第14話 綺麗な言葉をかけ続ける話

「知らないんですか?綺麗な言葉をかけ続けた物は腐りにくくなるんですよ」

「それは迷信ですよ」

「本当ですよ。わたし、試したんですから」

女が自信ありげに言った。


聞いていた男は、呆れながら聞き返す。

「そうですか、試したんですか?」

「ええ、言葉には特別な力があるんです。言霊って言うんですよ」

「どうやって試したんです?」


「同じ物を二つ用意するんです」

「それで?」

「片方には罵倒を続けて、もう片方には綺麗な言葉を投げかけるんです」

「それから?」

「そうすると、罵倒された方が先に腐るんです」

「実際、そうなったと?」

「はい。この目で見ました」

「そうですか」

「はい。ぐちゃぐちゃになったんです」


男はため息をついて、写真を見せる。

「その話の……用意した物というのは、これですか?」


女が写真を覗き込む。

「……そうです」

「罵倒したのがこっち?」

「ええ。”くそったれ”、”死ね”、”嘘つき”って言い続けました」

「綺麗な言葉をかけたのがこっち?」

「ええ。”ありがとう”、”愛してる”、”ごめんね”って言い続けました」


「謝ったんですね?」

「……はい」

「なぜ?」

「……綺麗な言葉だから」

「そうですか」


男は穏やかな声で女に言った。

「今日は、この辺にしましょう」

「はい。ありがとうございました。先生」


女が立ち上がると、両脇に警備員が並んで部屋を出ていった。

入れ替わりに大柄な男が入ってくる。

「どうでした?先生」

「罪悪感はあるみたいです。心神喪失とは言えないかもしれない。

 もう少し調べてみないと判断はできませんけどね」

「あの女が無罪なんて、納得できませんよ。お願いしますね」

「お願いされても、私は精神鑑定の結果を正直に書くだけですよ」


大柄な男は不満そうな顔で言う。

「夫と息子を殺した女ですよ?」

「私には関係ありません」

「いやはや、プロフェッショナルですな」


大柄な男はオーバーな身振りで肩をすくめてみせた。

それを見た先生を呼ばれた男は、苦虫を嚙み潰したような顔で写真を差し出す。

「あなたに渡された”これ”、お返しします」

「役に立ちましたか?」

「ええ。でも、もう見たくない」


そこに写っていたのは

めった刺しにされた男性の死体と

綺麗に服を整えられた子供の死体だった。



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