ep25 わたしは大空を超高速で飛んだ。そのまま燃え尽きた

「メナルア様、待ってください。今からシーオマツモ王国に向かうのですか?」

 蘇った部屋から階段を上ると、建物のエントランスになっていた。少しイライラしていた麗奈は、そのまま建物の外に出た。

 建物の外は、石造りの綺麗な街並みが広がっていた。魔法で岩石を変形させて慌てて形成したのか、所々に作りが荒い。窓にもガラスがなく、とりあえず住居を作ってあるだけにも見える。

 樹木も植えられていないので、かなり殺風景に見える。

 ここの施設の管理をする人も必用だから、いずれはそれなりにしっかりとした街並みにするんだと思う。


 上を見上げると、麗奈が今出てきた塔を中心にドーム状の岩の天井が広がっていた。ここが地下に作られた広い空間だと言うことが分かった。

 明かりは、塔を光らせることで確保しているようで、周りはしっかりとした明るさが確保されていた。北極にある施設のはずになのに、普通に気温は温かい。


「アッシュ。わたしはシーオマツモ王国の街まで飛んでいくよ。わたしならひとっ飛びで戻れる。

 早く外に出る方法を教えて。時間が無いの」

「無理ですよ。ここは北極点ですよ? 外は極寒の地です。さすがのメナルア様でも、そのままだと体が保ちませんよ」

「大丈夫よ。その程度なら魔法で何とかなるよ。

 それより急がなきゃ、たぶん復活するのにクールタイムがあったはず。早く置いてきた三人の無事を確認しなきゃ。ねえ、早く教えてっ」

 思わずアッシュの肩を両手で掴んでいた。


 アッシュはただ心配してくれているだけなのに、麗奈が掴んだ肩が痛いのか少し顔をしかめている。

 その表情に気が付いて、慌ててアッシュの肩から手を離した。


「……ご、ごめんアッシュ」

「いえ、大丈夫です。分かりました、移動するには魔道エレベーターを使います。それで最上階に送ります。

 ただ、無茶だけは控えてください。あなたは私達の希望なのですから……」

 今の麗奈には、アッシュのその言葉が辛かった。


 だって、絶対に死ねないんだから。どんな死に方をしても、絶対に蘇ってしまう。

 強制的に蘇生される。

 アッシュたちはたった一つの大切な命ですごく重いのに、わたしの命はもの凄く軽いんだよ。

 本当に何度でも蘇ることができる。

 それなのにわたしの力なんて、魔力がいっぱいあって強い魔法が使えるだけ。

 肝心な時に簡単に死んじゃうから、大切な人たちが守り切れない。

 今回だってあっさり、魔族のみんなを亡くした……。


「うん、わかった。気を付けるね」

 分かっているのに、それしか言えなかった。

 余計なことを言うと、優しいアッシュはもっと心配するはず。


 わたしに今できることは、この呪われた命を使って全力を尽くすこと。

 魔族をたくさん救う。多くの魔力を星に還元する。

 そして、できるなら魔族と人間族に仲良くなって貰う……。



 魔道エレベーターに乗るため、麗奈は再び塔のエントランスに戻った。そのエントランスも、まだ作りかけのようで床や壁が素材むき出しのままだった。とりあえず最初に使える位にまで建築して、そのあとでゆっくり仕上げるのかな?

 でも星の石は、一度起動すればあとはメンテナンスフリーのはずだよね。

 塔自体も準ダンジョン化するみたいだから……この子たちはどうしてここに住もうとしているのかな。


「それはですね、まず不測の事態を想定しているのですよ。設備の劣化やメンテナンスも必要になります。そのために私達悪魔族は、北と南の魔術塔に居を構えることにしたのです。

