第29話 死者と会話できる機会の話

「我々の技術によって、死者と会話することが可能になりました」

「……帰ってください」


やかましいチャイムに苛立ちながらドアを開けると、

そこに立っていたセールスマンが、開口一番とんでもないことを言った。

そして、彼は私の言葉を無視して仕事を続けている。


「実は無料キャンペーン中でして、お時間を頂ければすぐお試し頂けます」

「……試したら帰ります?」

「ほんの数分ですから」


会話が成り立たない。

仕方なく私は玄関先で死者との会話(お試し版)をすることになった。


「じゃぁ、先日亡くなった母方の祖母をお願いします」

「はい、○○様ですね」

「なぜ名前を知っているんですか!?」

「我々の技術の賜物です」


ノートパソコンをカタカタと操作しているセールスマンが、一層不気味に見えた。

しかし、それ故に私はこの男をどうしていいかわからなかった。


「準備が整いました。どうぞ、お話してみてください」

「……どうも」


実は、母方の祖母は健在である。なので、この商品が偽物だ。

名前を言い当てられた時には、心底うろたえた。

祖母が生きていることを指摘されて、

さらにしつこく迫られたらどうしようかと思った。


しかし、そうはならなかったので私はホッとした。

あとは祖母があの世にいる体裁で、適当な会話をすればいい。

私が話しかけると、よくわからない機械から祖母の声が再生された。


「今、何してるの?」

「綺麗な所にいるよ」

「天気は良いの?」

「ええ、気持ちいいわ」

「それはよかった」

「ええ、××も元気にしてる?」


私の名前も入力済みと言うことか。

私は、一応体裁を整えたということで、セールスマンに言った。


「もう十分です。では、お帰りください」

「もう良いんですか?」

「ええ、話そうと思えば電話すれば話せますから」

「そうですよね。まだご存命ですから」


私は目を丸くした。

「知っていたのか!?」

「はい。我々の技術の賜物です」

「……じゃぁ、これは?」


私は、祖母の声を再生していた機械を指差して言った。

セールスマンは、にこやかに答える。


「実は、これは会話に特化した人工知能なんです。

 人格をエミュレートすることで、死者との会話を再現する装置です」

「ちょっと待てよ。いつの間に祖母の人格を再現したって言うんだ」

「我々の技術の賜物です」

「そんな説明で納得できるか!!」


私の怒鳴り声にセールスマンは一瞬たじろいだが、

すぐに呼吸を整えて説明を始めた。

「過去にも同様のコンセプトで開発された人工知能はありました。

 しかし全人格のエミュレートは難しく、その全てが頓挫してしまいました。

 そこで我々は”会話している人間が把握している範囲”に限って

 人格をエミュレートすることで、この問題を解決しました。

 リアルタイムで貴方の記憶を読み取り、人格をエミュレートしたのです」

「……私の記憶から”私が知っている範囲の祖母”を再現した、と?」

「はい。その通りです」


私は鼻で笑った。

「それでは、再現とは言えないだろう?」

「いえ、会話している人にとってはそれで十分です」

「それは……違うだろ。私が知らないこと……

 たとえば、祖母の若い時のことを聞いたらどうなるんだ?」

「既知のデータを元に人工知能が生成した思い出を語ります」

「嘘じゃないか」


「それを確かめる方法がありますか?」

「それは……祖父や他の人に聞けば……」

「彼らが生きていて記憶しているなら、データ入力で補正できます」

「そうかも知れないけど……本人しか知らないことなら……」


「それを確かめる方法がありますか?」

「そんな乱暴な……」

「皆さまの期待を裏切らない分、本人より”乱暴”であることはありえません」

「詭弁じゃないか。知っている範囲のことしか言わないなら、ただの偽物だ」

「それは、生きている人間が相手でも大差ありませんよ」

「どんなに言い訳しても、偽物は偽物だ」


セールスマンは満面の笑みで言う。

「はい。偽物です。しかし、本物と見分ける方法がない偽物です」

「そんなもの、誰が買うか」

「そうですね。おばあ様が本当にお亡くなりになった後でしたら、

 きっとご理解いただけると思います」


私はカッとなってドアを閉めた。

そしてすぐ、不安にかられて祖母に電話した。

コール音が数回した後、祖母の元気な声が返ってきた。


久しぶりに祖母と話す。「私の声が聞けて嬉しい」と言う祖母の笑顔を想像して、

私は不安とも恐怖とも言えない気持ちに支配されていた。


「偽物だとわかっていても、またこの声を聞きたい」と思う日が来るのだろうか。



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