第31話 話が通じない話
哲学者が二人、長い長い議論の末に
”この世の不条理を一掃できる思想”を完成させた。
「さて、と。度重なる議論と思索の末に、ようやく正しい思想が産まれました」
「素晴らしいことですな」
「では、この思想を世に広めましょう」
「いやはや、誠に素晴らしいことですな」
しばらくして、その国に騒乱が起きた。
「おや、おかしなことが起きています」
「どうしたんですか?」
「我々の思想が原因になって、
「何ということでしょう。正しい思想なのにありえないことです」
「しかし、実際に起きています」
「何とかしなくては……原因を探ってみましょう」
二人は方々で事情を聞いて、またいつもの議論場に戻ってきた。
「……なるほど」
「原因がわかりましたか?」
「どうやら”正しい思想”を手に入れたことで
それ以外の”正しくない思想”を駆逐しようとする者が現れたようです」
「なんと嘆かわしい。”正しい思想”には
他の思想への敬意も含まれているはずなのに」
「しかし、”正しくない思想”によって不利益を負っている人もいます」
「……それでは消し去りたいと思う、その心情も理解できますな」
「しかし、争いは正しくないはずです」
「その通りです。改めて啓蒙しましょう」
二人はまた思想を広めた。
「これで諍いも無くなっていくでしょう」
「ええ、ええ。誠に素晴らしいことですな」
「おや、なんと言うことだ……」
「どうしました?」
「我々の思想を理由に自殺する者が増えています。
命を粗末にしないことは思想に含まれるというのに……」
「なんとかしなくては……原因を探ってみましょう」
二人は方々で事情を聞いて、またいつもの議論場に戻ってきた。
「”思想の通りに生きられない”から、自死を選ぶなどとは……
想像もしていませんでした……」
「自殺は正しくない、と思想に加えましょうか?」
「いえ、それでは苦しみが増すばかりでしょう。
”正しくなくとも良い”と書き加えましょう」
「ええ、ええ。そうしましょう。
思えば、騒乱も”正しくあろうとする”という気持ちの強さ故です」
「これで世の中は住み良くなるでしょう」
「誠に素晴らしいことですな」
そうして、二人の思想は誰にも聞き入れられなくなった。
「なぜ誰も受け入れてはくれないのでしょう」
「原因を探ってみましょう」
「いえ、もう原因はわかりました」
「なんと! 聞かずにわかってしまったのですか?」
「ええ、皆が欲しているのは”言い訳”なのです」
「なんと。思想を言い訳とするのは正しくないのではないですか?」
「私もそう思います。しかし、皆が欲しいのは”自分を正当化する正しさ”なのです」
「いえ、それなら”正しくなくて良い”という寛大さは、
むしろ受け入れられるのではないですか?」
「そうではありません」
「そうなのですか」
「彼らにとっては、他を否定することが、正しさの証明なのです」
「なんと嘆かわしい」
「思想は自身を律するモノのはずなのに」
「正しくないですな」
「今一度、啓蒙しましょう」
「そうしましょう」
「しかし、話しても通じないことは十分にわかりました」
「そうですね。やり方を変えるべきです」
そして、二人は武器を手に取った。
”正しい思想のためには、正しくない手段も容認される”という言葉は、
彼らの思想に含まれていないにもかかわらず。
終
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