一章 人形は、かくれんぼしましょう 1—2


「それな、赤城さん作や。本体の写メ送ったら、宅急便で送ってきてん」


 蘭さんは歯がみした。


 赤城さんも僕らの友人。ファッションブランドのオーナー兼デザイナー。だから、服のセンスは抜群にいい。だけど、ちょっと、蘭さんに特別な思い入れがあるんだよねえ。


「きっと夜なべしたんだね。赤城さん。愛情を感じる」

「うん。似合ってるんだから、いいだろ。蘭」

「猛さん、ひとごとだと思って。猛さんの服と、とりかえちゃいますよ?」

「あ、かんべんしてくれ」

「ほら、やっぱり、抵抗あるんじゃないですか」

「言うとくけど、それ、交換でけへんで。本体の身長、ちゃうからな」

「赤城さん……あとで目にもの見せてやる」


 怖いなあ。蘭さんの目にものって、どんなだろう。


 僕らは玄関先で、ひととおり人形遊びをした。二十歳すぎた男が四人ですることじゃない。


「あ、そうそう。冷麺、作りかけだった」

「おれも食わしてんか。腹へった」

「三村くん。もしかして、それで、うちに来たの?」

「ちゃうって。京都に用事あったんや」


 まあ、いいけどね。二人前入り二フクロあるから。数はあう。


 十五分後。

 僕が冷麺を居間に運んだときには、クーラーが快適にきいていた。いつのまにかミャーコも来て、蘭さんにすりよってる。


「で、三村くんの用事って?」


 三村くんは僕が渡した冷麺を見て、一瞬、だまった。

 あれ? もしかして、蘭さんのだけ高級なハムだって気づいたのかな? 僕らのは赤ハムぅ。


「おれの尊敬する人形作家がな。京都におんねん。こないだから、なんべんもかよって、弟子入り頼んどるんや」

「弟子入りかあ。じゃあ、本気で人形作家、めざすんだ」

「本気っちゅうか。フィギュアも造ることじたいは、キライやなかったなって。まあ、気づいたわけや」

「ふうん。よかったね。自分、見つかって」

「まあな」


 三村くんは、てれくさそうに笑った。


「それで、僕らの人形、せっせと造ったの?」

「これは見本やな。その人はビスクドールやってんねんけどな。あれは窯ないと、でけへんやろ」


 うん。まあ、家のオーブンとかじゃムリだろう。たぶん。


「ビスクドールかあ。王道だね」

「せやろ? 前から尊敬しとった人がな。二年前に京都に帰ってきてんねん。行かん手はないやろ」


 押しかけたわけか。三村くんらしいな。


「京都のどのへん?」


 五条の僕らの家に寄り道できる範囲ってことだよね。


「くらまや」

「えっ? 鞍馬山?」

「まあ、ふもとに近い。車道離れた山んなかに、ぽつんと一軒家やで。かーくんなら、夜中、トイレ行けへんな」


 やだなあ。そんな怖さみしそうなとこ。僕は住みたくない。アーティストって変わってる。


 それにしても、蘭さん。さっきから、もくもくと冷麺たべてるけど、口にあわなかったのか? 蘭さんの高級なものしか食べたことない口には、一食百五十円の冷麺ではムリがあったか……。


