第18話 遠くの景色を眺める話

ある展望台に4つの双眼鏡が設置されていた。

それぞれに違う名前が付いていて、別々の物が見えると書いてあった。


ある男が1つの双眼鏡を覗いた。

それには『正義が見える双眼鏡』と書かれていた。

双眼鏡の向こうでは、警察が刃物を持った暴漢を必死に取り押さえていた。

後日、男はそのマネをして、通りかかっただけの通行人に飛び掛かった。

逮捕された彼は「悪人に見えたからやった! 俺は正義だ!」と言った。


ある女が1つの双眼鏡を覗いた。

それには『正しさが見える双眼鏡』と書かれていた。

双眼鏡の向こうでは、複数の男女が同じテーブルで食事を楽しんでいた。

後日、女はある試験を受け、不合格になった。その採点は公正な物だったが、

彼女は「私が女だから落とされたんだ! あいつらは正しくない!」と言った。


ある子供が1つの双眼鏡を覗いた。

それには『夢が見える双眼鏡』と書かれていた。

双眼鏡の向こうには、美しい花園がどこまでも広がっていた。

後日、その子供は学校へ行かなくなった。心配した両親がどうにか理由を聞き出すと

その子は「どこにも綺麗な場所がない。だから、行きたくない」と言った。


ある老爺が1つの双眼鏡を覗いた。

それには『現実が見える双眼鏡』と書かれていた。

双眼鏡の向こうには、

善良なモノも卑劣なモノも、正しいモノも不正なモノも、美しいモノも汚いモノも、

さまざまなモノがあった。


老爺は双眼鏡を離れると、近くのベンチに座っている妻にこう言った。

「わざわざ覗くほどのモノではなかったよ」

妻は静かに答えた。

「現実なら座っていても見えますからね」


老夫婦は足元を見ながら、共に展望台を降りていく。

「双眼鏡は視野が狭くていけないよ」

「遠くばかり見ていると転んでしまいますからね」



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