第15話 みんなと違うと目立つ話

朝、鏡の前で髭を剃っていると自分の顔に違和感を覚えた。

あごに触れている手を離して、鏡を覗き込む。


顔にあざができている。

どこかにぶつけた覚えはない。

触れても、押しても痛みはない。


髭を剃り終えて、顔を洗う。

あらためて痣を見る。


「魔法陣……? 紋章か……?」


痣は複雑な図形のようであり、文字のようにも見えた。

見た目は手紙の封蠟ふうろうが一番近いだろうか。

皮膚の下に青黒い何かで、しるしを描き込まれたようだった。


不気味に思いながら、それでも仕事があるので準備をして外に出る。


その日は、まったく落ち着かない一日となった。

通勤でも、会社でも、帰宅するときもジロジロと顔を見られる。

もちろん、この”印”のせいだ。


顔に入れ墨を入れていると勘違いされているかもしれない。

普段はあいさつを交わす同僚たちからも、白い目で見られている。

誰も声をかけて来ないし、こちらが近づくと逃げるように離れる。


家に帰って、すぐに風呂に入る。

気分を変えてリラックスしよう。そう思ったのだが……


「はぁ……」


風呂上り、洗面台の鏡を見て声が漏れた。

そこに映った顔には”印”がある。

身体が温まって少しだけ弛緩しかんした気持ちが、また沈み込んだ。


”顔に印がある”という事実を、思い出させられただけで憂鬱ゆううつになる。

今日みたいな白い目に、明日も明後日も晒されるのかと思うと嫌になる。


「医者に行くか」


原因不明の痣だ。医者に診てもらっても馬鹿にはされないだろう。

会社の同僚たちは文句を言うだろうか。いや、構うものか。

今日、人の顔を散々ジロジロ見やがった連中だ。

知った事ではない。


次の日、医者に行くと平日の朝だというのに随分と混雑していた。

受付を済ませて長椅子に座って待っていると、隣の女が声をかけてきた。


「あ……あの、その痣」

「なんですか、いきなり失礼な人だな」

「すみません……あの、わたしもなんです」


そういうと彼女は服の袖をまくって、肘の辺りを見せてきた。

同じ模様――印だ。


「え!? あなたも印が?」

驚いて大きな声が出た。


すると突然。

「印?」

「あんたらもか!?」

「ちょっと、見せてください」


周囲の診察待ちの患者が次々に声を上げた。

皆、同じ印だ。


「お静かにお待ちください」

と看護師の声が響く。

皆の顔が、声の方に向く。

その看護師の額にも、同じ印が見えた。


視界に入る人間、全員に同じ印がある。

あまりの不気味さに病院を飛び出した。


それから数か月。

顎の印はまだ消えていない。

しかし、生活は元通りになった。


いつものように会社に行き、

いつものように働き、

いつものように家に帰る。


ジロジロ見られることもなくなった。

もう、この街には印の無い人間が1人もいないからだ。


みんなが同じになれば、不自然さなど感じない。

慣れてしまえば、生活に何の支障もない。

さて、今日も仕事だ。


玄関を出たとき、頭上から声がした。

「それでは、順に出荷いたします」



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