第33話 ロケットを飛ばしたかった話

まち工場こうばが共同してロケットを打ち上げるという

大規模なプロジェクトがついに大詰めを迎えようとしていた。


打ち上げが成功するかどうか、固唾を飲んで見守る関係者を尻目に

一人の中年男性が部屋を出て行った。

彼の後を追って、もう一人も外に出る。

彼らはロケットの設計に関わった技術者であり、上司と部下であった。


廊下で部下が上司を呼び止める。

「どうしたんですか? もう打ち上げですよ」

「いや、打ち上げは中止になる」

「どういうことですか?」

「もうすぐ、エラーが発生して打ち上げが延期になる」

「え?」


程なくして、二人が先ほどまでいた部屋から人がぞろぞろと出てきた。

部下がその一人を捕まえて話を聞くと

上司が言っていた通りのことが起きたそうだ。


原因調査と再調整のための会議が始まるとのことで、部屋を移動するという。

二人はその移動にはついて行かず、廊下に残って話を続けた。


「どういうことですか?」

「設計ミスがあるんだ。あのロケット」

「なら、すぐに報告しましょうよ」

「ダメだよ。わざとやったんだから」

「それ……大問題ですよ……」


上司は深くため息を吐きながら言った。

「会社の指示だ。このプロジェクトを塩漬けにするためにな」

「何故ですか……そんな。技術者としておかしいでしょ!」

「俺は、ただのサラリーマンだ。指示を飲んだ時点でな」

「おかしいですよ! 一体何のために!」


「いくつかの部品がな。必要な精度を出せてないんだ」

「いや……街の職人の技術で高精度の部品を……って話だったじゃないですか」

「その部品、検品したの覚えてるか?」

「はい。受け入れ検査、二人で確認したじゃないですか」


「ウチのボロい計測器でやった検査な。あれ、俺が誤魔化したんだよ。

 加工屋から泣きつかれて事情を聞いてたから、お前を騙した」

「なんでそんな……」

「お前は何も知らなくて良いと思った。

 でも、もう気が付かれそうだから話すことにした」

「騙した理由なんて聞いてないですよ!」


部下は顔を赤くして怒鳴る。上司はその顔を見て、悲しそうに言う。

「元々、無理だったんだ。ウチの街じゃあな。

 90歳近い職人に頼り切った加工だ。一人倒れたら、技術継承もできちゃいない。

 もうどうしようもなかったそうだ」

「それなら、別の所を探したら……」

「参加してる工場じゃ、他にできる所は無い」

「プロジェクトに参加していない加工屋を探せば……」

「こんだけデカいプロジェクトだ。補助金引っ張るためにあれこれ手を回してる。

 地域を上げてのお祭り騒ぎが、”やってみたらできませんでした”じゃあ、

 お上にしてみりゃ顔潰されたって話になるだろ」


「メンツのためですか?」

「そうだよ。メンツがなきゃ、金も仕事も逃げてくもんだ」

「……くだらない」

「くだらなくはないさ。メンツってのは信用の同義語だ」


部下は深く息を吸った後、諦めの混じった声で言った。

「それで”打ち上げ失敗で墜落、大爆発”なんて、派手な失敗劇にならないように……

 打ち上げ前に中止になるように、ミスを仕込んだんですか」

「そういうこと。原因調査は目一杯長引かせる。

 ロケットは打ち上がらないまま分解。

 このプロジェクトは凍結ってオチになる予定だ」

「がっかりですよ……こんなの……」

「そうだな。本当にすまない。お前、頑張ってたもんな」


部下の頬に、涙が一筋つたう。

彼は震えた声で「……はい」とだけ答えて、もう誰もいない部屋に戻った。


廊下に一人残った上司は、天井を見上げて言った。

「飛ばしたかったなぁ。俺たちのロケット」


その目は、天井の向こう側にある空の、そのさらに先を見ていた。



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