「保管場所は、どこ?」
「いつもの戸棚です。アトリエの。カギはかけてあった」
「カギがかかってたのに、なくなったの?」
「そうです。カギがあけられ、人形がなくなってる」
みんなは、たがいの顔をうかがう。
「盗まれたってこと?」
ささやくように、細野さんが言うと、今度は立川さんが、
「思い違いじゃないのか? 自分で場所を移したとか」
蛭間さんは首をふる。
「人形は完成直後に棚に入れて、動かしてない。カギをかけたのは昨日だが、今朝も、ちゃんと確認した。そのときは入ってたんだ」
みんなが沈黙する。
すると、猛が言った。
「そのアトリエっていうの、見せてもらっていいですか?」
まがりなりにも探偵だもんね。
「そうよ。たしかめてみましょう。もしかしたら、誰かが見て、別のとこに置いただけかもしれない」
細野さんが率先して二階に上がろうとする。
猛が、とどめた。
「待ってください。ほんとに盗難事件なら、警察に届けなきゃいけない。全員で上がると、みんなの指紋がついてしまう。警察の捜査に、さしさわりが出ます」
うむ。探偵。
「ああ、それなら掃除用の手ぶくろがあります。みんな、あれをつければいいんじゃないですか?」
愛波さんが持ってきたのは、五十枚入りの薄いビニールの手ぶくろ。
猛は愛波さんの機転を渋面で受けいれた。
「ほんとは髪の毛とかの遺留物もあるから、大勢で行かないほうがいいんだが。まあ、そこは蛭間さんの判断に任せます」
ああ、そうか。猛は、ここにいる人たちをうたがってるのか。
蛭間さんの言うことが本当なら、人形は今朝以降になくなったことになる。てことは、このなかにいる誰かが、どうにかしたってことだ。
蛭間さんは、ちょっとのあいだ、だまっていた。
が、しばらくして、
「警察には届けない。人形は、また作ればいい」と、宣言した。
やっぱり、人間関係に波風立てることを恐れたのか。
「そういうことなら遠慮なく、みんなで見物に行きましょう」
すっかり兄ちゃんのペースで仕切ってる。けど、蛭間さんは、なんの疑問も持たずに、うなずいた。
猛には、そういう、ふんいきがある。まかせとけば安心って思わせるサムシングだ。
というわけで、僕らは二階へ上がっていった。
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