第19話 うわさを確かめる話

街の外れに、口裂け女が出るという噂の路地がある。

マスクを付けて「私、綺麗?」と聞いてくる都市伝説に語られる怪異だ。


出会うと殺されるとか、

物凄く足が速くてどこまでも追ってくるとか、

色々な噂があるが尾びれ背びれが付きすぎて

どこまでが元の噂なのかわからない。


近所の子供がその噂を聞いて、冒険心をくすぐられ

口裂け女に会いに行こうと、その路地へ向かった。

時間は下校時刻。もう夕暮れが辺りをオレンジ色に染める頃合いだった。


噂の通り、その路地に一人の女性が立っていた。

もう汗ばむ季節だというのにコートを着て、帽子を目深にかぶり

顔はサングラスとマスクで隠している。


子供は恐怖した。噂は本当だったのだ。口裂け女は実在したのだ。

子供は引き返そうと身を隠しながら、踵を返した。


すると背後ですすり泣く声が聞こえた。

振り返ると例の口裂け女が泣いているようだ。

とても悲しそうな泣き声が、子供の脚を止めた。


子供はその声を聞いて「あの人は怪物ではないのではないか?」と考えた。

子供の興味は、彼女が何者かよりも、彼女がなぜ泣いているのかに移っていた。


「お姉ちゃん、なんで泣いてるの?」

「……」


彼女は答えない。

子供は黙って横に立つ。

しばらく待ってから、また質問する。


「ねぇ、なんで泣いてるの?」

「……ほっといてちょうだい」

「お姉ちゃんって、口裂け女なの?」

「……そうよ。だから、危ないわよ。ほっといて」

「口裂け女って泣くの?」

「……泣くわよ」

「なんで?」


質問が一周して同じところに戻ってきたので、

彼女は諦めて答えた。


「傷があるから」

「口?」

「顔も体も。見せたくないからこんな格好してるの」

「痛い?」

「痛くはないわ」

「そうなんだ」

「わかったら、もうどこかに行って」

「痛くないのに泣くの?」

「……」


彼女は押し黙る。自分が泣いている理由がわからなかった。

少し考えてから、彼女は答え直した。

「……嫌なことがあったから泣いているの」

「怪我したこと」

「それもだけど……怪我して、外に出られなくて……好きな服着れなくて」

「それ、嫌だね」

「それで怖がられるし……」

「ごめんなさい」

「……いいよ」


子供はサングラスとマスクの脇から、彼女の横顔を見上げていた。

彼女の首から顔にかけて、ケロイドが広がっていた。

首から下は服で隠れているが、こちらにも広がっているのだろうと子供は思った。


「綺麗だと思う」

「これが?」

彼女はケロイドを指差す。

子供はうなづく。


彼女はつぶやく。

「嘘つき」

子供は首を振る。

「綺麗だと思った。傷でも」

「やめてよ」

「傷を綺麗だって思ったらおかしい?」

「おかしいわよ」

「そうかな?」

子供はそう言って笑った。

つられて、サングラスの奥の目が笑う。


それ以来、二人はたまに会って話しをするようになった。

そして数か月して、口裂け女の噂には一つ尾ひれが増えた。

”その口裂け女は、いつも娘を連れている”


色々な噂があるが尾びれ背びれが付きすぎて

どこまでが事実なのかわからない。



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