第17話 隣から壁を叩かれる話

夜勤を終えてマンションに帰ると、必ず部屋の壁が叩かれる。


コンコン


深夜――というより明け方に近いような時間なので、

初めて壁が叩かれたときは、”うるさい”という意味かと思った。

反射的に壁越しに謝ったのだが、どうやらそういう意味ではない様子だった。

俺が静かにしていると、また小さく壁が叩かれたのだ。


コンコン


それは、まるで呼び掛けているようだった。

夜勤明けでボーっとしていたせいか、俺はついノックを返した。


コンコン

コンコン


相手も応える。まるで子供の遊びのようで、楽しげな音だった。

それで、もう一度通信を試みた。


コンコン


しかし返事は来ないまま、その日は終わった。

次の日も俺が帰ると壁が叩かれた。


コンコン

コンコン


俺はすぐに返事を返す。まるで”おかえり”と言われたようだった。

一人静かに寝るだけの部屋で、誰かが迎えてくれるのは嬉しかった。

それが隣人のノック音でも。


そんな日が何日か続いた。

ノックによる通信は俺と隣人の日課になっていた。


その日は、大きな台風が近づいてきたと言うことで、

普段より少しだけ早く帰ってきた。


どういう訳か、今日は部屋に入ってもノックが聞こえない。

どうしたのかと思い、こちらからノックをしてみる。


コンコン


返事がない。


コンコン


もう一度叩く。やはり返事はない。まだ寝ているのだろうか。

少し申し訳ないような気もしたが、今日はもう寝ることにして壁から離れる。


ドン!


不意に壁が強く叩かれた。驚いて壁の方を振り向き、後ずさりする。


ドン!

ドン!ドン!

ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!


隣人は狂ったように壁を叩いている。

俺は、恐ろしくなるよりも心配になった。

ここ数日、帰りを迎えてくれた隣人の様子がおかしいのだ。

何かあったのかもしれない。


俺は急いで部屋を出て、隣の部屋のドアを叩こうとした。

次の瞬間。俺の部屋からガシャン!!という轟音が聞こえた。

慌てて自室に戻って部屋を覗き込む。


窓ガラスが散乱しており、付けたはずの電気は消えていた。

暗い部屋の中に風雨が激しく吹き込んでいる。

そして、部屋の中央を大きな看板が占領していた。


俺が呆然としていると、壁が叩かれた。


コンコン


俺は、そのノックには返事をしないまま、大家の部屋に駆け込んだ。

ノックの件は伏せて、部屋の惨状だけを伝えると

その日は大家の部屋で眠らせてもらえることになった。


後日、聞いたところ台風に煽られた大きな看板が、

俺の部屋に飛び込んできたということだった。

もし、室内にいたら大怪我していただろう。


部屋が滅茶苦茶になってしまったので、修繕が終わるまで

大家の厚意で空き部屋を使わせてくれることになった。


一つだけわからないことは、その空き部屋が隣室だったことだ。

毎日ノックが聞こえてきた部屋には、誰も住んでいなかった。

あの嵐の夜以来、ノックは聞こえてこない。



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