一章 人形は、かくれんぼしましょう 1—3
「人形らしいデフォルメはありますけどね」と、蘭さん。
そう。そこのとこ。デフォルメのかげんが、すごく微妙なバランスで成り立ってる。どの子の顔にも個性があって、一体ずつ違う。
「この子たち、一体ずつに人間のモデルがいるってこと?」
三村くんは、うなずいた。
「モデルの写真、見ると、よう似てんで。ほんで、モデルが死ぬやろ。あの人の人形はモデルの魂、吸いとるらしいって、ウワサになってんや」
やなウワサだなあ。
「でも、モデルが死んだと言っても、ぐうぜんでしょう? 世の中には若くして死ぬ人だっている」
蘭さんは残念そうに言った。
ほんとは悪魔に存在してほしいんだろうな。
が、三村くんは、あいかわらず神妙な顔をくずさない。
「はっきり言えるだけで二人、死んどるんや。二人とも蛭間さんの彼女やで」
あっ、うっ……二人とも作家にきわめて近い存在か。そうなると、ただのぐうぜんというより、なにかしらの、よからぬ力を感じる。悪魔……とか?
僕は、こわごわ聞いてみた。
「それって、ほんとに死んでるの? おもしろがって、ネットなんかで広がったデマなんじゃ?」
三村くんは首をふる。
「それが、ほんまなんや。蛭間さんがイギリス行ったんは、そのせいや。傷心旅行っちゅうわけやな。ほんで、いっきにウワサ、ひろまった。悪魔に魂、売ったんやって」
ぞぞォッ。怖いよ。魂を吸う人形。呪い。悪魔……。
僕はビクビクなのに、蘭さんの嬉しそうなこと。
「いいですね! 呪いのウワサのある人形作家。次々に死にゆく美女はぐうぜんか? あるいは悪魔の所業? 会ってみたいなあ。その人」
ああ、また、そういうことに首をつっこむ……。
「やめたほうがいいんじゃない? ほら、蘭さん、しつこいって、さっき言ってた」
「ストーカーじゃないなら、いいんです。モデルになるかどうかは別として。会ってみるくらいはいいかな」
ダメだ。蘭さんは好物のホラー話に目がくらんでる。聞く耳持ってくれる、ふんいきじゃない。また、三村くんが、のせるしさ。
「ほな、これから行こか。案内したるで」
「行きましょう」
三村くんが、内心、ガッツポーズとるのが、目に見えるようだ。
というわけで、僕ら四人はタクシーに乗りこんだ。
鞍馬山は京都市の北を守る霊山。ご存じカラス天狗の生息地(伝承)だ。牛若丸が天狗に剣をならったとか、ならわなかったとか。
そんなふうに言われるだけあって、市内とはいえ、一歩入ると、りっぱな山中だ。学生のときハイキングしたけど、貴船神社から鞍馬神社まで、往復四時間だよ。きつかった。
こんなとこに、好んで住む人がいるのか。修験者でもないのに。
僕らは、こまわりのきくタクシーで移動。途中で私道に入るんだけど、それがまたオカルト要素まんさいの土の道。両側にイチョウの並木があって、秋なんか、きれいだろうけどね。
今日の僕は悪魔に魂売った人が住んでるんじゃないかとビクビクだから、さわやかな山の空気を感じてるゆとりはない。
「じゃあ、運転手さん。ここで待っててくださいね。これ、チップです」
蘭さん、チップに一万も出して。そんなムダづかいを……。
でも、運転手さんの顔がデレデレになってるのは、たぶん、渡された万札のせいではない。
蘭さんの着物姿のせいだ。
蘭さんは外出時、よく変な仮装をする。砂糖にむらがるアリみたいに、ウジャウジャよってくるナンパをさけるためだ。
僕らと出会ったころは、十九世紀末英国紳士風フロックコートだった。それから女装、半女装ときて、最近、和服になった。
ただし、蘭さんのは和服っていうより、和風コスプレなんだよね。
今日は大島紬のヘビ柄の着流しに、黒のレース編みの羽織。レース編みの手ぶくろ。同じく黒の女物の日傘でしょ。帯とゲタだけ男物ってのが、かえって、倒錯的。
高い反物仕立てて、何もこんなコスプレしなくても……。
でも、それがまた、とんでもなく似合ってる。かえって変な人、ひきよせそうだ。
「あ、失敗。ゲタだと山道、歩きにくいなあ」
「そこまでしなくても、おれたちといるあいだは大丈夫だって。ボウシとサングラスで、じゅうぶんだ」
