一章 人形は、かくれんぼしましょう 2—2
蛭間さんこだわりの紅茶とか、紅茶の正しいいれかたとか、相づち打ちながら聞いてただけだ。
ま、いきなり、『彼氏いるんですか?』とは聞けないよね。
「じゃあ、これ、はこんでください」
高そうな銀の盆に載せ、ティーセットをはこぶ。
居間では、まだ蘭さんを中心に団子状態。
蘭さんが言った。
「ところで、蛭間さん。今日はなんの集まりですか?」
「愛波の誕生日なんです。昨日は立川の。あさっては京塚さんの奥さんの。だから、いつもこの時期、集まってパーティをひらくんですよ」
がーん。僕ら、年に一度のバースデーをジャマしちゃったのか。罪深い。
「三人とも、かに座なんだよねえ」
年齢不詳さん(今井さんだっけ?)が言う。
蘭さんが美貌だけでなく、頭脳も優れてるところを示して、雑学をひろうする。
「双子座ですね。蛇つかい座を入れると」
「蛇?」
「星座占いで使われるのは黄道十二宮ですね。女性なら、たいてい十二宮言えるんじゃないかな。けど、現代の天文学に照らしあわせると、正確には黄道上の星座は十三宮なんだそうです。蛇つかい座がサソリ座と射手座のあいだに入る。で、これで計算すると、黄道十二宮のかに座の人は、双子座になるんですよね」
ふうん。知らなかった。
「あ、ほなら、うち、蛇つかい座になるんとちゃう? サソリ座やし」
藤江さんが首をかしげながら言う。
「サソリなら、違いますよ。僕は蛇つかい座になっちゃうけど。十一月三十日から十二月十七日までが、蛇つかい座になるんじゃなかったかな」
蛇つかい…蘭さんっぽいなあ。
ははは、と笑ったのは、立川さん。
「じゃあ、ケンと京塚さんが蛇つかい座だな。ひなたもだろ?」
立川さんの視線から、今井さんのこととわかる。下の名前が、ひなたさんね。
「へえ。ほな、おれも蛇つかいやなあ。蛭間さんと同じなんや」と、三村くん。
ああ、そういえば、蘭さんと誕生日、近かったっけ。たしか、十二月七日。
それで、星座占いの話題にわきつつ、紅茶を飲んだ。
蛇つかい座で仲間意識を燃やしたのか、三村くんはティータイム後も攻める。
「蛭間さん、これ、見てください! 自分、こういうん、ビスクで作りたいんです」
紙袋から次々、出てくる三体の人形。僕らをモデルにした例のやつだ。
一般人なら「へえ、すごーい。うまーい」で終わるとこだ。でも、なんか妙に品評会めいて、みんなが真剣に人形をながめる。あのチャラそうな立川さんさえ、表裏ひっくりかえして、じっくり見分した。
「いいね。君、これで食えるよ。よければ今度、うちの型、作らないか?」
「型でっか。立川さん、オモチャ屋さんの関係すか?」
立川さんはポケットに手をつっこんで、顔をしかめる。
「そうか。今日は名刺、ないんだっけ」
なんと、立川さんは、言えば誰もが知ってる大手玩具メーカーの課長さんだった。意外。人は見かけによらない。企画開発部だかなんだか。要するに製品化する前の新しいオモチャを考案するのが仕事。人気アニメの高額フィギュア製作を三村くんに持ちかけていた。型ってやつを一回作るだけで、かなりスゴイ額の報酬だ。
でも、三村くんは、渋い顔。
「すんません。おれ、やっぱ、自分のもんが作りたいんですわ。型やと他人の創作に乗っかるだけやないですか」
「でも、君、これだと、蛭間の模倣だよ。個性がない」
おっ。立川さん、きつい。
三村くんは頭をかいた。
「それは、自分でも、わかっとるんすけどね」
あ、また自分探しに行ってしまうのか?
でも、そのとき、年齢不詳の、ひなたさんが口をはさんだ。
「あたしは好きだよ。これ。ケンさんのより、いい感じにポップ。モデルがいいせいかもだけど。この子、カワイイッ」
はいはい。蘭さんドールね。そりゃ可愛いですよ。モデルが比類ない美青年ですから。
ところがだ。一人、紅茶のおかわりを飲む僕の背中に、思いがけない言葉が聞こえてくる。
「このムニュッとした口! カワイイッ」
むにゅ? 蘭さんには当てはまらない形容詞。
ちらりと、ふりかえる。と、今井さんがダッコしてるのは、案の定、僕人形だ。
今井さんは、みんなが見てる前で、僕人形の服をぺろりとめくった。
ぎゃッ。なんか、はずかしいから、やめて。
「さっきから気になってたんだけど、この子の背中、なんか、ついてない?」
「ちょい、貸してもらえまっか?」
三村くん、僕人形を手にとると、いきなりTシャツをぬがせた。な、なにするんだ!
「あ、羽だあ。カワイイッ」
「ほんまは服に穴あけたろ、思うたんすけどね。でも、持ち運びで折れたら、かなんし。ま、収納式天使っちゅうことで」
収納式天使って、なんだ?
にわかに気になって、僕はみんなの輪に、かけよった。
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