「その作家、名前は?」

「蛭間っちゅうねん。蛭間ソード」

「ソードって、つるぎ?」

「蒼い人って書いて、ソードや。ええなあ。カッケー名前。おれなん、シャケやで」


 三村くんの下の名前は鮭児なり。


「いいじゃん。鮭児は高級魚だよ。僕、たべたことない」

「おれかてないわ」


「僕、あります。おいしかったけど、僕より猛さんが好きそう」と言いつつ、蘭さんは美しいおもてを思いっきり、しかめた。


 鮭児でさえ口にあわなかったか……いや、違う。


「僕、その人、知ってます」


 ん? 蘭さんのこの表情は、ストーカー体験を語るときのそれ……。


「しつこいんですよね。どっかで僕のこと見かけたらしくって。何年も前から、モデルになってくれって」


 なんだ。それで、さっきから渋い顔してたのか。冷麺のせいでも、鮭児のせいでもなかった。


「会うたんかいな?」

「いえ、手紙ですけど。どこで調べたんだか、実家の住所を知ってるんですよね。今でも、月イチで届くらしいです。てっきり、ストーカーだと思ってた」


 うおォッと、三村くんが変な雄たけびあげるんで、ミャーコがビックリしてテレビ台のスキマに逃げこんだ。ああ、長い毛にホコリが……。


「信じられへん。こいつ、蛭間さんをストーカーあつかいや!」

「だって、見ず知らずの人から人形のモデルになってくれって、ふつう、あぶない人だと思うじゃないですか。ほんとに人形作家だとはね」


 ムリないか。蘭さん、僕らと暮らすようになってからでさえ、すでに二回、さらわれてるしな。某有名ゲームの桃姫なみの、さらわれぐせ。


「じゃあ、蘭さんの勘違いだね。あんがい、会ったら、気のいいおじさんだったりして」


「ちゃうで」と、三村くん。

「年は、おれらより、十歳上や。正確には九つやったかな」


 三村くんも猛たちと同い年。


「なんだ。けっこう若いんだね。人間国宝みたいな人かと思ったよ」

「腕は国宝級や。何年もイギリス住んどったし、海外の人気も高い。けど、モデルことわったんは、正解やな」

「なんで?」


 あれ? 僕の冷麺、こんなに減ってたっけ? まあいいか。


「これ、有名な話やねん。ちゅうか。おれも最初、それで名前、知ってんけどな」


 三村くんは妙に真剣な口調で、声をひそめた。


「悪魔と契約したらしいで。蛭間さん」


「悪魔?」

「契約?」


 僕と蘭さんは声をそろえる。

 猛は……猛は——って、僕の冷麺、盗み食い!


「兄ちゃん! まじめに話、聞こうよ。今、すごく、いいとこだよね?」

「すまん。続けてくれ」


 口先だけ謝って、猛は口に入れかけた冷麺をズルズルとすすった。僕の冷麺を……。


「もう、じゃれんでええか? ほな、言うで。ストラディバリかて、悪魔に魂、売ったんやとか言われるやんか。そのたぐいやな。腕よすぎやさかい、そねみと讃嘆、半々で言われるんやろ」


 蘭さん、目が、らんらん。

「芸術家としての技術を悪魔から買ったって、ウワサされてるわけですね?」


 好きそうな話だもんな。

 蘭さんは、こう見えて、趣味はグロテスク。


「ウワサや。ウワサ。ほんまに悪魔なんか、おれへんて」


 僕は、ちょっぴり、ほっとする。

「う、うん。そうだ。悪魔なんかいない」

 いたって、幽霊よりは怖くない。たぶん……。


 しかし、三村くんは僕の安心をうちくだく。


「せやけどな。蛭間さんの場合、ただのウワサとも言いきれんねん。じっさい死んだやつもおるしな」


 やーめーてー。怖いよ。


「そもそも悪魔に魂、売ったとか言われだしたん、そのせいやしな。蛭間さんのモデルになった人がな。何人か死んでんねん。おまえら、蛭間さんの人形、見たことないみたいやし、まず、これ見てみい」


 三村くんはポケットからスマホを出して、僕らの前に何体かの人形の写真を見せた。

 なるほど。三村くんが僕らの人形なんか作りだしたわけが、なんとなくわかった。

 蛭間さんの人形、このとき、僕は初めて見た。が、なんていうかな。なつかしい。どっかで見かけたような気になる女の子たちだ。


「ふつうっぽいっていうか。そのへんに、いそう? もちろん、可愛いんだけどさ」


 僕の冷麺を盗むことしか考えてなかった猛さえ、会話に参入してきた。


「人間っぽい人形だな」

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