「ですよね。猛さんが守ってくれるから。ね、猛さん。ダッコして」
と言って、蘭さんは、するっと猛の腕をつかんだ。知らない人が見たら、絶対、カップルだと思うよね。
「なに言ってんだ」
「じゃあ、オンブ」
「脳みそ、ゆだってるぞ」
以前は二人がイチャイチャ(?)してると、ちょっと妬けたんだけど。もう、なれたな。
蘭さんほどの超越神美形に迫られても、兄ちゃん、動じてないし。
蘭さんのは、ただの甘えん坊だし。
僕らはイチョウ並木を歩いていった。幸い、まもなく家が見えた。よかった。ほんの十五メートルほどだ。
山中に隠棲する仙人みたいな人形作家の自宅は、モダンな洋館だ。
二階建ての大きな家。黒い格子のまどから、なかが見える。一つは居間で、一つは書斎のようだ。
おどろいたのは、前庭に三台も車が停まってたこと。
「あれっ? 一台は本人にしても、二台はお客さんってこと? けっこう社交的なんだね」
僕は吸血鬼みたいな陰気な人かと思ってた。
ところが、青、黄、赤の信号機みたいな車を見て、三村くんは首をひねる。
「クラウンは蛭間さんのやな(青いやつね)。あとのは初めて見た」
「来客中ってことですね。けっこう。向こうのガードは甘くなってる」
さすがは蘭さん。人生で一度も、ふられたことない人だ。遠慮なく呼び鈴を押した。
しばらくして、インターホンがつながる。怒ったような男の声が早口に告げる。
「保険や宗教には興味ない。弟子も、とらない」
僕らは顔を見あわせて、苦笑いだ。
「三村さん。宗教の勧誘と同列ですよ」
「よっぽど、しつこく、たずねたんだねえ」
僕らが笑いだしたんで、あやうくインターホンが切れるとこだ。カチッと、通話の切れそうな不吉な音がした。
あわてて、蘭さんが猫なで声をだす。
「僕、九重蘭です。とつぜん、オジャマして、すみません。蛭間さんの電話番号を存じあげなかったものですから」
すごいね。蘭さん効果。
まるで、『ひらけゴマ』だ。
そくざにカギをはずす音がした。
警戒ぎみに細めにひらいたドアは、次の瞬間、全開に。
「ああッ」とか「おおッ」とか奇声をあげながら、男が出てくる。蘭さんの手をつかんで、そのまま中へ引き入れようとする。
蘭さんの笑顔は、ひきつった。
「あの……蛭間さんですよね? 僕の友人も、いっしょでいいですか?」
蛭間さんはコクコク、うなずいてから、そこで、ようやく三村くんに気づく。ちょっと目つきが冷静に戻った。
「なんだ。君か。弟子はとらない。帰ってくれ」
不機嫌になった顔は、青白い吸血鬼だ。オールバックだし、イメージぴったり。たぶん、こっちが、ふだんなんだろう。
三村くんは蘭さんのあいてるほうの手をつかむ。
「ほな、蘭、つれてかえりますわ。つれてきたん、おれやし」
蛭間さんの不審そうな顔。
状況が飲みこめてないな。
「おれら、マブダチなんすよ。な? 蘭」
「まあ、そうですね。猛さんほど絶対的な安心感はありませんが。頼れる友人の一人ではあります」
「猛とくらべんなや。こいつ、柔道三段やで」
兄ちゃん自慢は言わずにはいられない!
「剣道も三段だよ。昇段審査、受けるの、めんどくさがってるだけで、ほんとの実力は、もっと上だと思う。空手も達人ね。高校のときクラブでやってただけだけど」
今度は、蛭間さんが苦笑した。
「仲がいいんだな。とにかく、どうぞ、入ってください。蘭さん、以前、あなたをテレビで見たときから、あこがれていました」
蘭さんは、ストーカー事件の被害者として、何度もニュースになってるからねえ。それで、蛭間さんは蘭さんを知ってたのか。
「では、お言葉に甘えて」
蘭さんが蛭間さんに手をとられて、中へ入る。というか、この人、蘭さんの手、つかんだまま離さない。逃げられる気がするのかも。
続いて、僕らも。
こうして、僕らは呪われた人形作家の屋敷に迎え入れられた。これが、いまわしい殺人事件の幕開けとも知らず……。
ほんとにねえ……なんで、いつも……。
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