第36話 充電が不十分な話

もうバッテリーの残量が少ない。

通信機を持った手が震えるのを抑えながら、本部に連絡する。


「目的地に着いた。これから探索を始める」

「OK。付近で戦闘が起きているから気を付けてくれ」

「ああ、救難信号は間違いなくここから出ているんだろ?」

「正確には”出ていた”だ。3分前に途絶えた」

「……了解」

「ま、カップラーメン作ってるだけかもしれないからな。希望はあるさ」

「バッテリーが少ないんだ。冗談言ってる余裕はない」

「そうだな。充電する余裕もないんだから酷い話だ」

「まったくだ。切るぞ」

「了解。幸運を」


通信機の電源を落とす。少しでも節約しておかねばならない。

今は危機的状況なのだから。


この国では、数か月前から未知のクリーチャーによる襲撃が頻発していた。

複数の都市が破壊され、誰の仕業なのか疑心暗鬼が広がり、

国中を混乱が支配していた。


今探索している廃墟も、少し前までは国内有数の規模を誇る商業ビルだった。

今では人の気配もない無機質なコンクリートの塊である。


薄暗い中を慎重に進む。急がなければ、帰りの足を呼ぶこともできなくなる。

電気が貴重品になった今、その使用用途には厳格な優先順位がある。

人命にかかわる機器が最優先。クリーチャーとの戦闘に使用される分が次点。

市民生活に使える分はその残りであり、ほぼ無い。


私たちのように、逃げ遅れた市民を救助して回っている自警団は

貧弱な自家発電でどうにかやりくりしている状況だ。


「こういうことも軍隊さんがやってくれれば、いいんだがな」


一人、愚痴をこぼしながら廃墟を進む。

いくら愚痴ったところで、ないものねだりをしてもしょうがない。

軍は軍でクリーチャーの無力化と研究で手一杯だ。

前線維持以外に使える余力はないのだろう。


ようやく、救難信号があった場所に着いた。

バッテリーは……帰りの分はまだある。

周囲を見渡すが誰もいない。

無駄足だったか……

そう思った時、ホコリを被った机の下に少年がうずくまっているのが見えた。


「君が通信を送ったのか?」

私が問いかけると、彼は首を横に振った。

「何があったか、話してもらえるかい?」

「父さんが、助けを呼ぶって……でも、バケモノに襲われて……」

「そうか。よく頑張ったね」


私は彼の頭をなでて、立たせると通信機を取り出した。

「本部。生き残りを見つけた」

「了解。迎えに行く」

「クリーチャーがいるらしい。こちらで対処する」

「生き残りの保護はどうするつもりだ」

「通信機を渡して外まで一人で行ってもらう。ここまでの道は安全だ」

「それでも一人にするのは危険だろう」

「戦闘になったら私一人の方が都合がいいだろう」

「わかった。探知できるように通信機の電源は入れっぱなしにしておいてくれ」

「了解」


少年に通信機を渡して、外に出るルートを教える。

通信機のバッテリーは十分残っている。これで彼は助かるはずだ。

彼が歩き始めたのを見送ってから、私は”バケモノ”を探すために周囲を調べ始めた。

彼と、彼を迎えに来る仲間たちが少しでも安全になるように。


充電が不十分で、いつ役立たずになるかわからない状態のアンドロイド

最後に行う任務としては、実におあつらえ向きだ。

私のバッテリーが切れる前に、クリーチャーを無力化しなければ。

私は、劣化して震えるアクチュエータに電流ちからを込めて奥に向かった。



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