 それに今描いている最後の魔術が発動すれば、星の石を経由して魔力を直に星に還元することができます。これが、私達がここに住む最大のメリットになります」

「待って、魔術塔って何?」

 魔道エレベーターに乗ると、エレベーター独特の感覚とともに部屋が上昇を始めた。魔道エレベーターは完全に密閉した空間で、部屋から外を伺うことはできなかった。

 壁に表示されている深度表示が、徐々に減っていく。最初の数字は覚えていないけれど、地底のかなり深くにあのドーム空間を作ったことは分かった。


 魔道エレベーターの中はかなり広い。床寸法は五メートル四方、高さは四メートルはありそうだ。恐らく、車を乗り入れて昇降できるように、広く作ってあるのだと思う。


「魔術塔ですか? 出発直前に、レイフォールと相談して決めた、この塔の名称です。今私達がいるのが北の魔術塔です。

 本当は完成してからメナルア様に発表する予定だったのですが、もうほぼ完成している状況だからいいですよね」

 アッシュとしては早く麗奈に話したかったようで、笑顔が何だか眩しかった。

 でも凄いと思う。まだ一ヶ月くらいしか経っていないのに、もうこんな規模の施設を作ったんだから。


 魔道エレベーターはやがて、深度五メートルで停止した。深度については部屋の床が基準になっているみたいだ。

 扉が開くと、凍えるような冷気が部屋に流れ込んできた。咄嗟に魔法を使って暖かい風で周りを包み込む。


「ありがとうございます。試運転以外でここまで上がってくることはなかったので、少し油断していました。

 さっき、メナルア様に寒いって注意したばかりですのに」

 アッシュとはここでお別れだ。このまま坂を登って外に出れば、もう一路シーオマツモ王国に飛び立つことができる。


「こちらこそ、ありがとう。早く行ってガンドゥン帝国から三人を救ってくるよ」

「はい。よろしくお願いします。

 あと上に出て、建物のちょうど裏側に北極点と経度を書いた図が彫り込んであります。シーオマツモ王国がある方向は、経度ゼロ度の方向に向かって頂ければ、無事着くはずです」

 その言葉を最後に、エレベータールームの扉が閉まった。

 地球と違って、自分たちの国を経度の基準にしたってことね。真っ直ぐ飛んでいくと、お城の尖塔を通過するってことなのかな?


 坂を登ってエレベータールームから塔の屋上に出ると、吹雪で視界は真っ白だった。時期が春先だけあって今の時間は明るいけれど、もうじき周りが暗くなると思う。

 塔の周りは一面に海で、今は屋上と同じ高さで厚い氷原が広がっていた。


 こんな形で北極点に来ることになるなんて、想定していなかったな。

 魔法で冷気を遮断しているから寒くないけれど、さすがに水色のワンピース姿だとあっという間に凍えちゃうと思う。きっと凍死したとしても、無理矢理に蘇るんだろうな。


 経度を確認すると、ちょうど魔道エレベーターの入り口が進む方向だった。建物で先が見えないけれど、取りあえず体を向けた。

 重力を操作して、空高く舞い上がる。

 猛吹雪の中、シーオマツモ王国に向けて一気にトップスピードまで加速した。


 麗奈の周りにある暖かい空気を一緒に飛ばすことで、冷気を遮断する。空気すらも前方に向けて落とし、体にかかる負担を最小限に抑えた。

 後ろの方で空気が爆発しているのが分かる。衝撃波が、空を飛んでいる魔獣にぶつかって、魔獣を粉々に砕いた。


「うわ……これってただの環境破壊じゃんね……」

 後方に視線をズームして、自分が起こしている惨状に冷や汗が出てきた。

 陸地が見えてきたら、少し減速しないと駄目だよね。





 高度を調整して、下への被害を最小に抑えながら、明るいうちにシーオマツモ王国まで戻ってくることができた。たぶん、最大速度で時速二千キロは出ていたと思う。

 時計はないけれど、時刻は三時頃だと思う。


「あいつら、まだあきらめてなかったの――」

 お城は、ガンドゥン帝国軍に完全に囲まれていた。あちらこちらか真っ黒な煙が立ち上っている。

 ダンジョン化してあるからか、城には一切の被害はなさそうだった。

 城の前に停めてあった車は、完全に破壊されていた。そもそもが、魔素消滅爆弾で燃え尽きていたはず。ガンドゥン帝国の奴らは、それだけで終わらせる気がなかったようだ。


 麗奈は歯をきつく食いしばる。

 残っている三人が城に立てこもっているうちは、何の被害も無いと思う。それでもやっていることは侵略に他ならない。


 市街地は完膚なまでに破壊し尽くされていた。

 瓦礫の街からも、黒煙が幾筋も立ち上っていた。魔素消滅爆弾を浴びているから、間違いなく生き残っている人はいない。

 そもそもが新しい国だから、ガンドゥン帝国にしても得るものがなかったのだろう、破壊だけして全て放置されているようだった。


 空に浮いたまま、体の中から魔力を組み上げる。


 そうして地上のガンドゥン帝国軍むけて、魔法を放とうとして、魔法を放つことができなかった。


 周りが一気に明るくなった。

 太陽から照射される光が強くなったのか、世界が真っ白に染まっていく。


「え、何が起きているの……」

 地上にあるもの全てが、一気に燃え上がった。

 ガンドゥン帝国軍も破壊された瓦礫も、周りにある山の木々も全てが、瞬時に灼熱の炎に包まれた。

 流れている川の水は、一瞬白く濁ったあと跡形もなく蒸発した。


 地面が溶解し、低いところに向かって流れ出す。

 それはまさに、地獄を思わせる光景だった。


「あ……うぁああぁぁ……」

 麗奈も例外なく熱に晒される。

 極寒の気温さえ遮断した麗奈の魔法ですら、照りつける灼熱の陽光に為す術もなく貫かれた。

 温度が一気に上昇する。

 呼吸ができない。


 それでも、周りに比べて数秒は長く保ったと思う。

 そのまま麗奈は、痛みを感じる間もなくその場で蒸発した。

 

 最後に見えたのは、そんな状況にもかかわらず、しっかりと建つ城の姿だった。

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