一章 人形は、かくれんぼしましょう 2—1

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 蛭間さんは独り暮らしだ。

 芸術家だけあって、家具やインテリアは細部まで、こってる。たぶん、金のかかった輸入品だろう。


 それはともかく、入ってすぐに、度肝をぬかれたのは、そのせいじゃない。なんと、この家の内壁は全室、上半分がガラスになっていた。


 まんなかにT字のろうか。

 上の横棒の部分、左手が玄関。右手が浴室とトイレ。まんなかの縦棒部分をはさんで、浴室トイレのとなりがキッチン。左手が、さっき外から見た居間と書斎だ。


 トイレのカベだけはガラスじゃないけど、やだなあ。いくらオシャレだからって、入浴中に客が来たら、どうするんだ……丸見えじゃないか。まあいい。僕がそこでシャワーをあびることは生涯ない。


 気をとりなおして説明を続ける。

 縦棒のつきあたりは出窓だ。

 そのかたわらに、二階に続く、らせん階段。


 さて、居間には数人の人がいた。七人の男女だ。男二人に女五人。年齢層はバラバラ。


 七十代とおぼしき男女一組は夫婦かな。裕福そうな身なりをしてる。


 五十代の女の人は、地味だけど、よく見ると高そうなスーツ。やり手の女社長って感じだ。やせぎすで、ちょっと、きつそう。


 残る四人のうち、男一人、女二人は、蛭間さんと同年代。たぶん。約一名、年齢不詳の人が……。

 三人は蛭間さんの友人かな。


 最後の一人が、僕らと同世代らしき女の人だ。いまどきのアイメイクしてないんで、目はちっちゃめだけど、造作は整ってる。


 うーん、僕好み。はっ、いかん。いかん。また美人に見とれてしまった。


 だが、見とれてたのは僕だけじゃないぞ。そこにいた全員、ぽかんと口をあけて見とれてる。もちろん、蘭さんになんだけど……。


 目をパチパチしたり、絵に描いたような二度見したり、自分のほっぺた叩いたり。蘭さんを初めて見る人の正常な反応だ。


「ケンさん。なに、この人! 輝いてるぅ」

「ケンちゃんの新作かと思うたやんなあ」


 お姉さんたち、大ハシャギ。


「きれいな人だなあ。こんな美女、見たことない。どうぞ、よろしく。立川です」


 握手をもとめるチャラそうな三十代の男は、完全に蘭さんを女だと勘違いしてる。まあ、今日のカッコじゃ、しかたないか。


 蛭間さんが紹介した。


「かれらは私の学生時代の友人です。今井さん、藤江さん。立川くん」


 和服の似合いそうな京美人が藤江さん。

 今井さんはポップアートを実写にしたみたい。服もメイクもポップアートの年齢不詳さん。金髪だし。

 キツネ目のチャラ男が立川さん。


「こっちは妹の愛波です」


 ムフフ。まなみさんか。吸血鬼顔の蛭間さんの妹ってのがウソみたいだ。

 いいですね。美人と同席。夏の恋の始まりかな?


 蛭間さんは立川さんが差しだす手を自分の体でブロックした。


 今度は年配の夫婦を紹介した。


「こちらは私が昔、お世話になっていた人形店の京塚さんご夫妻。私が無名だったころ、人形を最初に置いてくださったのは、京塚さんです」


 なるほど。恩人ですか。


 蘭さんが口をひらいた。


「京塚人形店と言えば、老舗中の老舗じゃないですか。お内裏に、ひな人形をおさめたこともあるんですよね? 僕の五月人形も、鯉のぼりも、京塚さんのお店で求めたんですよ」


 さすが。蘭さんの実家はお公家さん。所蔵品の数々が博物館の特別展覧会に出品されるようなお家柄だ。


 うちの鯉のぼりなんてね。季節物のお菓子についてくるオマケ。十五センチくらいの鯉ね。猛が青で、僕が……ピンク。


「へえ。おぼえとります。お兄はんのときも、うちを使てくれはりましたな。ごひいきにしてもろて、おおきに」


 老舗の大旦那は美しい京言葉。


「で、こちらが、今現在、おせわになってるアンティークショップのオーナー。細野さんです。私の人形の委託販売をたのんでいます」


 やり手そうな女社長は片手をさしだした。

「よろしく」


 どんよくそうな目をしてるのが気になる。けど、美人ではある。

 いちおう、この人の手は蘭さんも形式的に、にぎりかえした。


 それにしても、新旧の恩人そろいぶみか。いったい、なんの集まりだ?


