第26話 帰りたくない男の話

男女が言い合いをしている。

女は美しく若い。男は既に壮年を過ぎ、初老という雰囲気だ。


「ねぇ、もう帰ってよ」

「嫌だよ。帰っても居場所なんてないんだ」


「いつまでもいられても困るんだけど」

「ここに居させてくれよ」


「そういってどれだけ経ったと思ってんのよ」

「元はと言えば、俺は被害者なんだ!」


「知らないわよ。そんな話」

「お前だって、俺に恩があるだろ!」


女は顔を曇らせる。

「こんなはずじゃなかった」

「なんだって……?」


「こんなはずじゃなかった! 昔の貴方は……」

「やめてくれよ……昔の話なんて」


「カッコ良くて、頼りになって……確かに私も沢山助けてもらった」

「だったら……今度は俺を助けてくれよ。な?」


「……無理だよ」

「ここに居させてくれるだけで良いんだよ……頼むから……」

「いい加減にしてよ」


そう言ったきり、女は喋らなくなった。

男は情けなく泣くばかりで、何も言い返せない。


しばらくして、男が泣き止んだころ女が言った。

「待ってる人とかいないの?」

「いない」

「両親は?」

「こっちに来る前に死んでる」

「恋人とかは?」

「いない」

「片思いの相手とかは?」

「俺のことは、もう死んでると思ってるはず」

「……あ、ペットは?」

「いない」


「本当に、何もないの?」

「無いよ」

「そんなことないでしょ」

「無いよ」


男の語気が強まる。

「俺は何も無いんだよ! だから死んだ時に迷わず異世界に来たんだ!」

女も声を荒げる。

「だから何よ! もう世界を救ったんだから帰ってよ!」

「なんでだよ! 普通は異世界救ったらハーレムルートだろ!?」

「知らないわよ! そんな”普通”!! 私が若かったころは大抵、

 ”自分の世界に帰るために”って言って冒険してたのよ! 異世界の人は」

「それこそ知らねぇよ! 何年前の流行だよ!」

「いいから! もう帰れ! 世界救ってから何十年も居座るな!」


長命なエルフの美女は顔を真っ赤にして怒鳴る。

帰りたくない元英雄は、その脚にしがみついてダダをこねる。

今ではこれが、この世界の日常風景である。



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