第22話 人生が楽になる手術の話
自我は脳にある。
感情は脳にある。
魂魄は脳にある。
ゆえに、脳をすべて理解すれば
人間の感じる”現実”と呼ばれるものは
どのようにでも制御可能になる。
そうして生まれた技術が
『脳コネクタ手術』と呼ばれる、
脳に電極を埋め込む術式であった。
ボロボロの診察室で、深夜に医者と患者が
脳コネクタ手術について話をしていた。
「本当にやるのかい?」
「ああ、そのための金も用意した」
「しかし、なんでウチみたいな闇医者じみた所を選んだんだい?」
「この辺りで一番安かったからな」
「大抵の客はそう言うね。でも、脳みそいじくるなら
もっとちゃんとした所でやった方が良いよ。自分で言うのもナンだけど」
「ちゃんとした所なら、必要な額が一桁違うだろ」
「それもそうだな」
”闇医者じみた”と自称した医者は椅子から立ち上がって言った。
「奥に来てくれ」
患者は黙ってそれに従った。
「手術を始める前に、なんで手術したいのか聞いて良いか?」
「楽になりたいんだよ。人生ロクなことがない」
「それで、一日中脳みそに電流を流してトリップする生活がしたいって?」
「少しの時間でも、現実を忘れられるならそれでいいんだよ」
「なら、漫画でも小説でも、色々な手があるだろ? ずっと安上がりだ」
「くだらねぇ。効かないんだよ。そんなもんじゃな」
「そうかい」
医者は患者に麻酔をかける。
患者の意識がなくなったことを確認して、薬剤を注射する。
すぐに部屋を出た医者は患者が持ってきた金を確認すると、
ちらりと時計を見てから、そのまま本を読み始めた。
「あと5分もしないで、文字通りの天国行きだな」
ボロい商売である。
仲介屋へのキックバックを忘れなければ、カモは次々やってくる。
「これは、人助け。俺は患者を苦しみから救っているだけ」
そう
しかし、いつも殺す訳ではない。
医者は自分なりのルールを持っている。
「ちゃんとした所でやれ」と忠告すること。
理由を聞いて、同情できる相手は殺さないこと。
そして、理由によっては他の方法を提案すること。
この三つを行って、途中で患者の気が変われば他の病院を紹介したり、
事情によっては格安で脳コネクタ手術を行うこともあった。
今回もそのルールを守っていたが、実は一つだけ事情が違っていた。
医者は短編小説を読み終えてから時計を見た。
もう、15分ほど経っている。
「おっと、時間を開けすぎた」
既に息を引き取った患者の元へ、医者が急ぐ。
その身体をチェックして、確実に死んでいることを確認する。
「よしよし。死んでいるね」
「あーあ、理由には同情できたんだけどね」
死体に向かって医者が言った。
「私は本が好きなんだ。本当に、大好きでね。
まったく……、”くだらねぇ”なんて言わなければ、ちゃんと手術してやったのに」
終
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