 で、次がいよいよ、僕らの紹介。

 と言っても、僕らは蘭さんの付属品。その他大勢ってやつ。


「こちらは以前から、モデルをたのんでいた九重蘭さん。職業はミステリー作家でしたよね。それと、友人のみなさんです」


 ほらね。名前さえ省略だよ。

 といっても、そうだ。僕ら、まだ蛭間さんに名乗ってなかった。

 僕は急に図々しく押しかけたことに羞恥心を感じた。

 けど、兄ちゃんは堂々としたもんだ。


「東堂猛です。こっちは弟の薫(ありがとー。たけるぅ)。とつぜん、おじゃまして、すみません」


 まるで、ジャマとも、すいませんとも思ってない口調で自己紹介。


「弟子志願の三村です。以後、よろしゅう」


 以後って……ちゃっかり出入り自由にしてしまう気だ。三村くん。

 猛も三村くんも、すごいツラの皮。僕にはマネできない!


 図々しい人たちに囲まれて、僕は赤面した。だんろの上のカガミに映ってたから、まちがいない。


 そんな僕を見て、愛波さんは、くすっと笑った。


 ちがうんです。僕は普通人なんです。兄ちゃんたちとは違う。おねがい。誤解しないで。


 しかし、僕の恥じらいなんか、誰も気にしてない。みなさん、蘭さんに夢中だ。蘭さんをかこんで、その美貌をほめたたえてる。


 三村くんは、なんとか、その人たちの輪に食いこもうと必死だし、猛は——蘭さんに、つかまってた。蘭さん、これだけが命綱って感じで、兄ちゃんの胸ぐら、にぎりしめてるよ。


 あぶれた僕は、まわりを見まわした。


 だんろはマキじゃなく電気製。


 だけど、天井まで届きそうな飾り棚には、きれいなお皿やビンやオルゴールなんかが飾ってある。前面がガラス戸になって、中が見えるやつだ。


 そういえば、人形作家なのに、自作の人形が一体も見当たらないな。どこにあるんだろう?


「お茶でも飲みますか?」


 とつぜん、背後から声をかけられた。


 ま……愛波さんだ。

 蘭さんに、とびついていったんじゃなかったのか。

 わあっ、感激。そんな女の人、いるんだあ。


「お気遣いなく。急に押しかけてきたのは、こっちですし」

「でも、兄は喜んでいます。あんなに舞いあがった兄を見るの、何年ぶりかな」

「蘭さん効果、絶大ですからね」


 愛波さんは真顔で耳打ちしてきた。

「あのかた、ほんとに男性ですか? 鯉のぼりってことは、男性ですよね?」


 僕も負けずに小声で返す。

「ここだけの話、じつは男性なんです」


 僕らは一瞬、バッチリ目があった。

 次の瞬間、愛波さんはふきだした。


「いやや。ここだけの話って……おもしろい人ですね。ええと」

「東堂薫です」

「東堂さん。じゃあ、お茶を運ぶの、手伝ってもらえますか?」

「いいですよ」


 むふふ。いいペースでお近づきになってるぞ。


 僕らは二人で居間をでた。愛波さんといっしょにキッチンへ入る。

 愛波さんは大きな食器棚から、てぎわよくティーセットをとりだした。ここのキッチンの勝手に、くわしいようだ。


 せっかくのチャンスだったのに、なんか、うかれちゃって、僕は気のきいたことを言えなかった。

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