第20話 トイレの神様の話
男が家のトイレに駆け込んだら、一人の老爺が中に立っていた。
男はその老爺に見覚えが無かったので、心底驚いた。
「あ、あんた、何してんだ……俺んちだぞ!」
「ん? お主、儂が見えるのか?」
「見えるよ! 出てけよ!」
「落ち着け。儂はトイレの神様じゃ」
おかしなことを言う老爺に面食らっていた男だが、
差し迫った便意のためにトイレに駆け込んだことを思い出して、
老爺を廊下に押し出すと、ドアを閉めて用をたし始めた。
「……どうしよう。咄嗟にトイレを優先しちまったけど
あの変な爺さん、今、廊下にいるんだよな……」
「いや、ここに
「!? はぁ!?」
鍵を閉めたドアの内側に老爺が立っていた。
「ドア!? ドアは?」
「いや、神様じゃし。すり抜けるまでもなく、
「意味わかんねぇよ!」
「まぁ、トイレで儂に勝てると思うな。儂のホームグラウンドじゃから」
「ここは俺の
そう怒鳴られた老爺は寂しそうに言った。
「儂さ。トイレの神様なんじゃよ? ご利益あるよ?」
「知らねぇよ。他人んちのトイレに侵入した不審者だろ」
「元から居ったんじゃって」
「侵入者じゃなければ、ボケ老人か……」
「じゃ、これ見てみ? ボケ老人は瞬間移動できるか?」
そういうと老爺は一瞬で消え去った。
すぐにドアが外からノックされる。
「儂じゃよー」
ドアの向こうから老爺の声がした。
そして
「な?」
男は便器にまたがったままそれを見ていた。
目の前で起きた現象に理解が追い付かず呆然としていると、老爺が言った。
「信じた?」
「……とりあえず、人じゃないのはわかった」
「ま、それで良いわい」
「で、あんた、何してんだよ?」
「暇してた」
「はぁ?」
「暇なの。水洗トイレって。
昔のトイレだとね、儂がおしっこやうんちを受け止める役だったの」
男はそれを聞いて、露骨に嫌な顔をする。
老爺は男の顔を見てたしなめるように言った。
「あのね。儂、結構えらい神様なの。自分で言うのはアレだけど。
誰もやりたがらない役を進んでやったってことで、一目置かれてるんだよ」
「あの。そのえらい人がなんでトイレで暇してるの?」
「だから、受け止める必要なくて暇なの」
「いや、知らねぇよ」
「そうじゃよね。100
「……なんで見えたかわからないけどさ、とりあえず守り神みたいなもんなのね?」
「そうそう。そんな感じ」
「なら、静かに見守ってて。俺もう出るから」
男が用をたし終えて水を流す。
ごぼごぼと音を足して、汚水が便器の中に溜まっていく。
「あぁ、くそ。詰まりやがった……」
男が眉をひそめていると、肩をポンッと叩かれた。
振り向けば、先ほどの老爺が親指を立てて微笑んでいる。
次の瞬間、便器の中の汚水がボゴン、と音を立ててうねり下水に流れて行った。
「な? ご利益あるじゃろ」
「お、おおう……ありがとう」
男が礼を言いながら便座から老爺の方へ視線を向けると
老爺の声だけを残して、もうそこには誰もいなかった。
不思議なこともあるものだ、と思いながら男は老爺に感謝した。
トイレの詰まりが解決したのは、ただの偶然だったのかもしれない。
しかし、あの老爺が本当に神様でご利益があったのかもしれない。
男は不思議な出来事の余韻に浸ったあと、
ハッと気が付いて急いで服を洗った。
老爺に触られた肩の部分は、特に念入りに。
終
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます