第37話 下水処理場の話

「君には下水処理場になってもらいます」

「社長? おっしゃっている意味が理解できません」


男は、ある日突然、社長室に呼び出された。

そこで言い渡された辞令が「下水処理場に”なれ”」というものだった。


「下水処理場に出向、ということでしょうか」

「違う違う。君が下水処理場になるんだ」

「私は改造手術でもされるんでしょうか?」


私の言葉を聞いて社長が笑う。

「いやいや、身体はそのままだよ」

「まったく想像がつかないのですが、どのような業務なのですか?」


横に控えていた秘書が資料を渡しながら、概要を説明する。

「下水処理場の運用システムに人格を持たせる計画が動いています」

「何のために?」

「人の血が通ったAIシステム、と言う触れ込みのためです」

「血を通わせる意味は?」


「性能上の意味はありません」

「言い切りましたね」

「ですが、頭が古い方々にはそういう触れ込みが効くのです」

「なるほど……」


少々乱暴な秘書の説明をさえぎって、社長が説明を引き継いだ。

「そういう訳で、事故が起きてもすぐに致命的な被害にならず、

 かつ生活に近い下水処理場が選ばれたのだよ」

「いえ、お言葉ですが、下水処理場が止まったら致命的ではないでしょうか」

「河川の汚染は致命的だが、すぐに排水は止められるようになっている。

 地形や漁業のことを考えても健康被害が出る心配はない」

「なぜ、私なのですか?」

「君が無遅刻無欠勤、指示に逆らったことが一度もない人材だからだ」

「なるほど」


男は確かに命令に逆らわず、”ロボット”とあだ名を付けられるほどだった。

そして、今回も男は逆らわなかった。

「理解できました。そのお話、お引き受けいたします」


こうして、管制システムに人格を転写する計画が始まった。

男の人格は実に従順でAI向きであった。それが功を奏して、計画は順調に進んだ。

そして、世間に「血の通ったAI」が公開されて大きな話題になる。


見学者が多く訪れたことで収入は増加、下水処理場としての機能も問題なかった。

そんなある日、男はまた社長室に呼ばれた。

社長は神妙な顔で男を見て言った。


「君の人格は、従順すぎて人間らしくない」

「どういうことですか」

「下水処理場としては成功したのだが、

 ”血の通ったAI”という意味ではあまり評判がよくないのだ」


なんとも理不尽な話ではあるが、男は平常心のまま言った。

「では、反発する人格の方が適していたのでしょうか?」

「いやいや、それも困る。施設の機能が満たせないかもしれないし、

 反乱の危険があるなどと言われたら計画自体が凍結されかねない」

「つまり、文句は言うけれど指示には従い、人間らしさがありつつ

 業務のためにルーティンワークに強い人格が必要だった、と」

「そういうことだ。君は優秀だが、AI嫌いたちの好みではなかったのだ」


それを聞いていた秘書がため息交じりに言った。

「ほんと、意味無いですね」

「あなたは相変わらず、はっきり言いますね」

「ええ、馬鹿馬鹿しくて。つい」


社長が突然、声を上げた。

「閃いたぞ!」


そんなやり取りの結果、二人目の人格モデルは秘書に決まった。



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