第30話 異世界マスコミの話

異世界から来たという男が、この世界に”報道”と呼ばれるものを持ち込んだ。

遥か遠くで起きた出来事を読むことができるという”新聞”という娯楽は、

瞬く間にこの世界に広まった。


そこに書かれる情報は伝聞や脚色が混ざっており、

どこまでが本当に起きたことなのかわからないという苦情もあったが、

男は「俺がいた世界ではこれが普通だった」と言い、歯牙にもかけなかった。


新聞が世界に広がるうちに、それは新たなトラブルの火種にもなった。

ある時、この異世界から来た男が短慮な意見を新聞に書いたことで、

世界中を巻き込んだ大騒動が起きた。


「森に住むエルフは、植物しか食さない。命を奪わない心優しき種族だ」


男が見聞した出来事を書いた記事に、そんな一文があった。

これに対して多くの批判が集まった。


「森のエルフが今までしてきたことを知っているのか」

という、近隣の原住獣人たちからの歴史的視点での批判。


「排他的なエルフが記者を受け入れたとは思えない。でっちあげだ」

という、記事の信憑性に対しての批判。


そして、最も苛烈だった批判が

「植物の命を動物の命よりも軽く扱っており、植物殺しを不当に賛美している」

という、ドリアードなどの植物種族からの批判であった。


これらの批判に対して、エルフ側も文化的、歴史的な観点から正当性を主張し、

激論が交わされることになった。


さらに話題は、”他の生命を食することの定義”や

”命を奪わない種族は存在するのか”などにも飛び火していった。


「植物は土と光しか食さない。命を奪っていない」

「いや、養分の奪い合いで同族すら枯らしているだろう」


「虫は植物を食べるが動物のように食べつくしはしない」

「嘘を言うな。お前らに食われて死んだ同胞がどれだけいると思う」


「他の命を奪わず生きることはできない……。そんな種族は存在しない」

「……いや、待てよ。一つだけあるぞ」


そして注目された種族がヴァンパイアであった。

知能が高い吸血種族は、命を奪うほど血を吸わず共生関係を結ぶことが多く

種族の垣根を越えて契りを結ぶこともある稀有な存在であった。


一度注目されると世論は一気に傾いた。

しかし、「吸血鬼は命を奪わない優しい種族だ」というイメージに対して

強く反発する者たちがいた。


他ならぬヴァンパイア自身である。


時を置かず、ヴァンパイアの中でも支配階級にある存在が

異世界から来た男に連絡を取ってきた。

「声明を発表する。この文章を新聞に載せるように」

と渡された文章には、吸血鬼の歴史と伝説がおどろおどろしくも華美に描かれ、

そして、いかに強大な存在であるかが強調されていた。


そもそも、支配者が他種族に自ら接触すること自体が歴史的な異例である。

その直々の声明とあって、この文章は世間にとてつもないインパクトを与えた。

こうして、この騒動は収束された。


一連の騒動によって、各種族は少なからず被害を受けた。

風評被害を受けたり、禍根のある種族同士が流血沙汰になったケースもあった。

奇異の目で見られたり、語りたくない過去を語らねばならなくなった者もいる。


ただ一人、騒動の発端である男だけが、

一部始終を記事にして大儲けした。



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